第二十話 血の祭典
ホームズは今、宝剣祭の最後の儀式を見るのに毎年使っている特等席にいる。
見渡せば大勢の人が儀式を近くで見届けようと、城下の中心に集まっていた。ホームズがいる高台も少なからず人がいる。
時刻は夕方五時。夕日に照らされた城のベランダが開き三人の人物がベランダにたつ。そこにいるのはお盆に乗せたグラスを持つクロイアの領主レオン、そして儀式を執り行うカルマと、国王ロンドの娘のベラミーだ。
両国の代表たちは鞘に入れた剣と刀の柄をそれぞれ向け合い交換をする。
そして次に振舞われるのは酒だ。レオンはカルマが選んだグラスに入った透明の酒をベラミーに渡す。
「先祖が作り上げた平穏を未来永劫守ることをハロイド王国国王ベラミーが誓う!」
そして今度はベラミーが選んだ酒をカルマに渡す。
「先祖が作り上げた平穏を未来永劫守ることをムサシの守護将軍カルマが誓う!」
二人は空に掲げた酒を同時に飲みほした。
城下は大歓声に包まれて儀式は終わる。それを見届けたホームズは双眼鏡をおろして宿に戻ろうとする。
だが歓声が徐々に消えて、不審に思ったホームズは振り返る。
遠くからでもわかるぐらいカルマの様子がおかしいのだ。グラスを落とし、彼は苦しそうにのどを抑える。
そしてズボンの丈まで真っ赤にそまるほど吐血して床に倒れこんだ。
歓声は悲鳴へと変わり城下は混乱に包まれる。城のベランダでは剣を向けられたベラミーが兵士に囲まれている。
意識を失ったカルマはミツヒデに抱えられ城の中に消えていく。
「カルマ!」
ホームズは我を忘れたように人の波をかき分けて城に向かう。いたるころから火の手が上り、スカーズの狙いはこれだったとホームズは今更理解する。
状況だけ見れば、ハロイドの国王ベラミーがカルマに毒をもったようなものだ。下手をすれば戦争が起きる可能性がある。事実暴徒とかした民衆を抑えるのに兵士は忙しそうだ。
城門の前には大勢の民衆が詰めかけて道をふさいでいる。
「こんなときに……」
興奮した民衆に道を開けろと言っても効果はないだろう。ホームズは空に向けて発砲して自分に注意を向ける。
「邪魔だ。通してくれ」
異常事態で正体を偽っている時間はない。ホームズは民衆の前でリボンをほどき本来の赤目とブロンドヘアに戻る。
彼女の気持ちに呼応するように魔力が吹き荒れ、自然と民衆たちは落ち着きを取り戻し道を開ける。
そこをまっすぐ進み門番の前に立ち金時計を見せる。門番はそれにはっと気づくと、門を開けてホームズを通した。
城内は外ほどではないが慌ただしかった。兵士の指揮をとるものや、自身の安全を確保するために奔走するもの。
それらすべてを無視してホームズは人に話を聞きながらカルマを探す。
道中ベラミーが逃走したとの情報を小耳にはさんだ。
そしてすぐに彼が治療を受けている部屋についた。部屋の前にある椅子にはトモエが腰かけている。ホームズに気づき顔を上げた彼女の顔は涙でぬれていた。
「お姉さま……」
「カルマは?」
トモエは小さく首を横に振る。
「最期に会ってあげてください。あなたに会いたいと言ってました」
深呼吸をしてホームズはドアノブに手をかける。ゆっくりと扉を開き、ホームズはベッドに横たわるカルマを見て泣きそうに顔をゆがめる。
部屋の中ではあわただしく看護師が動いているが、トモエが二人きりにしてあげてほしいと指示を出す。
そして部屋の中にはカルマとホームズだけになった。ホームズは近くの椅子に腰かけてカルマの髪をなでる。
カルマはゆっくりと目を開きホームズのほうを見ようとする。
「無理に動かなかなくていい。僕はここにいるよ」
椅子から身を乗り出してカルマが見やすいようにホームズは彼の顔を覗き込む。
カルマが手を動かしたので彼女はその手を優しく握る。
彼女の顔を見て安心したのかカルマは涙を流す。
「ホームズ、俺死にたくないよ」
「っ……!」
もう助からないのは明白だ。ホームズはどう返していいかわからず言葉を詰まらせる。
「好きな人の幸せを見届けることができないのが何よりも悔しい」
「好きな、人?」
そんな人がいるとは知らなかったホームズは驚いたような顔をする。時期将軍の彼なら婚約者の一人ぐらいいるだろう。
ホームズはそれを聞いて胸に痛みを感じるが。
「ホームズ、お前のことが好きだ」
カルマはホームズの頬に手を添えながら、まっすぐと彼女の目を見て告白する。
最初は言葉の意味を理解できなかったが、彼の言葉を脳裏で反復するにつれてホームズの顔が赤くなる。
「死にかけのときになんてことを言うんだ。君は馬鹿なのか?」
「馬鹿でもいい。想いを伝えられないまま逝くよりはましだ」
「そっか。そっか……。返事は言ったほうがいい? ……カルマ?」
カルマはホームズの言葉が聞こえていないのか悲しそうな目で彼女を見ている。
「ごめん、何か言ったか? もうほとんど耳が聞こえないんだ」
徐々にカルマの命の終わりが近づいているのだろう。
これから逝く彼を不安にさせぬようホームズは無理やり笑みを浮かべ、彼の耳元に顔を近づける。
そしてカルマに聞こえるように何かをつぶやいた。
彼女の言葉を聞いてカルマは悲しそうに笑みを浮かべる。
「あぁ、これも失恋っていうのかな……」
そう最期につぶやきカルマは息を引き取った。
しばし呆然としながらホームズは手に持った銃の引き金に指をかける。
ここですぐやり直すのは簡単だ。というよりやり直したいという気持ちが涙と一緒にあふれ出す。
だがふと視界に瓶に入った酒が入った。ラベルからハロイドの酒で、おそらくこれを飲んで彼は死んだのだろう。
ホームズは何かを決めたように立ち上がりそれを手による。
数分後、外にでるとそこにはトモエがいてホームズに頭を下げる。もう兄が亡くなったと彼女は理解しているようだった。
「お姉さまはこれからどうするのですか?」
「少し外に出るよ。風に当たりたい」
そう言ってホームズはフラフラとした足取りで城を出る。城下はもう戦場のようで、ホームズの姿を見ても誰も気にする様子はない。
そして城下町を見渡せる高台についた。高台は兵士の屍が転がり、その中心で一人の女性が血が滴る漆黒の大剣を握り、虚ろな目で夕日を見ている。
「違う。私じゃない。私は何もしてない。何もしてないのになんで誰も信じてくれないの? ねぇホームズは信じてくれる?」
ホームズのほうに振り返ったのはこの事件の容疑者であるハロイド王国のベラミー姫だ。ここまで容疑者として疑われ、逆上した兵士や民に追われたのだろう。そのことごとくを切り伏せた彼女の瞳には絶望しかない。
ここで彼女が犯人だといえばホームズも斬られるだろう。だが彼女のことを知っているホームズは首を横に振る。
「きみは犯人じゃない。真犯人がどこかにいるはずだ」
「そっか。最後に信じてくれてありがとう。でももう耐えれないや」
「待っ――!」
ホームズの言葉を聞いてベラミーは泣きながら笑う。そのまま彼女は持っていた剣で自分の首を斬ろうとする。ホームズの静止も聞かぬ間に、ベラミーは自身の首を斬った。
鮮血が舞い、倒れるベラミーをホームズは慌てて抱きかかえる。
誰も守れずホームズは悔しそうに口元をかむ。
「これもお前の計画通りか?」
ホームズの視線の先には落下防止の柵に立つ白面がいた。
彼の腰にはムサシの妖刀ミタマが下げられ、背中には無限の魔力を生み出す大太刀、宝刀ムゲンがある。
「そうだ。時の魔法書があっても力がなくては意味のないループを繰り返すだけだ。だがこうしてカルマが死にムゲンは俺のものとなった。そしてベラミーが死にライヘンも俺のものとなる。あとはお前だけだ」
「ふざけるな! お前の思い通りになんかさせない!」
ホームズは自身の側頭部に銃口をあてる。引き金を引こうとするが、白面はそれよりも早くムゲンを抜刀して刀を振るう。魔力の刃で銃は斬られて指からは出血する。
続いて二振り目の刃が振るわれ、ホームズは吹き飛ばされて近くの木に叩きつけられる。
せき込むホームズを無視して白面は愛おしそうにムゲンを見る。
「魔力の濃度により鋼鉄さえ切り裂くが、人を斬らないことも可能なのか。便利なものだ」
ホームズはレイピアで自害しようとするがそれもムゲンの一振りで破壊される。母の形見すら壊されて、もう打つ手がない状況だ。
舌をかみ切ろうにも確実性にかける。魔術で簡単に治癒されるだろう。
近寄ってきた白面をホームズはにらみつける。そして彼女の首を締め上げカバンを奪い去る。強奪後不要となった彼女を壁に投げ捨て、彼はカバンの中にある魔法書を取り出す。
「やっとだ。これで世界は俺のものだ。くはは、あはははははははははははははははは! は?」
勝利の声を上げる白面。だが突如彼の耳にガラス瓶が転がるような音が聞こえた。
それはホームズのほうからで、彼は投げ捨てた彼女のほうを見る。彼女のそばには空になった奇妙な小瓶が転がっていた。
「無味無臭で助かったよ。おいしいワインが台無しになるところだった。ごふっ!」
口から血を流すホームズを見て、白面は仮面の下で驚いていることだろう。その表情を想像してホームズは笑みを浮かべる。
「まさか、貴様!」
「僕は探偵であり勇者だ。何度繰り返すことになってもこの悲劇を止めてみせる。待ってろよ白面」
ホームズが飲んだのはカルマが飲んだワインだ。内臓が焼けるような痛みに襲われて口から血を吐く。
手を伸ばす白面にざまぁ見ろとホームズは心の中でつぶやく。
徐々にまぶたが重くなり、時は戻る。