第二十五話 脱獄する名探偵
意識を取り戻したホームズは、まだ麻酔でくらくらする頭をおさえながら体を起こす。
周囲を見渡せばここは牢屋のようだ。外には見張りがいて、ホームズは格子に寄りかかるように腕を置く。
「なんで僕はここに……。きみたち教えてくれよ。ついでに出してくれ」
「ダメだ。お前には将軍家暗殺未遂の嫌疑がかかっている」
「はぁ? 誰がそんなことを言ったんだ。僕はその犯人を追い詰めたアカメの探偵だ」
「レグルスさんだ」
予想外の人物の名前が出てホームズは言葉を失う。
なぜこんなことをしたのかと疑問がわき出てくると同時に、嫌な考えが浮かんでしまう。
彼がこの事件の首謀者なのか、両親や村人を殺した白面なのかと。
「ここに僕を入れるとき何か言ってなかった?」
それでもこの状況が信じられず、ホームズは見張りに問いかける。
見張りは考え込むようにあごに手を置く。
「すまないだってよ。まったくその通りだ。お前のせいで余計な仕事増えたんだからな! まぁたっぷり給金はもらったし、よしとするか」
見張りは手の上で袋を投げてジャラジャラと音を鳴らす。
裏切られたショックが大きいホームズは牢屋にあるベッドに腰かける。
武器はなく自害はできない。今頃カルマたちはどうしているのか、一応忠告はしたので毒殺は回避できていてくれとホームズは願う。
今は何時かといつもの癖で、ホームズは金時計を確認するために腰に手を向ける。
手を向ける途中でこれも取られているかもしれないと考えたが、腰のベルトに金時計はまだあった。
「おい、飯だぞ。まったく犯罪者に豪華すぎんだろ。レグルスさんは何を考えてんだ」
「ん? ああ、ありがとう」
牢屋の下にある隙間から見張りが食事を入れる。確かに囚人には豪華なものだった。
パンはわかるがステーキまであるのだ。
だがここでおかしなことに気づく。ステーキを切るためのナイフがあるのだ。
ゼロはホームズが死に戻りの能力を持っていることを知っている。ナイフなど与えれば自害するなど簡単に予想できるはずだ。
「ねぇ、ここってどこ?」
「あん? クロイア東区三番街にある収容所だ」
場所的にクロイアのかなり端っこの場所だ。牢屋に備え付けられた窓から背伸びをして外を覗けば、城下を囲む壁がそびえたっている。
なぜわざわざ城近くの収容所に運ばず、ここを選んだのかと疑問が浮かぶ。
ナイフの件といいゼロの行動は不自然すぎた。
「まさか僕を現場から遠ざけるため?」
ホームズは前の時間軸のことをすべてゼロに話した。あのままでは両国は戦争に突入し、また裏社会が暗躍する闇の時代が訪れたであろう。
この時間軸でホームズは事件を防ぐために現場近くにいた。もしそれでも防げず事件が起きればどうなるかわからない。あの場に白面や他のスカーズの構成員がいれば、ホームズは捕えられる可能性もある。
だからゼロはホームズを無理やり現場から遠ざけたと考えられる。そしてもしものときのナイフまで用意した。
それに気づいたホームズは牢屋を掴む。
「早くここをだしてくれ! カルマが危ないんだ!」
「はぁ? 馬鹿か。出すわけないだろ」
看守はホームズから背を向けてこれ以上話を聞かないようにする。
時間がないのにいらだったホームズは「くそっ!」と悪態とついて牢屋を蹴る。
いっそ魔力を開放しようかと考えるが、そんなことをしたら他の看守をすぐ呼ばれる。最悪、魔抗弾で制圧される可能性がある。
何か脱出の手立てはないかとホームズは必死に思考を巡らせる。
数十分が経過したところで誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
「誰だ!」
看守は警戒し腰に下げた銃を抜く。見張り交代の可能性もあるのにいきなり武器を構えるということは、誰もここに入れるなとでも言われているのだろう。
音が徐々に近づき、不審者はこのフロアについて足を止める。
ホームズからは階段を上がってきた誰かの姿は見えないが、看守は腰に下げた銃を構える。
「何者だ? それ以上近づいたら撃つぞ!」
「おいおい、物騒なもんはしまえって。そっちの奴に用があるだけだ」
声音から男だろう。男は看守に銃口を向けられ両手を挙げる。しかし少しずつ距離を詰めていき、看守は後ろに下がって距離を保つ。
そしてホームズの視界にも男の姿が映る。黒いローブをまとい、顔はフードで隠されている。だが銃を向けられているのに口元は笑みを浮かべていた。
「動くなよ! 本当に撃つぞ!」
「弾入ってねぇのにか?」
「は? そんなはず――」
男が手を開くと銃弾が六発落ちた。
いつの間に抜いたのかと看守とホームズが驚いた瞬間。男は腕を伸ばし看守の銃口の向きを変えさせ、あごを殴る。体勢が崩れたところで銃を奪いながら投げ飛ばす。
「ここにくるまでに看守から奪ったやつだよ。弾薬の数ぐらい把握しておけ新米」
かなりの勢いでたたきつけられたせいで看守は気絶している。
敵の追手かと思ったホームズは食事の時に用意されたナイフを握る。だが相手は銃を持っていて不利な状況だ。
だが男が突然フードをぬぎ、素顔を見たホームズは驚きのあまり持っっているナイフを落とす。
「将軍⁉ いつ気が付いたんですか!」
「一昨日だ。起きたらカルマたちが出ていて驚いたぜ。あとあまり大声出すな。傷に響く」
「傷に響くって……。看守を簡単に倒せるほど強いくせに何言ってるんですか」
ヨシツネは左肩を撃ち抜かれ刀を振れず、魔術も使えない体になると診断されるほどの重症を負っている。
しかし看守を一瞬で気絶させた彼はとてもけが人のように見えなかった。
ホームズの視線を背中に受けながらヨシツネは看守から牢屋のカギを奪う。
「重症負っても俺は将軍だ。ただの兵隊になんかに負けるかよ。ほれ開いたぞ」
「ありがとうございます。僕はこのまま城に向かいますが将軍はどうしますか?」
「俺も行く。あとお前の武器も取り返しといたぞ。それでよかったよな」
「まさか武器まで取り返してくれてるなんて……。ありがとうございます」
武器があるなら仮に看守に見つかっても対処できる。
しかもこれは両親のプレゼントと遺品なので、もし処分されていたらと、牢屋の中にいるとき少し不安だった。
ここでふと疑問が浮かぶ。ここは四階で武器保管庫は一階だ。どうやって騒ぎを起こさずここまで来たのかと。
だがその疑問はすぐ解消された。突然収容所に警報が鳴り響いたのだ。
『侵入者だ。数は一人、発見次第拘束せよ。抵抗するようであれば射殺しても構わん』
「ちっ! 最初に気絶させた奴がもう起きたか」
「あの、どうやってここまで来たんですか?」
「そんなもん忍び込んだにきまってるだろ。ここに収監されている他国の要人を解放しろなんて、将軍の俺が馬鹿正直に言えるかよ」
「忍び込むのもどうかと思いますけど……」
将軍の彼ならある程度の融通も利くはずだ。だがもうすべて手遅れだ。看守に手を出してしまったからだ。
ここはおそらくゼロの息がかかった場所で、彼が来ると予想するのはホームズを狙いに来たスカーズだ。それはここの看守にも伝わっているはずだ。
つまりこの状況だけ見ると、将軍はスカーズと内通しホームズを狙いにきた。そして仲良く行動を共にしているホームズは裏切り者として見られるだろう。
その事実にホームズは大きくため息をつく。
「まぁお前ならどうにかなるだろ。俺は病み上がりで無茶はできねぇ。前衛はお前がやれ」
「ちょっ! 何するんですか!」
ヨシツネは突然ホームズの後頭部に手をやりリボンを解く。そのせいで本来のブロンドヘアと赤目に戻る。
「四年前の事件が起きた時、勇者の子孫がスカーズに狙われたってロンドに聞いたよ。そんでもしものときは助けてやってほしいってな」
「そうだったんですか……」
「まぁ助けられたのは俺だがな。無実を証明してくれてありがとな。それじゃあ行くぞ、名探偵!」
ホームズがいなければ辻斬り事件で容疑者として捕まった可能性がある。
脱出を開始しようとしたところで階段を駆け上がる音が耳に届く。
「勇者の魔術ならこの壁壊せねぇのか?」
「この壁は脱獄や襲撃に備えて壁に魔抗石が含まれています。だから魔術はあまり期待しないでください」
「つまり真正面から突破するしかないのか。まぁいい。武器は大量に奪ってきたしどうにかなるだろ」
階段を駆け上がってきた看守が見えてきたところで、ヨシツネはローブの下から何かを取り出し、看守たちに向けて投げ飛ばす。
「そうら爆発するぞ!」
「爆弾だ!」
殺す気か、と叫ぼうとする前にヨシツネが投げた爆弾から煙が出る。
その煙にヨシツネは突っ込んでいき、煙の中から銃声と悲鳴が聞こえてすぐに静かになる。煙が晴れれば無力化された看守たちが転がっていた。
殺傷爆弾を投げたように敵に錯覚させて非殺傷の爆弾で看守の動きを封じる。そしてあとは体術で制圧したようだ。
けが人とは思えない強さにホームズは開いた口がふさがらない。
「何呆けてんだ。早くいくぞ」
「は、はい!」




