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第十九話 祭典の始まり

 ついに訪れた宝剣祭当日。ムサシとハロイドの国境付近にある大都市クロイアにホームズは来ていた。宿の一室に泊まっていた彼女は、魔法書を書き終えて大きく伸びをする。

 時刻は午前九時半だ。


「じゃあそろそろ食べ歩きでもするかな」


 アカメとしての仕事がない間は街の便利屋として過ごしていた。犬の散歩をしたり、はたまたメイド服を着て給仕をしたり。中には山に猟に出かけたこともあった。

 アカメの給料なら働かない選択もできたが、探偵にとって情報は武器であるため、祭り前日まで働いていたのだ。

 しかし今日は宝剣祭当日。仕事のことなど忘れて彼女は祭りを楽しんでいた。買い食いをしてご満悦なホームズは現在大通りを見渡せる高台にいた。


「ほぅ、元気そうじゃないか」


 大通りでは現在凱旋パレードをしている。東側の大通りにはムサシの次期将軍であるカルマと、その妹のトモエ、家臣たちが凱旋中だった。

 一時間後には西側の門からハロイドの王族が凱旋する手筈になっている。

 すると一キロ以上も離れているカルマと目が合った気がした。

 気のせいだと思いながらホームズは食べ歩きに戻る。

 魔人と人間が同じように祭りを楽しみ、この平穏を作るために先祖が人知れず戦ったんだとホームズは誇らしくなる。

 すると人が大勢行き交う通りに、何も持たずに顔をマスクで覆った怪しい人物を見かけた。周囲を警戒するように歩き、見る人が見れば軍人だとわかる歩き方だ。手に持った串団子を落としそうになり、慌てて持ち直す。そして一気に口の中に団子を放り込み、仕事モードへ気持ちを切り替える。


「やっぱり狙ってくるか……」


 アカメ入団時に、宝剣祭で何度かスカーズが活動していると情報を得た。今この都市にもそれを警戒し、ホームズ以外にもアカメがいる。

 対象を見失わないよう、近づきすぎず離れすぎない適度な距離を保つ。突然道を曲がったので、ホームズは歩くスピードを上げて角を曲がる。だが対象はどこかに消えていた。


「ちっ、見失ったか。うぐっ!」


 突然頭をつかまれて地面にたたきつけられる。肺の中の空気を無理やり押し出され、ホームズは苦しそうなうめき声を出す。


「二匹目。簡単に釣れたな」


 声音からして男でリボンをほどけば抵抗できそうだが両腕を拘束されてできそうにない。

 男はホームズのローブをめくり金時計を確認する。そして首元にナイフを当てた。


「アカメがこんな簡単に釣れるとはな。まぁいい。計画の邪魔だし消せって言われてんだ」

「計画だと? お前ら何をたくらんでいる?」

「これから死ぬ奴に誰が話すかよ。じゃあな」


 首を切られても朝の宿に戻るだけだ。この男はおそらくただアカメを消せと言われただけだろう。でなければ死に戻りするホームズを殺そうとしたりしないはずだ。

 次こそは捕えてやると思いながら、ホームズは死の恐怖よりも次の行動を考える。

 だが突如銃声が響き、男はナイフを手放す。力が弱まったのでホームズは転がって拘束から逃れる。

 右肩をおさえる男が、路地から現れたもう一人の男をにらむ。そこにいたのは刺繡が入ったベストと、黒いズボンを着ている初老の男性だ。眼鏡の下の目は恐れが見えるが、ホームズを襲った男を必死ににらんでいる。

 その手にはひどく手振れしている銃が握られていた。


「てめぇ、ハロイド大図書館の館長レグルスだな? 正義の味方気取りか?」

「そ、そうだ! おとなしく投降しろ。すぐに憲兵が来るぞ!」

「はっ! その前にお前もこの女も殺してやるよ!」


 男は懐から銃を出してレグルスめがけて発砲しようとする。

 だが引き金を指にかけるよりかも早くレグルスは男に接近して拳を胸に叩き込み、銃を奪い取る。数メートル吹き飛ばされて倒れ伏す男にレグルスは銃口を向ける。

 さっきまでの怯えた姿は嘘のような動きだ。おそらく敵を油断させるための演技だったのだろう。


「無駄な抵抗はやめろ。どんなことをしても俺はお前を制圧できる」

「何者だよ、爺」

「お前は知らなくていいことだ」


 レグルスは銃身を掴み持ち手で男を殴る。脳を揺さぶられた男はそのまま気絶した。

 一瞬の出来事で呆けていたホームズは慌てて立ち上がり頭を下げる。


「助けてくれてありがとうございます。どもなんでゼロがここに?」

「俺もこいつを追っていたからだ。それよりホームズ、相変わらずお前は尾行が下手だな」

「うぐっ! すいません」


 怒られた子供のようにホームズは苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 それを見てレグルス改め、ゼロは暑かったのか袖をめくりため息をつく。

 彼は表向きはハロイド最大の図書館の館長レグルスだがもう一つの顔がある。ゼロのコードネームを持つ、アカメの最強の人であり組織のボスだ。

 ホームズを鍛えた人であり彼女は彼には頭が上がらない。


「そ、それでゼロはなんでここに?」

「この男のようにスカーズの構成員が街に入ってきているからだ。もう十人は捕えている。奴らは今年の宝剣祭で何かをするつもりだ」

「何か?」

「ああ。だが今まで捕らえたのはどいつも末端でろくに情報を持ってない。お前も気をつけろ」

「わかりました」


 ゼロはホームズの秘密を知る一人だ。彼女が勇者の子孫であり、時の魔法書を持っていることも知っている。

 彼女と魔法書が敵の手に渡ればどうなるかも彼なら当然わかっている。安全な場所で保護しないのは彼女の力を腐らせるより、国のために使ったほうがいいと判断したからだ。含みがある言い方にホームズは力強くうなずいた。


「では俺はこの男を連行するからお前は西側を見張ってくれ。それとこれもやる」


 ゼロが差し出したのはお金だ。なぜと思いながらホームズは首をかしげる。


「怪しくない尾行をするためだ。一応今日は祭り、楽しめよ」


 祭りなのに何も持たず仏頂面で歩けば少なからず不審がられるだろう。不器用ではあるが彼なりの優しさのようだ。

 それを受けとったホームズは敬礼をする。


「ありがとうございます。では任務に戻ります」


 振り返ったホームズは路地裏を出ていく。上機嫌な足取りの彼女を見てゼロはあきれたようにため息をつくが、その顔は嬉しそうだった。

 アカメといってもホームズはまだ子供だ。秘密組織の構成員なのに、年相応の少女のようにふるまう彼女を見てあきれたのだろう。

 だが血生臭い事件にからむより、少女らしく笑う彼女を見れてゼロはうれしかったのだ。


 それからホームズは不審な人がいないか屋台をめぐりながら歩き回る。手にはいっぱいのお菓子を持ち、道行く人が彼女を驚いた眼で見る。

 すると突然後ろから肩をたたかれた。振り返ったホームズは驚き、お菓子を腕から落としてしまう。だが肩をたたいた人物はそれをどうにかキャッチしてほっと息をつく。


「よぅ、久しぶり」

「な、なんで助手くんがここに?」


 そこにいたのはカルマだ。周囲の人にばれないようにローブとフードをかぶっている。背中には彼の身長ほどある、布に包まれた細長い何かをさげている。彼はホームズが落としたお菓子をキャッチしてホームズの腕に戻す。

 しばし驚いているとホームズはにやにやと笑みを浮かべる。


「もしかして僕に会いに来たのかなー?」

「は? そんなわけ……いやそうだな。お前に会いに来た」


 カルマとの付き合いは短いが、彼が素直でないことは十分知っている。今回もからかうつもりで言った言葉だが返答は以外にも肯定だった。


「城内は堅苦しくて空気がつまる。だからお前に会うって言って抜け出してきたんだよ。凱旋のときにお前をみつけてここら辺にいると思ってな」

「なんで僕なんかに会いに?」

「会いたかったからじゃダメか?」


 急に素直になったカルマに、ホームズは返答に困り顔を赤くする。とりあえず「ふーん」とだけ返して顔を見られぬように振り返る。


「儀式まで時間がある。それまで俺と祭りを回らないか? 俺はいつも城内にいて城下のものはほとんど知らないんだ」

「そういうことならいいよ。でもおごってね」

「ああ、いいぞ」


 まだ恥ずかしさが残っているのかホームズの頬は少し赤い。仕事のこともあるがここでカルマの誘いを断れば、今後のムサシの仕事で支障が出るかもしれない。

 そう自分に言い聞かせてホームズはカルマの誘いに乗った。断じてカルマと一緒に祭りを楽しみたいわけではないと何度も心で唱えながら。


「じゃあ東側に行こうか。そこならハロイドのおいしいものが食べれるから」


 ムサシで暮らすカルマにはハロイドのものは馴染みがあまりないはずだ。移道中もしっかり彼にいろいろとおごられながら街の東側に向かう。

 いろいろ買って二人は街の高台にある椅子に座っている。


「そういえばトモエは元気?」

「ああ。でもお前がいなくなって少し寂しそうだったな。たまにでいいから遊びに来てくれ。そのためにこれやるよ」


 カルマが渡したのは刀の赤い鍔だ。将軍家の物だと知らせる翼を広げた鳥が描かれ、ホームズはぎょっと目を見開く。

 これはホームズが持つ金時計と同じぐらい貴重なもので、将軍家の重臣しか持っていないものだ。


「こんなものもらっていいのかい?」

「ムサシを救った勇者のお前だからこそもつにふさわしい。家臣たちも了承済みだ。それを見せれば面倒な手続きもせず城に入れるし、トモエとも会えるぞ」


 勇者と言われて悪い気はしないホームズは照れたように頬をかく。

 トモエと会えるのもうれしいが、ホームズは一瞬だけカルマのことを横目で見る。


「これがあればきみにも会えるの?」

「ああ。忙しくなかったらな」

「ふーん、そうなんだ。ていうかこんなものを渡すってことはもしかして助手くんも僕に会いたいのかなー?」

「そ、そんなわけないだろ! トモエのためだ。勘違いするな」


 今なら勢いで聞けると思ったホームズは小さく舌打ちをする。やはり素直になったのは気のせいだったようだ。

 だがホームズはカルマから受け取った鍔を大事そうに懐にしまう。

 それから二人は祭りを楽しみ、大きな建物から出てくる。中では勇者アカメの演劇が行われ二時間に及ぶ大傑作だった。

 今まで城にいたカルマはそんなもの見たことがないのか、興奮した様子だ。


「アカメの最後の推理ショーはすごかったな! 誰もが見逃すようなわずかな物証で変装したモリアーティの正体を暴くところとかドキドキしたよ」

「探偵の語源になった人だからあれぐらい当然さ。さすがご先祖様だ」


 建物の上には今回の演目に向けて作ったであろう大きな広告がある。

 次はどこに行こうかと考えていると隣にカルマがいないことに気づく。ホームズは振り返るとカルマが寂しそうに空を見ていた。


「そろそろ時間だ。俺は城に戻るよ」

「そっか。へましないようにね」

「誰がするか!」

「はは。冗談だよ。僕はあそこらへんで見とくから」


 ホームズが指さす先は毎年彼女が宝剣祭の儀式を見る彼女だけの特等席だ。昔父に教えてもらった場所で人も少なく、双眼鏡でしっかり儀式を見れる場所だ。

 その場所をしばし見つめたあと、カルマはホームズのほうを向く。


「じゃあ行ってくる。しっかり見とけよ。いなかったら後で呼び出すからな」

「助手くんの名誉ある儀式なんだからしっかり見るさ。じゃあ頑張ってねカルマ」


 名前を呼ばれたカルマは嬉しそうな顔をすると振り返り足早に城に向かう。

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