第十三話 夜が明けて
ホームズは鳥のさえずりで目を覚ます。日の光が窓から差し込み、彼女は起き上がろうとする。しかし右腕に重みを感じて顔をそちらに向ける。
「おはようございますお姉さま」
目と鼻の先にトモエがいた。いつの間にか布団にもぐりこんでいる彼女にホームズは驚き、一瞬言葉を失う。
そして慌てて体を起こした。
「き、君いつの間に僕の布団に……」
「お姉さまがぐっすり眠ってからです。安心してください。寝顔を見ていただけです」
「そうか。まぁいい。助手くん、そこにいるかい?」
「ああいるぞ。すぐ検分に行くか?」
「着替えるから待っててくれ」
昨日のうちに荷物はこの部屋に移してもらった。ホームズは浴衣を脱ぎいつもの服に着替える。
腰にレイピアと銃を下げてホームズは襖を開けた。
壁にはいつでも出発できるという風にカルマがもたれている。彼はホームズに布を差し出し、それをめくる。そこには黒い弾丸があった。
「お前の部屋に撃ち込まれた弾丸だ。部屋の検分を終えた奉行所の連中に頼み込んだらくれたよ。迷惑だったか?」
「いや手間が省けたよ。ありがとう。さすが僕の助手くんだ」
どのみち後で調べる予定だったことだ。ホームズは弾丸を受け取り小瓶にしまう。
褒められたカルマは嬉しそうな笑みを浮かべるが、すぐに腕を組んで顔をそらす。
「早く犯人を捕まえたかっただけだ。勘違いするな」
「まぁそういうことにしておこう。じゃあ行こうか。まずはトモエの部屋だ」
「あの、私も一緒に行っていいでしょうか? 一人は怖くて」
トモエがホームズのローブを掴む。
彼女は昨日白面に狙われた。未遂に終わったがまた狙われる危険がある。
震えるトモエの手をホームズは振りほどくことができなかった。ホームズは優しくトモエの手を包み込む。
「わかった。じゃあ行こうか。まぁ君には聞きたいこととかあるからね」
ホームズの言葉にトモエは嬉しそうにうなづく。
それからトモエの準備を待ってから三人で昨日の事件現場に向かう。
「トモエ、昨日のことを詳しく聞かせてくれ」
「はい。昨日の十時過ぎぐらいだったと思います。寝ようと思ったら部屋に風が吹き込んできました。振り返ったら白いお面をつけた人がいて、この窓枠に手をかけてました」
「ふむふむ。窓枠ねー」
この部屋には窓は一つしかない。窓から顔を出してホームズとカルマは下を覗き込む。
下は断崖絶壁で崖下からこの場所まで百メートル以上ある。しかし掴む場所はあり登れないことはない。
「助手くんなら下からこの窓まで何分あれば登れる?」
「そうだな。一分もかからないな」
「さすが魔人だね。でも白面は崖下から登ってきたわけじゃなさそうだ」
「……泥か?」
カルマの言葉にホームズはにやりと笑う。
窓枠や足場になりそうな瓦は綺麗なままで泥がついていなかった。
「昨日は夕立があった。もし崖下から登ったなら、靴に泥がつき窓枠や瓦に乾いた泥がついていたはずだ。でもそれがない。白面は僕を襲ったあと下に降りたように見せかけて、ここにまっすぐと向かったんだろうね」
「でも城内は警戒態勢だ。すぐに見つかるんじゃないか?」
「あんな恰好をしていたらね。でも怪しまれない服を着ていたら? 武士団が着ているような鎧、家臣たちが着ていた袴や浴衣とかね。それでここに来る途中で着替えたんだろう」
「確かにそれなら警戒網を抜けることができそうだな」
前の時間軸でも白面はカルマに変装して妹殺しの罪を彼になすりつけた。
前回のことを考えているとホームズはもう一つ忘れてはならなかったことを思い出す。
「助手くん、君の部屋に行くぞ」
「白面は俺の部屋には来てないぞ」
「確かめたいことがあるんだ。何も言わず来てくれ」
カルマとトモエは意味がわからないという風に首をかしげる。
とりあえず理由も説明せず部屋を出て行ったので二人も慌ててついていく。
二人が部屋に着いた頃にはホームズは天井を眺めていた。
「屋根裏ってどこから入れるの?」
「押入れの中からだ」
押入れの中には布団があるだけだ。ホームズはそれをどかして中に入る。天井を見上げれば確かに木の板をどかせるようになっていた。
ホームズはそれをゆっくりとどかして屋根裏を見渡す。中は風を通すために通気口があるが埃っぽく暗かった。ホームズはカバンからライターを取り出し周囲を照らす。
彼女が探しているのは前の時間軸でセンシがこの屋根裏から見つけた妖刀だ。しかしそれはどこにもない。押し入れから屋根裏に上って隅々まで探してもだ。
仕方なく降りて部屋の縁側に出て埃をはらう。
「何を探してたんだ?」
「いやここに妖刀が隠してあると思ったんだけどなかったよ」
「あるわけないだろ。俺の部屋なんだし。今出てきたら俺が犯人みたいじゃないか」
「でもここで出てきてしまったらどうなると思う? 犯人はこの国に一本しかないはずの妖刀を使って君に罪をなすりつけようとしたぐらいだ。逃げられなくなるよ」
実際前の時間軸ではそれでカルマは犯人だと決めつけられた。
今回は阻止できたがありえたかもしれない未来を想像してカルマは体を震わせる。
「で、でもこの屋根裏から出ればやっぱり俺が疑われるんじゃないのか?」
「僕がいてそんなことはさせない。助手くんが凶器を握っていないという証拠を全力で集めるからね」
「そんなこと可能なんですか?」
「アカメの技術であれば可能だよ。君たち魔人が魔術を発展させたように僕たちは科学を発展させてきた。まぁ土台を作ったのはモリアーティだけどね」
ホームズはカバンから小道具を取り出しカルマたちに見せる。
指紋採取のためのテープやピンセット。何かのスプレーなどだ。
魔術で発展したムサシの人にはそれが何かよくわからず、不思議そうに見ている。
「科学か。あまり想像つかないな」
「凶器を確保できれば、君がそれを握ったかどうかを指紋や微物鑑定で証明できるよ」
「へー、すごいな科学ってのは! じゃあもしかして血液だけで犯人を特定することとかもできるのか?」
「できるけど今の僕の手持ちの道具じゃ特定は難しいかな」
ホームズの言葉にカルマは残念そうに肩をがっくりと落とす。
「昨日ホームズの銃で犯人を撃ったから色々わかると思ったんだが」
「え? あれ当たってたの?」
「あの距離で全弾撃ち尽くしたんだ。一発ぐらいは当たってるだろ」
ホームズはトモエの側にいて見えなかったのだろう。カルマの話を聞いて彼女は驚くも、すぐに考え込むように顎に手を置く。
「その話が本当なら犯人には銃創があるはずだ」
銃創と聞いてカルマはハッと何かに気付いたような顔をする。そしてすぐに表情に焦りが出る。
「銃創なんて場所によっちゃすぐ治るぞ」
この国は魔術で発展してきた。怪我の治療なら治癒魔術ですぐ治るのだ。
しかしカルマの話を聞いたトモエが首をかしげる。
「どこに当たったかは知りませんが治癒魔術も万能なわけではありませんよ。内臓や神経みたいな重要器官に深手を負えば、魔術の治癒は困難です。それに魔抗石の銃弾なら、毒素が抜けるまで魔術が効かなくなります」
「へー、よく知ってるね。あと治癒魔術による銃創の証拠隠滅なら気にしなくていいよ。カルマが撃った弾丸は全て魔抗石でできた銃弾だからね」
ホームズはローブの下から黒い弾丸を取り出しカルマたちに見せる。
魔抗石とはその名の通り魔術に抵抗を示す鉱石のことだ。周囲にあるだけで魔力の収束を阻害し、魔術が機能しにくくなる。そのため体内に入れば魔人は魔術を使えなくなる。
外部から治癒の魔術をしようとしても毒素の影響で魔術が効かなくなるのだ。
凶悪な魔人を制圧するために作られた武器の一つだ。
その話を聞いてカルマとトモエはほっとする。
「じゃあ銃創がある奴を集めて昨日何してたか聞いてくか?」
「そうだね。でももう少し容疑者を絞り込もう。追加条件は剣の達人。男性、左利きといったところかな」
犯人は今まで二十人以上を殺している。強い武士なら隙を突かれても反撃ぐらいできるはずだ。そして昨日襲ってきた犯人の声は仮面でくぐもっていたが明らかに男だった。
これらの条件を付けくわえられカルマは少し考え込む。
「その条件で俺が思い浮かぶのは三人だ。ミツヒデとセンシ、あと親父だ」
「じゃあまずはセンシから話を聞こう。昨日の一件で気になることがある」
昨日センシはおかしな行動をとっていなかったはずだ。ホームズのいう気になることが、何かわからないトモエとカルマは首をかしげる。
ホームズは落下防止の柵にもたれて隣にそびえる支城を見る。そこはトモエの支城で彼女の部屋の中まで見える。
「昨日彼は事件発生後すぐトモエの支城に警戒網を敷いた。なぜそんな早く情報伝達できたのか気になる。他にもなぜわざわざ支城でかくまったのかもね」
「迅速な情報伝達は光信号で合図したんだろう。城内の侍は皆覚えてる」
カルマは魔術を使い光の玉を作り出す。それを不規則に点滅させてみせた。
ホームズにその意味まではわからないが彼らなりの情報伝達手段なのだろう。
「でも後者の理由は俺もわからないな。支城は敵に逃げられやすく守りに適さない場所だ」
光の玉をお手玉のように動かしながらカルマはセンシの行動の不審点を指摘する。
天守閣は将軍を守るために支城よりも侍が大勢配置されている。
万一襲撃すれば三方の支城から増援が来て、手こずったら逃げ道がなくなる。つまり敵はターゲットを天守閣にかくまわれたら容易に襲撃できないのだ。
以上のことからトモエは支城よりも、守りと攻めに優れた天守閣でかくまうべきだった。
カルマも気付いてるなら当然センシも気付いているはずだ。
その真相を確かめるためホームズたちは彼がいると思われる天守閣に向かう。
城内は昨夜の侵入もあったせいか空気が張り詰めている。人も多くホームズたちに送る視線も心なしか警戒しているようだった。
そして将軍の部屋の前につく。センシは将軍の側近で彼の側にいる可能性が高いからだ。
「親父、入ってもいいか?」
「どうぞ」
中から聞こえたのは聞いたことがない女性の声だ。
襖を開けた先にあった光景を見てホームズの表情は驚愕に染まる。
中にいたのは上半身に包帯を巻いたヨシツネだ。彼は布団で横になり意識がない。