第四話 母のために
現れたのはホームズの母であるセイラだ。
ホームズと同じブロンドヘアをなびかせ、赤い瞳は娘を痛めつけた犯人への怒りに燃えている。
だが鎧は砕かれ全身血に濡れている。特に腹部は真っ黒で剣で貫かれた跡があった。立っているのも不思議なほどだ。
「木に縫い付けたはずだがどうやってきたセイラ? いやその様子から察するに無理やり引き抜いてきたな」
「ええ、そうよ。それと足跡を残してくれてありがとう。次は私の番よ」
セイラは剣を滑らせ白面の手を掴み投げ飛ばす。女性の力で男を投げ飛ばすだけでもすごいのに、その勢いで教会の壁を破壊した。
廃教会の劣化した壁だからと思うかもしれないが五メートル以上も飛ばされたのだ。
「母さんその傷……!」
「大丈夫よ。すぐ終わらせるから。少し待ってて」
修羅かと思う怒気をまとっていた母はそれを霧散させ、ホームズに優しい笑みを向ける。そして壁を乗り越え聖堂に立つ。
フラフラと立ち上がった白面は右脇腹に刺さった木片を引き抜き投げ捨てる。
「モリアーティの書に記されていた。アカメは人間から生まれた突然変異だと。人間のくせに魔人のような魔術を行使すると。身体強化を使ったな?」
「ご名答。さっきは奇襲を受けたけど今度はそうはいかない。あんたたちとの因縁終わらせてあげる」
セイラから今まで感じたこともない威圧感をホームズは感じた。それは白面も同じだ。
教会に降り注ぐはずの雨粒が蒸発し、ホームズが目を疑った瞬間、二人は剣を交える。
剣を交えるたびに衝撃波がでて周囲のものを破壊する。
セイラは手のひらに魔術式を形成し周囲の水を集める。それは形を変えて刃のようになり白面を襲う。
全方向から来る攻撃に白面も魔術を使う。地面に手を置くと木製の床がせりあがり木の壁を作ったのだ。
追撃に雷の魔術を使い、それをセイラは避けて同じことをする。
魔術による絶え間ない攻撃と武器による攻撃が一分以上も続く。
セイラのほうが傷が深いが、白面が先ほど受けた傷も浅くはない。
本気の殺し合いを見てホームズは声を発することもできず見ることしかできない。
しかし決着は突然訪れた。
白面は懐から取り出した短刀をホームズめがけて放ったのだ。
突然の攻撃にホームズは対処できない。唯一対処できたのはセイラだけで白面を無視し娘を助けるために駆け出す。
「そうだ、親のお前ならそうすると思った。いい囮だったぞホームズ」
ホームズに迫る短剣を身を挺して受けたセイラだが大きな隙をさらしてしまう。
その背中に白面は刀を振り下ろした。
剣を落としたセイラは膝をつき倒れそうになる。それをホームズは抱きかかえた。
震える手で背中を触ればべったりと血がつく。
止めをさそうとする白面から母を守るために、ホームズは体を動かし盾になろうとする。
しかしセイラはホームズを抱きしめてそれを止めた。
その光景を見て白面は振り上げた刀を止める。
「なぜかばう? その娘が死ねばやりなおせるはずだ」
「あんたにはわからないでしょうね。自分の子供を守るのは親として当然のことよ。やり直せても私の娘は今ここにいるホームズだけなんだから」
それを聞いた白面は少し迷ったあと刀を鞘に戻す。
「親子か。素晴らしい絆だな。そうだな、ではお前たちに生き残る機会をやろう」
「それを信じるとでも……?」
ホームズをかばうようにセイラは振り返り白面をにらむ。
「信じなければお前を殺し娘を連れていく。一生独房の中で飼い殺しにしてやる」
「この外道が……!」
怒りを再燃させたセイラは最期の力を振り絞り、剣を握り振るう。
しかし限界に近いセイラの攻撃が当たるわけがなかった。蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた彼女はずるずると座り込む。ホームズはセイラに駆け寄り、白面を睨みつける。
そんな二人の前に白面は万年筆を投げ渡した。
「助かりたくばここで魔法書に記録しろ」
「そんなことできるわけない!」
ホームズは叫ぶ。ここで記録すれば母は助かるかもしれない。
だがそれでは死んだメアリやクルスの死を回避できないからだ。
「すべてを救うことはできない。ここで死を選ぶのもお前の自由だ。しかしまた過去が変われば俺は別の策を使いお前を追い詰める。その結果今回以上に人が死ぬだろう」
白面は今回の時間軸が一番人の犠牲が少ない時間軸だと暗に示しているのだ。彼の言う通り次の時間軸でうまくいくとは限らない。最悪大勢が死にホームズが捕らえられる可能性がある。
命の天秤を左右する選択を与えられたホームズは過呼吸のように息が荒くなる。
「私たちを見逃してくれるっていうのは信用できるの?」
セイラの言葉に白面は何も言わない。信用するかどうかはこの二人次第なようだ。断る選択肢もあるが、それではホームズの人生がどうなるかわからない。
セイラは不満そうに白面を見るが、彼の渡した万年筆を拾ってホームズに握らせる。
戸惑いながらホームズは母を見る。
「記録してホームズ。これ以上犠牲を出さないために」
「でも次はもっとうまくいくかも……」
セイラは首を横に振る。
「私たちの動きは読まれてた。この男の言った通り次はもっと犠牲がでる可能性がある。あなたがひどい目にあう可能性も十分あるわ。わかってちょうだいホームズ。この時間軸はあなたが生き残るチャンスなの」
助けを求めて死んだクルスやメアリの死んだときの顔がホームズの頭に浮かぶ。
同時に村の人たちの大勢の顔も。次の時間軸では彼らが死ぬかもしれない。
震える手でホームズは万年筆を手にしてカバンから魔法書を取り出す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
泣きながら何度も謝りホームズは魔法書に記す。
自分が見捨ててしまった人の名と死んでしまった場所と日付を。
そして犯人の特徴である白面や、誰かがつけた血に濡れた左手甲の十字傷。鈍く赤い光を放つ妖刀ミタマのことを。これらを絶対に忘れるなとホームズは記した。
記録されたことで魔法書の一番古い記録が消去される。
それを見届けた白面は踵を返す。そして十字傷が刻まれた左手を見せながら手を振る。
「また会おうホームズ。次は絶対にそれもろともお前を手に入れる」
そう言葉を残して白面は高く跳躍し廃教会を去っていった。
彼が去ったのを確認しているとセイラがホームズの肩に体を寄せる。
顔色が悪く、今すぐ医者に見せないと危険な状態だ。
「待ってて母さん。すぐに医者に連れて行くから」
「ええ、お願い。正直もう立てないの……」
少しでも軽くするためセイラの鎧を外し、ホームズは母をひもで自分の体に固定する。そしてできるだけ衝撃を与えぬよう、慎重にかつ迅速に近くの村に移動し始める。
「大丈夫、きっと助かるから。怪我が治るまで僕が家事もするし、ご飯を作るから安心して。治ったらみんなで宝剣祭に行こう」
「そうね……」
ひたすら母を励まし続けホームズは歩く。村につくころには足は棒のようになり感覚がなかった。
村は白面が来たせいで慌ただしくなりすぐに町医者は見つかった。
「お願いします! 母さんを助けてください!」
「ホームズちゃん無事だったのか! ていうかひどいケガじゃないか! それに後ろのはセイラさん⁉」
町医者に案内されホームズは近くの診療所に通される。母をゆっくりと診察台に下ろす。
これで大丈夫だとホームズは一安心するように息をつく。
しかし医者は悲しそうに首を横に振った。
「ホームズちゃん残念ながらもう亡くなってる」
「嘘だ! だってさっきまで話してたんだ。お願いだから嘘だといってよ!」
途中からセイラの返事がなくなった。しかしホームズはそれを認識したくなかった。
ここに来る前からセイラは死んでいたのだ。
力が抜けたホームズはふらふらと膝をつく。その背中を看護師が優しくさする。
すると村の憲兵が現れた。腕章が違うので違う村の憲兵だろう。
初老の男性で彼は膝をつきホームズに目線を合わせる。
「あなただけでも無事でよかったです」
憲兵はできるだけ優しく声をかけるがホームズは答えない。
呆然としていると憲兵の銃が視界に入った。
そして手に触れるカバンの中にある魔法書の感触が、ホームズの意識をはっきりとさせる。
何かに気付いたように表情を変えたホームズは憲兵を押し飛ばす。
押し飛ばされた憲兵は腰にある銃がないことに気付く。恐る恐るホームズの手を見て彼は冷や汗を流す。
その手には憲兵から奪った銃が握られていた。
「ホームズ様、何をするつもりですか? どうか早まらないでそれを渡してください」
「早まってなんかないよ。僕はいたって冷静だ。せめて母さんだけは救ってみせる」
憲兵はできるだけ優しい声音でホームズに語り掛け、銃を渡すように言って手を伸ばす。
しかしホームズの意志は固かった。二人の死を確定させたうえ、母の死までもホームズは確定させたくなかった。
だからホームズはこめかみに銃口を当てて迷わず引き金を引いた。必死に手を伸ばす憲兵の顔を見ながらホームズの意識は途切れた。