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第十一話 何度繰り返しても

 忘れもしない四年前に何度も聞いた白面の声だ。そんな男に背後を取られたホームズは悔しそうな顔で縄を緩めようと抵抗する。

 しかしかなり強く締められ徐々に力が抜ける。

 意識を失いそうになったところで、ホームズは先ほどまで整備していた銃に気づきそれを握る。


「無駄なあがきを」


 ホームズは後ろに向け銃を放つ。しかしあてずっぽうな狙いで、しかも角度的にも無理があり白面にはかすりもしなかった。

 ここで意識を失えば自害する手段を封じられ永劫に監禁されるだろう。

 強くなったのに何も果たせず終わる。ホームズは悔し涙を流す。


「何があったホームズ! 誰だお前⁉」

「ちっ! 邪魔が入ったか。ほれ、返すぞ」


 銃声を聞きつけたカルマや侍がホームズに部屋に駆けつける。一番最初に部屋に来たカルマは刀を抜こうとする。

 しかしその前に白面はホームズを片手でカルマめがけて投げ飛ばした。いくら小柄とはいえ片手で少女を投げ飛ばす怪力にカルマの反応が遅れる。

 二人の鈍いうなり声が同時に響くころには白面は窓枠に手をかけていた。


「四年前の続きを始めよう」


 そういって白面は窓から飛び降りる。

 それに一安心してからカルマはむせるホームズの背中をさする。


「大丈夫かホームズ! 来るのが遅れてすまない」

「僕のことはいい。それよりも早く警戒網を張ってくれ。僕らはあいつの後を追うぞ」

「でもお前そのあざは……」

「やっとだ。やっと見つけた。父さんと母さんの仇!」


 ホームズの首には痛々しい縄で締め付けられた痕がある。心配したカルマはホームズに待機してほしかった。

 しかし彼女の憎悪に染まった眼を見て先の言葉を失う。

 カルマの言葉が聞こえていないホームズはレイピアと銃を手に取る。


「急いで警戒網を敷け。俺も出る」


 カルマの指示で侍たちは行動を開始する。

 ホームズも部屋を出て行こうとするがその手をカルマがつかんだ。

 彼女は邪魔をするなという目をカルマに向ける。しかしそれに臆さず、カルマはホームズの頬を強めに自身の手で挟み込んだ。


「何をしている。僕は急いでるんだ」

「お前言ったよな。犯人の命の重荷なんて背負いたくないって。お前の目はあいつを殺そうとするやつの目だ。生きて償わせるんだろ? しっかりしろよ探偵!」


 カルマの言葉でホームズの瞳に冷静さが戻る。


「その、すまない。冷静さを失っていた」

「わかればいい。じゃあ追いかけるぞ。舌噛むなよ」

「え? ちょっと!」


 謝るホームズをカルマは突然小脇に抱え、足元の草履を拾う。体が小さいのもあるが元々魔人は人より力が強いのでカルマの表情は人一人抱えても余裕そうだ。

 抵抗するホームズを無視してカルマも白面と同じように窓から飛び降りる。

 ホームズがいた部屋の外は崖で、その下には森が広がっている。数秒間のホームズの悲鳴が夜に響き、カルマは難なく地面に着地する。


 死んでも巻き戻るだけだがせめて死に方ぐらいは選ばせてほしい。ホームズは少し涙目だ。


「し、死ぬかと思った」

「あれぐらいじゃ死なないさ。それにしてもどこに行ったんだあいつ……」


 白面が降りたと思われる場所に着き、周囲を見渡してももう犯人の姿はなかった。

 夜の森で頼りになるものはない。しいて言うなら月明りぐらいだが、木々に阻まれて地上にはほとんど届いていない。明かりを作ろうと、カルマは手のひらに光の玉を作る魔術を起動する。

 それで地面を照らすと足跡があった。


「あった! この足跡を追うんだ助手くん!」


 カルマたちは光を頼りに必死に足跡を追跡する。人とは比べ物にならない速度で動き、うまくいけば追いつけるだろう。

 しかし途中で川をはさんでしまい足跡は完全に消えていた。


「くそっ! ここまでか……! 一度分かれて犯人への手がかりを探そう」


 ホームズは悔しそうに歯を食いしばる。

 その悔しさはカルマも感じた。白面はカルマに容疑をなすりつけ、大勢を殺した凶悪犯だからだ。

 二人は手分けして犯人への手がかりを探す。 

 森の中を逃げまわっているなら折れた枝などがあるはずだ。川を渡ったなら地面が濡れているはず。ローブの切れ端でもいい。些細な異常を逃さぬようホームズたちは周囲に注意を配る。

 数十分間の捜索後。森の中で何かが動いた。ホームズは銃の引き金の指をかける。


「ホームズ殿?」


 現れたのは部屋に駆け付けてくれた侍の一人だ。他にも物音がして周囲を見渡せば侍が大勢現れた。その数は数百人にものぼる。そしてカルマも現れる。彼は悔しそうに近くの木を殴りつける。


「これはどういうことだい?」

「警戒網は蜘蛛の巣のように展開して徐々に狭めていく。最後には同じ場所で人が集まるものなんだ」


 カルマの言葉が意味するもの、つまり犯人は警戒網を抜けて逃げたということだ。

 銃を下ろしたホームズは悔しそうに拳を握る。そして夜空を見上げた。


「ごめん、皆……」


 空を見上げるホームズの瞳から涙が零れ落ちる。

 小心状態でホームズたちは城に戻る。明日のことを考えていると。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突如悲鳴がホームズたちの耳に届いた。悲鳴がした場所はトモエがいる支城だ。声も彼女のものだった。ホームズは嫌な予感を感じながら急いでそこに向かう。

 階段を駆け上がり、人ごみができている場所に向かう。それをかき分け、目の前に広がった光景を見てホームズは力が抜けたように膝をついた。


「トモ、エ?」


 すぐ後ろにいたカルマがふらふらと床にうつぶせで倒れ伏す妹に近寄る。

 ただ眠っているだけだ。そう信じてカルマがトモエの肩を揺するも反応はない。

 彼女の瞳孔は開き涙の跡がある。

 桜色の浴衣は右肩と左足ふくらはぎ、右腕に血が滲み赤く染まっている。

 トモエは何者かに殺されていた。


「駄目な兄ちゃんでごめんな、トモエ……」


 カルマはトモエの亡骸の前でうずくまり涙を流す。


「どけ! 道を開けろ!」


 話を聞きつけたヨシツネも現場に来る。

 涙を流すカルマとホームズを見て彼はふらふらと亡き娘を抱き寄せる。そして開いたままの目を閉じた。ゆっくりとトモエを床に寝かせたヨシツネは立ち上がると刀を抜きカルマに向ける。


「親父?」

「自分で殺しておいてなぜ貴様が涙を流す。失望したぞ、カルマ!」


 涙で濡れた顔を上げたカルマはヨシツネに殺意を向けられ戸惑いの表情を浮かべる。

 潔白を信じてくれたはずの父からの裏切り、大切な妹の死と、妹を殺した者への怒りがカルマの心にこみ上げる。


「ふざけんな! 俺は犯人じゃ――うぐっ!」


 このままではいわれのない罪で裁かれる。カルマは抵抗しようと刀を抜こうとするが目にも止まれぬ刺突で右肩を貫かれ壁に縫い付けられた。しかし痛みより怒りの方が大きく、カルマは肩を貫く刀を手で握り締め固定し、右手で腰に下げた刀を抜き振るう。


「俺はやってねぇよ! あんたも信じてくれたじゃねぇか! ふざけんな!」


 周囲が悲鳴を上げそうになるがヨシツネはそれを指先で掴んで止めた。

 お互いににらみあう状況が続き、ホームズはふらふらと立ち上がる。そしてトモエの側に膝をつくと彼女の手を握った。


「まだ遺体は温かい。死斑も指でおしたら退色するけどわずかに出てる。ついさっきまで確かに生きてたんだ」


 死後三十分も経過していないだろう。

 目元にある涙の跡からどれほど怖い思いをしたのかが伝わってくる。


「将軍。カルマは僕と一緒に犯人を追ってくれました。なぜ彼が犯人だと決めつけるんですか?」

「門番どもが見てんだよ。城壁からトモエの支城に侵入するこいつの姿を。報告を受けて城内の警備を強化しようとしたがお前がほとんど外に連れ出していた。全部お前の策だったんだな、カルマ!」


 ヨシツネは今回の一件がもうカルマによる仕業だと決めつけているようだ。

 ホームズを襲撃して場外に追っ手を放ち城内の警備を手薄にする。

 その間に城内に戻りトモエを暗殺する。一見するとよくできた計画だ。


「ふざけんな! 俺はずっとホームズを襲った犯人を追って外にいた。そいつは偽物だ!」

「そうだ。トモエを暗殺するなら人前に姿を出すようなミスを犯さないはずだ。何よりカルマには妹を殺す動機がない」


 次期将軍の座はもうカルマに決まっている。それなのに妹を殺す動機がない。


「動機ならあります。トモエ様にも次期将軍の話があがったんです。あなたが来る前にね。だからカルマ様、いえカルマにはトモエ様を殺す必要があった」


 手に刀を持ったセンシが現れる。彼は皆に見えるよう鞘から刀を抜く。薄く赤色に光り、カルマの持つ妖刀と同じ輝きだった。

 刀身は少し欠けていてホームズが河原で拾った刀の欠片がはまりそうだった。

 つまりこの刀は大勢の命を奪った妖刀ということだ。


「カルマの寝室の屋根裏にありました。これでもまだ犯人ではないと白を切りますか?」

「なっ! そんなもの俺は知らない。誰かが仕組んだんだ」

「これだけ証拠が残っても白を切るか。信じていたのに残念だカルマ!」


 ヨシツネは力を込めて刀を振るう。カルマの傷口が広がり天井に血が飛び散る。痛みや絶望が大きく、カルマは壁にもたれながらずるずると座り込む。

 唯一自分を信じてかばってくれたホームズなら、わずかに残った希望にすがりつくように、カルマはホームズの方を見る。

 彼女は手に持つ銃の引き金に指をかけ、銃口をゆっくりと上げていた。


「まさかお前まで俺を疑うのか?」


 信じてくれた人にも疑われカルマの顔に絶望が浮かぶ。

 しかしホームズは彼に優しい笑みを浮かべ自分の側頭部に銃口を当てる。


「何やってんだ、お前……。馬鹿なことは止めろ!」

「僕は探偵であり勇者だ。何度繰り返すことになってもきみの無実を証明し、トモエも救ってみせる。もう、誰かを救えないのは嫌なんだ」


 必死な形相でカルマが手を伸ばしホームズの自害を止めようとする。

 ここから無実を証明することはできるかもしれない。しかし死んだ人は戻らず一生心の傷を抱えてカルマは生きることになるだろう。

 だがホームズならばカルマの無実を証明し、トモエを助けることができる。

 だからホームズは笑みを浮かべながら銃の引き金を引いた。

 そして意識が途切れ魔法が発動し時間が巻き戻る。


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