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第一話 時の祝福

 季節は巡りホームズは十三歳となった。

 身長は同年代と頭一つ分の差があるほど低く成長期なのにあまり伸びていない。少し低身長がコンプレックスになりつつあるが悪いことばかりではなかった。

 今も幼子として扱われ村の年長者だけでなく同年代に可愛がられお菓子などをもらえたのだ。

 そしてこの三年間も母に言われた通り日記を書き続けた。

 魔法書はページがなくなりそうになれば古い日付のものから消えていき、日記が途切れることはなかった。

 しかし時の祝福というのは未だわからずじまいだった

 朝、ホームズはあくびをしながら一階に降りる。

 一階では母が台所で朝食の準備をし、父が狩りに行く装いで食卓についている。


「おはよう。父さんはどこか行くの?」

「おはよう。昨日村で森にワイバーンが出たから討伐してほしいって言われてな。ホームズ、すまないが父さんの代わりに村に薪を届けてくれ。いつもの村でいい」

「わかった。気を付けてね」


 目をこすりながら一度外に出てホームズは井戸水で顔を洗う。

 食卓にはもう朝食が出されていて今日のメニューはパンとシチュー、畑でとったリンゴの野菜ジュースだ。

 それを食べ終えた父はすぐに狩りにでかけホームズもでかける準備をする。


「じゃあ母さん行ってくるよ」

「気をつけてね。父さんの言った通りワイバーンが出るから早く帰ってくるのよ」

「わかってる。夜までには戻るよ。まぁこれもあるし大丈夫さ」


 三年前にもらったレイピアをホームズは腰に下げる。もらった当初は大きすぎた剣もギリギリ腰に下げれるようになった。

 三つの村を回るため薪の量はかなり多い。

 ホームズは長年飼っている馬にそれを背負わせ、手綱を引いて家を出発する。

 どの村も十軒ほどしかない小さな村でホームズは薪を着々と卸していく。

 訪れる村々でいつものように可愛がられた結果、彼女の手にはお菓子や焼き立てのパンがある。

 それを食べながらふと空を見上げると空が曇り始めていた。


「雨が降りそうだな。少し急ぐか」


 二つの村でもらったお菓子を口に中に放り込みホームズは歩みを早める。

 数十分後三つ目の最後の村につく。すぐに薪を卸して帰路につこうとするがその前に雨が降り始めた。


「こりゃ通り雨だな。すぐ止むと思うから家でゆっくりしていきなさい。お菓子もあるぞ」

「ほんとかい? じゃあお言葉に甘えて……」


 最後に薪を届けた村の長が遠くを見るように額に手を当て遠くを見る。雲の切れ目が見えて彼の言う通りすぐ雨は止みそうだった。

 村長の甘い誘惑に負けたホームズはニコニコと笑顔を浮かべ彼の家にお邪魔する。

 だが雨はすぐに止まず降り続けホームズの顔も曇り始める。一時間ほどで雨はやっと小降りになった程度だ。

 午後五時ごろ日が沈みかけこのままでは母に怒られる。そう思ったホームズは村長に感謝して、雨の中を服に泥がはねるのを気にせず走る。

 だが家が見えてきたところで違和感に気付く。家の扉が開け放たれていたのだ。そんなことをすれば虫だけでなく下手をすれば野生動物が侵入してくる恐れがある。

 家の側に誰かいるのかと思ったがそんな気配はない。


「まったく何をしてるんだ……」


 不用心なのは母か父どちらかと考えながらホームズは家に入る。

 家の中は暗くホームズの服から雨水がしたたり落ちる音が響く。

 明かりをつけようとして雷鳴がとどろく。そして暗くなった部屋が一瞬明るくなった。

 同時に目が慣れて家の惨状を見たホームズは言葉を失った。

 天井や壁に飛ぶ液体、散らかり割れた食器たち。床には血の海に沈んでいる両親がいる。

 驚かそうとしているのかと思い、父の背中を揺すると冷たくなっていた。


「逃げ、て……」


 母だけは息がありホームズに向け逃げるよう必死に声を絞り出す。


「母さ――え?」


 何が起きたのか、母だけでも生きていてくれて嬉しい。いろんな感情が混じり、せめて母だけでも助けようとホームズはセイラに手を伸ばす。

 だがその手が届く前にホームズは胸に衝撃を感じて視線を下ろす。


 胸を貫き、鈍く赤い光を放つ刀が生えていた。


 刀の先端からは血が滴り落ちホームズの白い服を血で染めていく。刀が引き抜かれホームズは糸が切れた人形のように倒れる。

 意識を失った方が楽だと思うような痛みに襲われながらホームズは母に向け手を伸ばす。セイラも涙を流しながら同じように手を伸ばし娘の手に自分の指をからませる。


「守れなくてごめんね、ホームズ……。愛してるわ」


 もうほとんどの感覚が消えている中で、母のその言葉を最期にホームズは死んだ。


 朝目を覚ましたホームズはベッドから体を起こす。枕元には昨日眠気に抗いながら書いた日記が開かれた状態で置いてあった。目元が涙で濡れているのに気づき彼女はそれを拭う。

 昨日の出来事は夢だったのかと思うが雨に濡れた冷たさも、胸を貫かれた痛みも現実のように覚えている。

 体が震え気分が悪くなったホームズはもう一度ベッドに横になる。

 しばらくすると二階に上がってきた誰かが部屋の扉を開ける。


「いつまで寝てるのホームズ! もう朝ごはんできてるわよ」

「気分が悪いからいらない」

「大丈夫? んー、でも熱はなさそうだけど。近くの村のお医者様に見てもらおうかしら」


 部屋を訪ねてきたのはエプロンをつけたセイラだ。

 ベッドから起き上がれないホームズの額にセイラは手を置く。熱はないが顔色が悪い娘を心配そうな面持ちでセイラは見る。


「おーい、どうかしたのか?」


 するとワトソンも二階に上がってきた。

 夢で見たときと同じ狩りに行くときの装いだ。

 それを見てホームズは嫌な予感を感じたのかベッドから体を起こす。


「どこ行くの?」

「昨日村で森にワイバーンが出たから討伐してほしいって言われてな。ホームズには村に薪を届けてほしいと思ったんだが……。顔色が悪いな、大丈夫か?」


 ワトソンの話を聞くにつれてホームズの顔色がさらに悪くなる。吐き気を抑えるように口元をおさえた彼女の背中をセイラがなでる。

 落ち着いたホームズは夢のことを思い出す。


「もしかして今日の朝ごはんってパンとシチュー。あとリンゴジュース?」

「そうだけど。それがどうかした?」


 ここまで夢の内容とかぶっていれば嫌でも気付く。

 ホームズは家に帰ってきたとき誰かに家族を殺され、自分も殺された。

 そして何らかの手段を用いて過去に戻った。

 枕元にある日記が視界に入り表紙裏の文を思い出す。契約者に時の祝福をという今まで謎だった言葉を。


「母さん。契約者に時の祝福をって、もしかして死んだら時間を巻き戻すって意味?」


 時間を巻き戻すなどありえない。もしホームズの言ったことが本当なら家族や自分が死んだことが事実になる。

 ただの勘違いであってくれとホームズは願いながら母の顔を見る。

 セイラの顔は驚愕に染まり固まっていた。冗談のようなことを言ったのだからすぐに笑って否定してほしかったとホームズは思う。

 しかし母の顔を見てその考察が正解だと理解してしまう。

 両親の無惨な死を目の当たりにして自分も死ぬ恐怖と痛みを味わった。それは全て現実だと突き付けられたホームズは肩を震わせながら自分の体を抱きしめる。

 そんな彼女をセイラが優しく抱きしめる。


「大丈夫。もう大丈夫だから。母さんも父さんもここにいるから大丈夫よ」


 セイラの安心する声音と温もりに触れたホームズは声を押し殺しながら涙を流す。

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