プロローグ 時の魔法書
一年くらい前になろうで書いてました。その作品のリメイクもいつか書ききりたいなぁ
侍の国ムサシと騎士の国ハロイド王国は種族が違っても長年平和を保っていた。
あるときハロイドの騎士がムサシの村人を虐殺する事件が起きた。
犯人は六か月間捕まらず信用を裏切れたムサシは報復のため宣戦布告をする。
戦火は瞬く間に広がり大勢の血が流れ、同時に裏社会が拡大した。人身売買や違法武器、危険薬物の密売など数え上げればきりがない。
裏社会を束ねたのは悪王の異名を持つモリアーティだ。
表の世界ではハロイドで魔力を用いた道具を作りだした天才と呼ばれ、現代科学の礎を作った人でもある。
国の秩序が崩壊したところで、彼はハロイド王国の乗っ取りをしようとするが阻まれる。追い込まれた彼は捕まって裁かれるより自害を選んだ。
野望を阻止したのは国王直属の秘密部隊 《アカメ》 だ。
ほとんどが謎に包まれた部隊でこの名も国民が勝手につけたものだ。存在自体が怪しい部隊だが国王自らその存在をほのめかしたのだ。
――国で再び悪事を働く者がいれば赤目に見抜かれよう。
アカメによりモリアーティの悪事は全て暴かれ、一斉検挙で裏社会組織は壊滅した。虐殺事件も組織の犯行だと調査でわかった。
ハロイドの国王はこれ以上の戦争は無意味だとムサシの将軍に進言し和平を申し出る。戦争は組織が稼いだ資金に加えた多額の賠償金、領土の一部と国の宝剣を引き渡すことで終結した。
それから千年。再び平和が続いた。
両国は宝剣祭と呼ばれる平和の祭典を年に一度行っている。
両国の中間都市クロイアで行われ、遠方からも人が集まり城下では毎年お祭りも騒ぎだ。
普段は食べられない異国の食事を楽しみ、悪王とアカメをモデルにした演劇などを見ることができる。
「父さん! 今度はワイバーン肉を食べたいぞ!」
「それはさすがに財布が……。それより儀式が始まるけどいいのか? いい場所をとらないと見れないぞ。今日はお前がこれを見たいっていうから来たのに」
「僕の予想ではまだ時間の猶予がある。さぁ、行こう父さん」
田舎では見ることができない景色に興奮した少女が父親の手を引き歩いている。
空いた手には香ばしい匂いを漂わせる肉が刺さった串を持っていた。
黒く長い髪は赤いリボンでポニーテールにされ、髪色と同じ黒い瞳は未知のものを見てキラキラと輝いている。
少女の名はホームズ・アグニス。
今日で十歳になるので、その記念に両親にわがままを言ってこの祭典に連れてきてもらったのだ。
小さな体のどこに入るのかわからないほど食べ続け、父ワトソンは財布の心配をする。しかし娘の笑顔を見て彼はため息をつきながらも、嬉しそうにホームズに手を引かれる。
結局財布は帰りの馬車代を残し空になった。
そしてホームズたちは城がよく見える高台からクロイア城を見る。
夕焼けに照らされた城のバルコニーには両国の王がいた。
両国の代表たちは鞘に入れた剣と刀の柄をそれぞれ向け合い交換をする。
そして次に振舞われるのは酒だ。両国の長が選んだ酒をクロイアの領主が二人に渡す。
ハロイド王国国王がムサシの代表のために選んだ酒は赤ワインだ。それを受けとったのは黒い袴をまとった赤髪の男だ。
「先祖が作り上げた平穏を未来永劫守ることをムサシの守護将軍ヨシツネが誓う!」
男の名はヨシツネ・タケダ。侍の国ムサシを治める魔人の将軍だ。
そしてヨシツネが選んだ透明な酒を受け取ったのは王冠をした銀髪の男だ。
「ハロイド王国国王ロンドも平穏を守護することを誓おう」
ロンドはグラスを太陽に向けて掲げる。そして二人は同時に酒を飲みほした。
これで儀式は終了して大歓声が起きる。
簡単で短い儀式かもしれないが、それを何百回と繰り返し両国の平穏は保たれていた。
起源は両国の停戦後までさかのぼる。停戦から二年経過し、ムサシの守護将軍がハロイドの宝剣の返還を申し出たのだ。
この世界は魔力が存在し、民はその恩恵にあずかり生活している。
ハロイドが渡した宝剣ライヘンは無尽蔵に魔力を生み出す剣だ。国民の生活に必要な宝剣がなくなれば人の生活の質は当然下がる。
だから元敵国でも無辜の民を救うために宝剣を返還したのだ。
さらにムサシの将軍は一年限定で同じ効果を持つ宝刀ムゲンを預けた。
期日通りにハロイドは宝刀を返還し、それから一年ごとに宝刀と宝剣を交換したのが宝剣祭の始まりだ。
代表たちは平和を願い固い握手をする。
城下は拍手喝采で包まれ、祝福を知らせる楽器の音が鳴り響く。
長い歴史がある神聖な儀式をホームズは目に焼き付ける。
「父さん。今日はありがとう。次は母さんとも一緒に見たいね」
「そうだな。さて次は家で誕生日会だ! 母さんが待ってるし急ぐぞ」
「うん!」
今日城下に来たのはホームズとワトソンだけだ。
母のセイラは外せない用事があり家で誕生日会の準備をしている。
馬車を走らせて三時間。ハロイド王国の片隅にある小さな村につく。
ホームズの家は村から少し離れた森の中にポツンと立っている。代々木こりと狩猟をして生計をたてホームズはその跡取りだ。
木造の家が見えてきてホームズは駆け出す。家の前には二人の帰りを待っていた母のセイラがいて手を振っている。
長い黒髪をリボンで束ねた美女で側に来たホームズを抱き上げる。
「おかえりー。楽しかった?」
「もちろんだよ! 美味しいものもいっぱい食べれたし儀式もなんかすごかった! 次は母さんも一緒に行こうね」
「ええ、そうね。じゃあ今度はあなたの十歳の誕生日パーティーをしましょうか。あなたが欲しいっていってたやつも用意してあるわよ」
昼間大量に食べてきたはずなのにホームズの腹が可愛らしく音をたてる。
それを側で聞いたセイラはホームズを抱いたまま家に入る。
三人で囲むには大きな食卓の上には、山の幸をふんだんに使った料理が並べられている。
ホームズはついさっき城下で色々食べてきたはずなのにごくりとつばを飲む。いち早く席についた彼女を見て、セイラとワトソンは顔を見合わせてほほ笑むと席につく。
そしてクラッカーが鳴り響き、ホームズの誕生日会が始まった。
宝剣祭も楽しかったが、家族で過ごす時間の方が楽しく食卓は一時間以上会話が絶えなかった。
そして食卓の皿がすべて空になる。
セイラはホームズの死角に隠してあった木箱から美しい銀色のレイピアを取り出す。
「ずっと自分の剣が欲しいって言ってたわね。さぁ、受け取って」
ホームズはセイラからレイピアを受け取る。手にずしりと伝わる重み、鞘に反射するホームズの顔は、誕生日プレゼントもらったにもかかわらず表情が硬い。
そんな彼女の肩にワトソンが手を置く。膝をつきまっすぐと彼女の目を見る。
「いいかホームズ。剣っていうのは命を傷つけるものだ。その重さは命の重みだ」
「これが……。重いね」
「ああ、そういうもんだ。その重さを忘れるなよ。父さんとの約束だ」
ワトソンは小指を差し出す。
ホームズも小指をだし、父の小指にからませる。
それに満足そうに微笑んだワトソンはホームズを抱きかかえる。そのまま移動し本棚の前に立つ。
そして何かを探すように指で本の背をなぞる。
「お、あった。これだ。ホームズ、これもプレゼントだ」
本棚から取り出したのはタイトルにセイラとだけ記された手帳だ。
なぜ母の名前があるのかと思いながらページをめくる。すると表紙裏に一文だけ短い文が書いてあってホームズはそれを指でなぞる。
「契約者に時の祝福を?」
意味がわからないというようにホームズは首をかしげる。
「お母さんの家に代々伝わる宝物よ。今から契約をするから手を出してくれる? ちょっとちくっとするけど我慢してね」
一体何をするのかと恐る恐るホームズは手を差し出す。
セイラはごめんねと謝るとホームズの右手の人差し指に縫い針を刺す。
痛みに少し顔をしかめたホームズの指先から少量の血が出る。
セイラは優しくホームズの手を握る。そして血が出る指先を手帳に押し付けた。
血が表紙にしみこんだかと思うと手帳のタイトルが歪みはじめる。
幻覚かと思ったホームズは目をこするが現実だった。
そして手帳のタイトルはセイラからホームズの名に変わった。
気付けば傷はふさがり、痛みのことなど忘れたホームズはそれを興味深そうに見る。
「なにこれすごーい! どうなってるの?」
理解できない未知のものを恐れるではなく、ホームズは興奮しながら母に説明を求める。
「これは魔法の手帳なの」
「魔術じゃなくて魔法?」
ホームズの言う通り魔術というものは存在する。
人は体内に魔力器官という生命エネルギーを蓄える器官がある。それを外部に命令式を描き放出するのが魔術だ。
しかしセイラははっきりと魔法と言った。そんなものを聞いたことがないホームズは首をかしげる。
「魔術は自然の法則にしたがったことしかできないわ。氷の魔術は炎の魔術で水に変わり、風の魔術は炎を吹き飛ばす。ホームズもそれぐらいは知ってるはずよ」
「それぐらい当然だよ。もしかして馬鹿にしてるの?」
自然の法則など森に近しい場所で生きていれば自然と身につく。木から果実が落ちる。水が上から下へ流れるなど。
今更な説明をセイラにされたホームズは馬鹿にされたと感じたのか頬を膨らませる。
可愛らしい娘の頬をつついてセイラは笑う。
「はは。ごめんごめん。それで魔法についてだけど、魔法は自然を超えた別の法則なの。その魔法書は時の法則を塗り替える」
「時の法則を塗り替えるってどういう意味?」
「この手帳を日記のように使いなさい。そうすればそのうち意味が分かるかもしれなわ。まぁ母さんたちとしては魔法が発動しないのが一番なんだけど……。」
結局答えはわからずホームズの心の中にもやもやが残った。もっと色々聞きたいところだが先に眠気が来たのかホームズは大きなあくびをする。
今日一日動きっぱなしで疲れたのだろう。
「じゃあ今日はそれを書いてもう寝なさい。寝坊しないようにね」
「うん。わかった……」
目をこするホームズを連れてワトソンは彼女を寝室に連れていく。
ベッドに娘を下ろした彼はおやすみと言って静かに部屋を出て行き扉をしめる。
今すぐベッドに横になりたいという気持ちをおさえながらホームズはふらふらと立つ。そして机の前に椅子に座りペンを持つ。
母に言われた通りホームズは今日の出来事を書いた。
宝剣祭で美味しいものをいっぱい食べたこと、歴史深い儀式をこの目で見たこと。家で誕生日会をしてレイピアと魔法書をもらったこと。
それらを書き終えホームズはベッドに倒れるように横になり眠りにつく。
今度こそ完結させることを目標に