第九話 殺人現場で
食後しばらく堤防で時間をつぶし、太陽が傾き人通りが少なくなる。しばし待っていると事件現場に侍が現れた。
「やっぱり来た」
何もホームズたちはただ休憩していただけではない。事件が起きたのは昨夜で今朝発覚した。暗い中での犯行で犯人は何か証拠を残したかもしれない。
その不安から犯人がここに戻ってくるとホームズは予想していたのだ。もしくは犯人や犠牲者について何か知る人が来るかもしれないと予想して。
できるだけ刺激しないように背後から近寄りホームズは侍の肩を叩く。
振り返った顔を見てここでやっと女性だとホームズは気づく。二十代ぐらいの美人で兜からは青い髪が見えている。さっきまで泣いていたのか青い瞳の目元にもその跡が残っていた。彼女はホームズを見て首をかしげる。
「あの、何か?」
「僕はハロイドから派遣されたホームズ、探偵だ。今このムサシを騒がせている通り魔事件の調査をしている。どうしてここに来たのか聞いてもいいかい?」
「……私はヒカリです。ここで殺された人のうちの一人は私の父なんです。何か父を殺した奴の手がかりがあるかと思ってたんですけど」
見ず知らずの人にいきなり事件のことを聞かれたヒカリは初め警戒した様子だった。
しかし真剣な眼差しで事件のことを知ろうとするホームズに彼女は自然と語りだす。
どうやら犯人ではなく被害者の親族なようだ。犯人ではないが幼少期からの癖でホームズはヒカリの装備を観察して何かに気付いたような顔をする。
「その首に下げてるやつは?」
ヒカリは首から木彫りの筒を下げている。ホームズの疑問に彼女は筒を加えると息を吹く。すると鳥の鳴き声のような甲高い音が一瞬鳴った。
「これは侍が異常が起きたとき周りに知らせるために持たされた笛です」
「笛か。ねぇ、被害者って今日の朝見つけたんだよね? 昨日の夜に襲われたみたいだけど、笛の音は誰か聞かなかったの?」
「いいえ。誰も聞いてないみたいです。だから朝に遺体が見つかったんです。笛の音が聞こえていたら、犯人を捕らえることができたかもしれないのに……」
被害者は三度斬られれば死に至るミタマにより殺されている。一度目の奇襲は防げなくても、二度目の攻撃を受ける前に笛を鳴らすことぐらいできたはずだ。
笛の音が聞こえなかった理由として、笛を鳴らす隙すら与えられない手練れだったか、鳴らせない理由があったからなどが考えられる。
推察しているとヒカリは父が死んだと思われる前の場所で膝をつき手を合わせる。
「ねぇ探偵さん。この国のために戦う侍がなんで殺されないといけないんですかね? 皆は武士道に背くことをせず誉を大事に生きてきました。恨まれる筋合いなんてないのに」
立ち上がった女性は悔しそうに拳を握り締め、肩を震わせている。
犯人への理不尽さに怒っているのだろう。ホームズも理不尽に家族を奪われた経験があり、その気持ちは痛いほど理解できた。
「探偵にもわからないものはある。それは殺人者の気持ちだ。でも今きみが何を考えているかはわかる。復讐しようと考えてないかい?」
「復讐なんて私は……」
「わかるよ。僕も復讐の炎が心にあるからね」
「「え?」」
ヒカリだけでなくカルマも驚いたようにホームズを見る。二人が見た彼女の顔は怖くなるほど冷徹で、さっきまでの年相応の笑みが嘘のようだった。
ホームズもヒカリと同じように墓前に手を合わせる。
「復讐したいって気持ちはある。でも殺してしまえば犯人と同じだ。僕はあいつらの命の重荷を背負っていきたくなんかない。絶対に生きて罪を償わせる。だからきみは自分の人生を歩んでほしい」
「そんなこと言われても……」
「俺からも頼む。犯人は必ず捕らえるから俺たちを信じてくれ」
復讐をやめろと言われても簡単に頷けるわけがない。
しかしヒカリを説得するためにカルマはフードを外し素顔をさらす。
突如明かされた素顔を見てヒカリは驚く。しかしその目は将軍の息子を見る目ではなく、敵を見ているようだった。
一瞬驚くもすぐに臨戦態勢をとるようにヒカリは刀を抜こうとする。彼女もカルマが犯人だと思っているのだろう。しかしその手をホームズがつかんで抜刀を止める。
「自分がこの国で容疑者になっていることはカルマも承知している。そんな彼が君の前に素顔をさらすのに、どれだけの覚悟がいるかわかるかい?」
自分の親族を殺したかもしれない者が、目の前に現れれば憎しみがあふれるのは当然だ。
そのリスクをわかっていても、カルマはヒカリに復讐を止めさせるために素顔をさらした。
ホームズの説得を受けてヒカリはカルマの状態を確認する。
ヒカリに殺意を向けられているにも関わらず、カルマは刀を抜こうともせず無防備だ。
殺意を向けられてもカルマの顔はヒカリを案じているように見える。
自分の命をかけてヒカリの復讐を止めようとする彼の姿に、彼女は臨戦態勢を解く。
ホームズがほっとして手を離す。
するとヒカリは腰に下げた刀を腰から抜いて地面に置いた。そして斬首される侍のように頭を下げる。
「将軍家に仕える身でありながらカルマ様に刀を抜こうとしたご無礼お詫びのしようもございません。かくなるうえは侍の誇りを手放すことしか――」
「そんな簡単に侍の誇りである刀を手放すな!」
自身が仕える将軍家の人を疑い刀を抜こうとしたのだ。誉れに背く行為であるため、自身に罰を与えるのはこの国では当然の行為だった。
しかしカルマが声を荒げヒカリの言葉を遮る。
周囲から注目されるがカルマはそんなこと気にしない。ヒカリが地面に置いた刀を手に取り、彼女の前に抜いた刃を突き立てる。刀には名前が刻まれていた。
「この国の刀には刀工の名が刻まれる。お前がした行為は刀を打った者に対する侮辱だ。侍ならば責任は武功で取り戻せ」
「はい!」
力強い返事にカルマは満足そうにうなずきほほ笑む。
しかし袖を引っ張られ後ろを向けば少し怒ったように頬を膨らませたホームズがいた。
なぜ機嫌が悪いのか思っていると彼女は堤防の方を指さす。
さっきのカルマの大声で人が集まっていたのだ。はたから見れば女性に怒鳴り、膝をつかせる大名の図だ。ただでさえ疑われているのにこれでは余計に悪い噂が立つ。
嫌な汗をかくカルマの手をホームズは突然引っ張る。ついでにフードを頭にかぶせるのを忘れない。
「逃げるよ助手くん」
「お、おい!」
ホームズも帽子を目深にかぶり、二人はこの場を去った。
しばらくすると空が曇ってきて雨が降りそうだった。城へはもうすぐそこで二人は早歩きになっている。
「ねぇ助手くん。慣れ親しんだ人から突然命を狙われたら君はどうする?」
「え? そーだなー……。理由を聞きたいし止めたいと思う」
「返り討ちにしようとは思わないのかい?」
「それで傷つけたり殺してしまったら、俺は自分を保てなくなる気がする。ていうか何が聞きたいんだよ」
「今まで犯人が捕まらなかったのは、今日のように遺体の発見が遅れていたからじゃないのかい?」
「よくわかったな。事件の情報が入ってくるのは決まって朝だ」
事件発生後すぐ警戒網を展開していたら犯人は逃げ場を失い捕まっていただろう。捕まらなくても目撃証言により、もっと情報が集まっていたはずだ。
三か月間も情報をほとんど残さず逃げ続けているのは、被害者の発見が遅れているからだ。
「事件発覚は決まって朝。つまり被害者は笛を鳴らして周囲に異常を知らせなかった可能性がある」
「なぜ笛を鳴らさなかったのか……」
昼間なら人通りも多いため笛の音が聞こえない可能性がある。しかし静かな夜に笛の音を響かせれば大勢の侍が現場に集まるはずだ。
ホームズの先ほどの言葉を思い出しカルマは嫌な汗を頬に流す。
「犯人が見知った人だから笛を鳴らさなかった?」
「あくまで推測だけどね。見知った人だから被害者は油断して笛を鳴らさなかった。そして安心しきったところで殺された。もしくは完全に不意をつかれて殺されたかだね」
前者であればかなり顔が広い人物が犯人ということになる。後者であれば妖刀を持っているとはいえ鎧武者を二十人以上も殺せる手練れということになる。
どっちみち厄介ということに変わりない。




