第十四話 現場へ
意識がないヨシツネの傍には袖をまくった浴衣の女性がいた。ヨシツネの胸に聴診器を当て診察しているようだった。
「何が、あったんだ……?」
「昨日森の中で倒れているのをセンシ様が発見しました。胴体を一発、左肩を一発撃たれたようです。私は治療をしたランマです」
「な、なんでそれを黙ってたんだよ!」
「将軍が撃たれたとなれば国の一大事。今年の平和の祭典を中止にするわけにはいかないので、口外するべきではないとセンシ様に言われました」
ランマの話を聞いたカルマの顔色が悪くなる。昨日彼は白面に向けて銃を発砲した。これだけ状況証拠がそろえば嫌でもわかってしまう。ヨシツネが白面であると。
父を撃ってしまった、父が辻斬りであったというショックにカルマの呼吸が荒くなる。
ホームズはカルマを落ちつけるために彼の目をまっすぐと見る。
「まだ彼が白面と決まったわけではない。落ち着くんだ」
「でも親父には銃創があるじゃないか! やっぱり親父が――」
「白面も銃を持っていた。奴に撃たれた可能性もある。もしくはこの騒ぎの間に別犯人により撃たれたか……」
ホームズの言葉にはっと気づいたカルマは落ち着きを取り戻す。それにほっとしたホームズは主治医の方を向く。
「銃創を確認してもいい?」
「だめです。今は動かすのも危険な状態です」
きっぱりと断れたホームズは苦し気な呻き声があげる。
しかしランマは「ですが……」と言葉を続ける。
「私は元軍医です。どこから撃たれたかなどの説明はできます。それでもいいですか?」
ランマの言葉にホームズはうなずき、説明しやすいように紙とペンをランマに渡す。
一度咳払いをして、ランマはもらった紙にさらさらと人型を書いていく。
「弾は二発とも貫通し、体の上から斜めに入っていました。背中側の穴は小さく腹部側の穴が大きいので背後から撃たれたのでしょう。厄介なのは二発とも魔抗弾で、一発は魔核を破壊していました」
ランマが書いた絵は人の体に対し、どのような角度から弾が入ったか描かれていた。かなりの急角度から弾が入り、それだけ体内を傷つけたことがわかる図だ。
説明に出てきた魔核とは魔力を生み出す臓器だ。そこを損傷すれば魔術を一生使えない体になる。
父の容態を聞いたカルマとトモエはうまく言葉が出ず、息をのむ。
「……親父は、助かるのか?」
「一命は取りとめました。でも魔術はこれから一生使えないと思います」
どうにかカルマは声を絞り出す。しかしランマは医者として淡々と事実を述べる。
父がホームズや肉親すらも殺そうとした可能性がある。それでもここまで育てられた恩がある。そんな彼を後ろから撃ち抜いた。様々な感情がまじりあい、カルマは力が抜けたように背後の柱にもたれて座り込む。顔を伏せて頭をおさえながら彼は肩を震わせる。
「ホームズ、俺どうしたらいいのかな? もうわかんねぇよ……」
今までの強気な彼からは想像できない弱弱しい台詞だ。
実の父が二十九人も殺した辻斬りで、身内すらも殺そうとした可能性があるのだ。現実を受け止めろという方が酷だ。
ホームズは横になるヨシツネの方を見る。彼の左手に両親を殺した犯人と同じ十字傷はない。それだけでも白面ではない可能性が少しだけある。
「探偵は人の隠したい事実を暴く嫌な仕事だ。でもね、誰かの無実を証明できる誇らしい仕事でもある。きみはこの状況だけで父を犯人だと決めつけていいのかい?」
ホームズの無実を証明できるという言葉を聞いてカルマは顔をあげる。目元は赤く、今にも泣きそうだった。そして最後の疑問に対し勢いよく首を横に振る。
「親父はこの国の将軍だ。そんな人が辻斬りなわけがねぇ!」
「真実を手にした先が残酷な結果だとしても?」
捜査の結果ヨシツネが辻斬りであると結論がでるかもしれない。
それに一瞬ひるむが、カルマは頷く。
「残酷な結果なんて絶対訪れない。手を貸せ名探偵。親父の無実を証明する」
立ち上がったカルマはホームズに向けて右手を伸ばす。
いつもの調子に戻った彼を見てホームズは安心したように息をつく。そして差し出された手を握る。
「あの、何の話かは詳しくわかりませんが急いだほうがいいと思いますよ」
するとランマが口をはさむ。
彼女の言葉に三人は首をかしげる。
「今朝、奉行所から与力が来てセンシ様を連れて現場検証に行ってます。昨日銃声があったこととか、辻斬りがでたことも、他の人に事情聴取をして知ってます」
「被疑者への事情聴取とかはせずに?」
「事情聴取をしようとしたらお二人が眠っていたと私は聞いてます」
確かについさっきまでホームズたちは寝ていた。捜査に乗り遅れてしまったホームズはやってしまったという風に苦しそうにうめき声を出す。
もしかしたら与力は辻斬り犯が将軍だと考えているのかもしれない。このままヨシツネが犯人だと結論を出されたらとでも思ったのか、カルマは焦ったように汗を流す。
「ど、どうするんだホームズ? 完全に出遅れたぞ」
「急いで合流しよう」
不安を抱きつつカルマは頷く。
ランマによると与力がいる場所はトモエの支城横の崖付近だそうだ。そこは負傷したヨシツネの発見現場で、センシは第一発見者だから現場検証に連れていかれたらしい。
それから一度城の外に出て森の中を進む。すると血痕と足跡を見つけた。それを辿りしばらく進むと、人の声が聞こえ、カメラのフラッシュが見えた。
「ゼニガタさん、付近に不審な足跡はありません。足跡鑑定も将軍のものと、彼を発見したセンシ様のものしかありません」
「白面は昨日発砲しとるし、将軍のまとってたローブからは硝煙反応も出とる。やっぱあいつが黒なんかのー。あーめんど。もうちっと手がかりが欲しいわ」
血がついた木の前にしゃがんでいた男が立ち上がる。部下は袴姿だが、男はこの国では珍しいハロイドから購入した黒いスーツをまとい、両手に手袋をしている。
ホームズに気付いた彼は振り返る。右目に眼帯をしていて残った左目でホームズを見る。
「そっちの二人は将軍家のもんやな。でもお嬢ちゃんは何者や?」
「僕はハロイドから来たアカメのホームズだ。その捜査に僕たちも協力させてほしい」
アカメということを証明するためにホームズは金時計を見せる。
それに感心したようにゼニガタは声を出す。
「ほぅ、こんな若いのにやるやんけ。でも捜査の邪魔されたら面倒や。証明してみぃ。自分が役立つって。この現場お前はどう思う?」
ゼニガタはその場をどく。
木にはべったりと血がつき、もう完全に乾いている。地面にも続いていてかなりの出血量だ。
足跡は二つ。トモエの城側から血の跡と一緒に続くものと、別の場所から現れた足跡だ。
おそらく後者の足跡はセンシのものだろう。
「血痕はここに来る途中ついでに見てきたけど、トモエの支城のほぼ真下から続いてた。状況的に撃たれてここまで逃げてきたけど、力尽きたと推理できる」
「せや。あといろんな奴に事情聴取してカルマ様が白面を撃ったって聞いたで。ほんまか?」
「ああ……」
ゼニガタの質問にカルマは短く答える。凄惨な現場に、まだ頭の整理が追いついていないような様子だった。
ヨシツネがいたと思われる場所をじっと見ていて、昨日の傷ついた父の姿を幻視しているのだろう。
しかしヨシツネが白面であると判断するにはまだ早いとホームズは思っていた。
「カルマの撃った弾丸は貫通してた。じゃあ最初の血痕付近に彼が撃った銃弾があるはずだ。それは見つかったの?」
ホームズの鋭い指摘にゼニガタは感心したような声を出す。だがその笑顔があまりにも怖いのでホームズはびくりと震える。
「おうあったでー。こいつらや」
「ちょっと借りていい? 線条痕を確認したいんだ」
「まぁかまへんけど。あとでうちの鑑識にもその弾丸渡してや」
「わかってるよ」
ホームズは自分の弾丸の線条痕と、ゼニガタが拾った銃弾の線条痕を見比べるために眼鏡をかける。
魔術が仕掛けられた眼鏡で、顕微鏡のように拡大が可能な特別仕様だ。
崖のそばの血痕の位置とヨシツネが倒れていた場所は近い。線条痕が一致しなければ、彼はトモエの支城の真下で別の誰かに撃たれ、ここまで逃げて来たと推理できる。つまり犯人ではない可能性が高くなる。
だがホームズの銃弾の線条痕と一致すれば、カルマに撃たれてからここまで逃げて力尽きたと考えれる。つまり黒であり、ヨシツネが白面だ。
そして時間の経過と共にホームズの顔は徐々に暗くなる。
「一致した……」




