第六話 黒鉄城城下町連続殺人事件
ハロイドの片田舎で虐殺事件が起きてから四年。犯人は捕まらず、王国を騒がせた大事件は迷宮入りして時の流れと共に沈静化していった。
しかしここ三か月で悲惨な事件が違う場所で発生し続けていた。場所は魔人が多く住む侍の国ムサシの城下だ。
犠牲者の数は二十七人にものぼり、被害者は全て将軍御用達の、自警団所属の侍たちだ。
これを聞きつけハロイドから事件解決のための探偵が一人派遣された。
「おじさん、この魚竜丼ってやつをお願い」
「お前さんみたいな小さい嬢ちゃんには食いきれねぇと思うぞ」
「小さくないよ。まだ成長期がきてないだけだ。あと食べれるから早く持ってきて」
黒いコートと帽子を隣の椅子にかけて食事を待つのはホームズだ。
四年前から身長は伸びておらず十七歳にも関わらずまだ子供扱いされている。最近ではそれが少しコンプレックスだった。
胸だけは白いシャツの上からでもわかるぐらいには一応成長しているようだが。
数十分後、魚竜丼を食べて満足そうにお茶を飲むホームズがいた。大人でも苦戦する丼物が、小さな体のどこに入ったのか理解できない店主は驚いた様子だ。
ついでにデザートの餅まで食べ始めたので店主は考えるのをやめた。
「しかしここらじゃ見ない顔だが旅行者かい? なんでこんな時期に……」
「その様子だと通り魔事件を知っているようだね。詳しく聞いてもいいかい?」
「やめとけやめとけ。子供が知るもんじゃねぇよ」
「失敬な、これでも僕は十七歳だ。あとここには仕事で来ている」
「まじかよ。人間にもお嬢ちゃんみたいな見た目と年齢が合わないのがいるんだな」
十七歳とは思えぬ童顔と低身長に店主は驚き、開いた口がふさがらない。魔人は見た目と年齢が比例するわけではない。見た目は十代でも実年齢七十代などざらにいる。
しかしまた小さいと言われたホームズは眉をぴくぴくと動かす。
接客業を生業とする店主はすぐにホームズの異変を察知した。そして考え込むようにわざとらしく腕を組む。
「俺が聞いた噂じゃ、どの被害者にも体のどこかに三か所の切り傷があったらしい。致命傷にいたる傷じゃなく、毒も使われた形跡もないのに死んでたんだとよ」
「へぇー、そうなんだ。ていうか詳しいね。店に来る侍たちに聞いたのかな?」
「そうだぜ。ていうかよく侍たちが来るってわかったな」
「まぁ店の様子を見ていたらなんとなく予想つくさ」
今店にはホームズ以外の客はいない。店の様子だけで侍たちが店を利用しているなどわからないはずだ。
ホームズは年季が入った木製の机と椅子をなでる。
「机の角と床に妙なへこみがある。最初は何かと思ったけどレイピアを立てかければ見事にへこみにはまったよ。おそらく他の客も同じように何度も何かを立てかけて摩耗したのだろう。例えば刀とかね」
「なるほどな。でもなんで刀だと思ったんだよ?」
「ここに来るまでにいろんな人を観察したけど、長物を持っているのは侍がほとんどだ。傘の可能性もあるけど傘置きは外に置いてある。で、侍がよく来る店だと思ったんだ」
「ほーう、見事な推理だな。お嬢ちゃん何者だ?」
「ホームズ・アグニス、探偵だよ。ごちそうさま。美味しかったよ」
ホームズはコートを羽織り帽子を被る。そして代金を置いて後ろ手を振りながら店を出て行った。
その背中を見て店主は後頭部をかきながら笑い、店の角にある本棚を見る。
「探偵ってアカメかよ。懐かしいな。ガキの頃よく読んだぜ」
本棚には子供用に買ったアカメ伝説の本が置いてある。ムサシでもアカメの話は有名なのだ。久しぶりに読んでみるかと考えていると、次の客が来て気持ちを切り替える。
それからホームズは出店でつまみ食いをしながら、城下の中心にそびえる城を目指す。大きな大手門をくぐり、将軍家の家臣が多く住む武家街を通って天守閣に近づく。
「ほえー、ハロイドの城も負けてないけどこっちの城も大きいねー」
七階建ての大きな城で縦だけでなく横にも広い漆黒の城だ。
大手門前につくと二人の門番がいた。全身に甲冑をまとった三メートル以上ある鬼たちで、左手にこん棒を持っている。
「黒鉄城に何用だ? ここから先一般人は立ち入り禁止だ」
「これでも?」
ホームズは懐から巻物と手紙を出す。巻物のほうには将軍家の家紋である翼を広げた赤い鳥が刻まれ、手紙の方には王族の家紋である剣を持った竜の封蝋がある。
しかしまだ門番はホームズを怪しんでいる。城下町に通り魔が出るため警戒心が高いのは当然だ。これも偽装だと思っているのだろう。
「正直それを見せられてもお前の身分がわからないので通せないな」
「じゃあこれで身分証になるかな?」
ホームズは赤いスカートのベルトについた金の懐中時計を見せる。それにも王家の家紋が入っていた。
時計は高価なもので一庶民には買えない。しかも金となるとさらに値が張る。
これは偽装のしようがないものだ。
しかもこれはホームズがある身分であることを示していて、門番は驚いたように顔を見合わせる。
「アカメって実在したのか。俺初めて見ましした先輩」
「俺もだよ。失礼しました。どうぞおはいりください。将軍の元まで案内いたします」
数百年経ちアカメについてもある程度情報解禁が進んだ。依然として構成人数や男女比などは一切不明だが、彼らだと示すものが一つだけある。
それが王家の紋章が入った金の懐中時計だ。
これにより様々な場所で特権を生かし調査が可能になった。
ホームズは母の残してくれたものと血のにじむ努力の末、無事アカメに入ることに成功したのだ。
ようやく信じてくれた赤鬼の案内でホームズは城内に入る。長い廊下を進み、階段を上がる。そして天守閣最上部に来た。
門番は挨拶をして襖を開ける。
中にはひじ掛けに左腕を置き頬杖をつく男がいた。黒い衣と袴をまとい、髪は真っ赤で燃える炎のように逆立っている。
「お前さんがロンドが送ったアカメか?」
「はい。ホームズ・アグニスです」
男は見定めるようにホームズを頭の先からつま先まで観察する。
ホームズも彼の左手に十字傷がないことを確認する。
「ちっこいくせにそれなりの修羅場はくぐったようだな。お前なら息子にかかった容疑をはらせるんだな?」
「必ず」
この部屋だけ戦場だと思うような緊張感が流れる。受け答えはしっかりしているが、内心ホームズも緊張感を表情に出さないように必死だった。
この男こそムサシの守護将軍ヨシツネ・タケダだ。ホームズが昔父に連れられて宝剣祭で見た人でもある。
しばし沈黙したあとヨシツネはにやりと笑う。
「期待してるぜ。センシ、客人をカルマのところへ案内しろ。アカは現場に戻れ」
「「はい!」」
ヨシツネの後方に控えていたセンシと呼ばれた眼鏡の男が立ち上がる。青く長い髪は肩で切りそろえられ、彼は袴ではなく黒い詰襟の軍服をまとっている。右腰には軍刀を下げている。
「初めましてホームズ様。私はヨシツネ様の側近のセンシ・ムラマサです。よろしくお願いいたします」
左手の手袋を外しセンシは握手を求める。ホームズも手袋を外し握り返す。
そしてセンシの案内でカルマと呼ばれた人物の元へ向かう。
「ホームズ様は今回の事件どこまで掴んでいますか?」
「犠牲者の数と不審な死に方。犯人が白い仮面とローブをまとった人物である。そして容疑者がムサシの次期守護将軍であるカルマであることまでです」
「そこまで知ってるんですか……」
「ええ。でもなぜ次期将軍が容疑者なのかは知らないので聞かせてもらっても?」
ホームズの問いにセンシは悩む素振りを見せる。
しかし自身が仕える将軍の息子が疑われているため、何かを決めたように「よし」と言ってうなずく。
「実は犯行現場にいた目撃者たちが見ているんです。鈍く赤い光を放つ刀で人を殺す白面の姿を。その刀は将軍家が代々受け継ぐ妖刀で現在はカルマ様の手にあります」
「その妖刀の名前ってもしかしてミタマですか?」
「そんなことまで知っているとは、若くしてアカメに入っただけはありますね」
「まぁね」
ホームズにとってミタマは両親を殺した憎い刀で忘れられるわけがなかった。自身もトラウマになるほどの痛みを負わされ、古傷が痛むのか右手を抑える。
もし戦闘になればと思ったホームズは息を飲む。
妖刀ミタマは三度斬られれば死に至り、ホームズはあと二回しか残されていないからだ。
いったいカルマとはどんな人物なのかと思いながら、ホームズは渡り廊下を歩く。そして天守閣のとなりにある五階建ての建物に来た。
その最上階のふすまの前でセンシは深呼吸をする。
「カルマ様、ハロイドからアカメが来ました」
しばし間をおいて、部屋の中から「入れ」と声が聞こえて、ホームズたちは部屋の中に入る。
中にいたのはヨシツネと同じ父親譲りの赤髪を持つ青年だ。センシのような黒い詰襟をまとい、赤いマントを羽織っている。
降ろした前髪の隙間から鋭い眼光でホームズをにらむ。まるで威嚇する獣のようだった。
彼は持っていた筆をおくと右手で頬杖をついてホームズを観察する。そして小馬鹿にするように鼻で笑う。
「こんなガキがアカメだと? 笑えねぇ冗談だ」
「これでも僕は十七だ。それにアカメだという証明もある」
門番たちに見せたときと同じようにホームズは金の懐中時計を見せる。
しかしそれを見てカルマは小さく舌打ちをした。
「なんでこんなガキを殺人事件に巻き込むんだよ……」
「それは聞き捨てならないな。僕は望んでここにいるんだ」
ホームズは血のにじむ努力の末、望んでアカメに入った。カルマの言葉は侮辱に等しくホームズは眉間にしわを寄せる。
互いににらみ合い一触即発の空気だ。センシはおろおろしていてどうしていいかわからないようだ。
カルマは突然立ち上がると後ろに飾っている刀を取る。
「アカメってのは頭脳以外に強さも求められるらしいな。今城下を騒がせてる通り魔は腕の立つ武士を何人も殺してる。証明してみせろよ。お前が口先だけのガキじゃないって」
カルマは鞘に収まった刀の切っ先をホームズに向ける。
なぜこんなことになったのかとセンシは呆れたようにため息をついて首を横に振る。
それに対しホームズは、決闘というわかりやすい手段に笑みを浮かべる。
「わかりやすくていいね。僕が勝ったら君にも捜査に協力してもらうよ」




