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第三話 赤目のホームズ

 雨音に気付きホームズは目を覚ます。ベッドに寝かされていて村長が眠った彼女を運んでくれたのだろう。

 前回の時間軸では三つ目の村にいて雨宿りをさせてもらっていた。部屋の時計を確認すると午後四時半だった。

 前の自分は雨がやまなくて焦っていた。このままでは母に怒られると思い、雨の中濡れながら家に帰った。

 そこで悲劇を目撃したことを思い出しホームズは体を震わせる。

 そろそろ決着がついたことだろうか。そう考えながらベッドから降りてホームズは部屋を出る。一階に下りれば母か父が「やっと降りてきた」と笑顔で迎えてくれるはずだ。

 そう希望を抱き一階に降りるもそこにいたのは編み物をするメアリしかいない。ホームズに気付いたメアリは編み物をやめてホームズに笑顔を向ける。


「おはようホームズちゃん。よく眠れたかしら?」

「うん。お母さんたちはまだ帰ってきてないみたいだね」

「ええ、ちょっと心配ね」


 メアリはまだ雨が降る外を見る。

 するとドアを誰かがノックする。

 名乗りもしないため妙な不気味さを感じて、ホームズは玄関の死角になる棚の影に隠れる。


「村長、クルスです。白面の捕縛無事に終了しました。犠牲者はゼロです。でもけが人が多数出たので傷薬や包帯を頂きたいのですが」

「そりゃ大変だ! ホームズ、お湯を沸かしておくれ」

「わ、わかった」


 クルスは母と一緒に白面の討伐に向かった憲兵の一人だ。

 どうやら父たちは勝ったようだ。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れ、ホームズはほっと息をつく。しかしすぐに切り替えてメアリに言われた通り湯を沸かしに台所に向かう。

 けが人を雨にさらすわけにはいかず、メアリが扉を開ける。

 雨音と扉を開ける音がホームズの耳にはっきりと届いた。


「すいません。メアリさん……」

「ホームズちゃん。逃げ――」


 クルスの涙混じりの声と悲鳴に近いメアリの声がホームズの耳に届く。

 振り返れば首に短刀が刺さり血の海に沈むメアリがいた。


「だ、れ……?」


 そして玄関には黒いローブをまとった何かが立っていた。長い髭がある老人の能面をつけているため素顔はわからない。

 その雰囲気と白い能面から、こいつが白面だとホームズはすぐにわかった。

 彼もしくは彼女は右手に持つ短刀をクルスの首に突き付け動きを封じている。クルスは泣きながら震えていて全身傷だらけだ。


「た、頼む! 命だけは! もうすぐ子供が生まれるんだ!」

「すぐ腹の子共々すぐそっちに送ってやるから先に逝け」


 声から白面は男だろう。

 クルスは命乞いをする。だが白面は左手で別の刀を抜き、それをクルスの腹に突き刺した。

 その刀は前の時間軸でホームズを殺した鈍く赤い光を放つ刀だ。

 腹をおさえながらクルスは床に倒れ、刀が引き抜かれる。

 服は血で染まり体を引きずって逃げようとするがその背中を白面は踏みつける。


「助けて……」

「ひっ!」


 クルスは助けを求めるようにホームズに手を伸ばす。

 しかし白面は前の時間軸でホームズを殺した男だ。ホームズの本能が逃げろと叫ぶ。

 ホームズは助けを求めるクルスのために一歩踏み出そうとするが、足が震えて前に踏み出せなかった。


「ごめんなさい……!」

「ほぅ。もう少し楽しめそうだな」


 一度死の痛みを経験したホームズにとって死はトラウマになっていた。彼女はクルスから目を逸らし、台所横にある扉を開けて森の方に逃げる。

 白面の声とクルスの絶望が混じった悲鳴。その悲鳴は途中で途切れ、硬い何かが踏み潰される音と同時に、腐った果物を潰す不快な音がホームズの耳に響いた。


 雨の中一心不乱に走りホームズは近くの廃教会につく。

 後ろからは白面の足音が聞こえていてホームズは隠れる場所を探す。

 そして白面も廃教会につく。彼はぬかるんだ地面を見て仮面の下で笑みを浮かべる。


「覚えておけ小娘。雨の中走れば靴に泥がつき足跡が残りやすい。どこにお前が隠れたかもすぐにわかる」


 屋内にはホームズが逃げた足跡がくっきりと残っている。

 白面はそれをたどり、廃教会を迷わず進む。

 足音が近づくにつれ、息を殺して隠れるホームズの心臓の音が大きくなる。それを抑えようとホームズは胸を抑える。

 そして足音は教会の奥の小部屋にあるタンスの前で止まった。


「殺すつもりはない。出てこい」


 白面は前回ホームズを殺している。そんな言葉信じられるわけがなかった。

 ホームズが今手に握っているレイピアで自害すればこの恐怖から逃げることはできる。

 しかし死のトラウマと、別れ際の母の言葉がそれを阻止した。

 業を煮やした白面はタンスを開ける。しかしそこには誰もいなかった。


「少しはかしこいようだな。だがまだ足りない」

「うぐっ!」


 白面に言われずとも泥で足跡が残ることぐらいわかっていた。父と森で狩猟をして動物も足跡を残し、それを使い罠をはった経験があるからだ。

 だからホームズはそれを逆手に取り泥がついた靴をタンスの中に隠した。ホームズ自身は扉の影に隠れ、白面に奇襲をしかける予定だった。


 しかしそれは失敗に終わりホームズは腕を掴まれ壁に叩きつけられる。

 レイピアも落としてしまい自害することもできなくなった。

 また殺されるのかとホームズは恐怖で震える。そんな彼女の前に白面が立ち刀の切っ先を彼女に向ける。


「時の魔法書をよこせ。死に戻りされても面倒だ」

「なんでそれを……」


 魔法書を知っているのは両親だけのはずだ。

 ホームズは反射的に魔法書が入ったカバンに目をやる。


「やはり悪王が記したことは真実だったのか。一の策が看破された時点で予想はしていたが……。クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 白面は自分の頭を手で押さえ狂ったように笑う。ホームズの言葉を聞くまでは時の魔法書のことなど信じていなかったのだろう。

 ホームズは時の魔法書のことを聞かれたとき、とぼけるべきだった。彼女の言葉は魔法書のことを知っていると教えているも同義だった。

 白面の言葉でそれに気づいたホームズは頭の中が真っ白になる。訂正しようとすれば逆に怪しまれるだろう。

 これからどんな目にあうのかとホームズはおびえた目で白面を見る。

 落ち着いた白面はホームズに顔を近づける。


「時の魔法書は悪しき者の手に渡らぬよう、正しき心を持つ者の手に代々受け継がれてきた。それは誰だと思う?」

「し、知らない!」


 白面がホームズに向け右手を伸ばす。

 後ずさりするも後ろにあるのは壁だ。恐怖で硬直し目を閉じることもできず、何をされるのかも浮かばない。

 伸ばされた右手はホームズの髪をなでてから後頭部に動く。そしてホームズの赤いリボンをほどいた。


「やはりここにいたのか! 千年もよく隠れていたものだな」


 仮面の下で白面はきっと笑みを浮かべているだろう。それほど興奮した声音だった。

 リボンをほどかれたホームズは、血のように赤い瞳で白面を見る。黒髪はリボンをほどかれた瞬間、きれいなブロンドヘアに変わっていった。

 ホームズの赤いリボンはおしゃれのためにつけているわけではない。母に片時も離さず着けていろと言われたもので、その理由は本当の姿を隠すためだ。

 ブロンドの髪色は人間ではありふれたものだ。しかし赤い眼を持つ人をホームズは見たことなかった。

 だが大昔に王が率いた秘密部隊に赤目の人間がいたと言われている。


「アカメ伝説を知っているな。モリアーティの野望を阻み戦争を止めた勇者アカメの話だ。現代に伝わる話のほとんどが創作で、その理由は勇者の姿を誰も知らないからだ。唯一わかっているのは赤い瞳をもつということだ」

「何が言いたい」

「お前はそいつの末裔だ。アカメがモリアーティの野望を阻めたのは彼の陰謀を見抜いたからではない。時の魔法書で先を知りやり直したからだ」


 悪王の陰謀を阻み戦争を終わらせたアカメは今なお勇者として語り継がれている。姿もわからず秘匿に活動したため、多くの人が様々な物語を書いた。それはアカメ伝説と称され多種多様なアカメがいる。

 唯一の共通点は赤い眼を持つことだ。

 魔法を体験し、伝説の勇者と同じ瞳を持つホームズは白面の話を否定できなかった。


「生き地獄を見たくなければ魔法書と共にこい。うまく使いこなしてやる」


 もはやここから助かる術はない。舌をかみ切っても死ぬ保証はない。

 しかし簡単に人の命を奪うこの男に魔法書を渡せばどうなるか、未熟なホームズでも十分理解できた。


「この本はお前みたいな奴に渡らないよう先祖が受け継いできたんだ。自分の私欲のために使ったりせず。お前みたいな奴には絶対に――うぐっ!」

 ホームズの言葉は途中で遮られる。右手に激痛が走ったからだ。

 恐る恐る右手を見ると白面の刀がホームズの手を貫いていた。

 痛みに悲鳴をあげそうになるが、白面は彼女の口元を掴みそれを無理やり抑え込む。


「指を一本ずつじっくり時間をかけて折られたことはあるか? 皮膚をむかれたことは? 意識を失うぎりぎりまで呼吸を止められたことは?」


 口元を抑えられたホームズはくぐもった悲鳴をあげる。

 刀が引き抜かれ血があふれる。

 血があふれる手を握り、白面は円形の赤い魔術式を形成する。何をするのかと恐怖に振るえていると肉を焼く音が周囲に響く。同時にホームズは拘束を解きそうな勢いで暴れる。

 やっと拘束から解放されたホームズはぐったりと壁にもたれる。右手の傷は焼いてふさがれていた。

 白面は血の付いた刀をホームズの正面に突き立てた。


「この刀は妖刀ミタマという。モリアーティが自害に使った刀だ。特徴は三度斬られればどんな擦り傷でも魂を奪われ死に至る。これで残り二回となったわけだ。今のお前には希望に見えるだろう」


 ホームズは今死んだほうがましなのではないかという痛みに襲われている。

 簡単に死ぬことができるミタマは彼女の希望だった。刀に向けホームズは手を伸ばす。

 しかし手を下ろした彼女は皮肉気味に、痛みをおさえ精一杯の笑みを作る。


「痛みと恐怖で僕を支配するつもりか? 自分じゃ魔法書と契約できないから。でも僕はそんなものに屈したりなんかしないよ」


 ホームズの話に白面は何も答えない。おそらく図星なのだろう。

 死に戻りされ続ければいずれ詰むのは白面だ。

 だから反抗できぬよう心を恐怖で支配する必要があると考えたのだろう。


「小娘のくせによくわかったな。拷問に折れず耐えただけはある。見事だ。おかげで邪魔が来たようだ」


 白面は刀を抜き背後に振るう。すると金属同士がぶつかる甲高い音が周囲に鳴り響いた。


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