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名君の失脚、そして――


「アルベール、これを見ろ!」


 私の執務室にやってくるなり、従弟のベッケンは大量の紙束を机にどんと置いた。

 ベッケンは私を見てにんまりと笑っている。


 どうせ大した物ではないのだろう。

 着替えの手を止めるほどの価値があるとは思えず、メイドが手にしていた上着に袖を通す。


「悪いのですが、あとにしていただけますか」


 今日は領内の視察、それから獣害被害を受けている農家の話を聞いて――。

 いつものように私が一日の予定を反芻していると、ベッケンにぐいっと肩をつかまれた。


「そんなスカした態度が取れるのも今日までだぞ!」

「何を言っているのですか」


 朝からズカズカとノックもせずに領主の部屋へやってきて、同じドラスト家の教育を受けたとは到底思えないな、この従弟は。

 ベッケンは、粘着質な笑みを浮かべながら、机に置いた紙束を叩いた。


「これはなんだと思う?」


 表紙には『嘆願書』とあった。


「……さあ? 貴方の不躾を咎めるものでしょうか」


 私の皮肉が通じなかったのか、ベッケンは、クックックと堪えきれない様子で笑い声を漏らした。


「咎められているのはおまえのほうだ。アルベール」

「私が? 誰に?」


 壮大なタネ明かしをするかのようにベッケンは優雅に室内を歩きはじめた。


「「調べさせてもらったよ。おまえが働いた不正の数々をな?」

「不正? ですか」


 私が首をかしげるのとメイドが首をかしげるのは同時だった。


「領民から徴収した税で私腹を肥しているみたいだな。地下室はその金で溢れている」


 はぁ、と私はため息をついた。

 なんと短絡的な……。


「地下室にお金があることは事実で、確かに領民からの税がその財源です」

「クックック。観念したようだな! 税金をさらに上げたのも、おまえ一人が贅沢をするためのものだな!?」


「豊作だったので、今年に限り、少し多めに納めていただきました。地下室のお金も、不作や飢饉に備えるための備蓄です」

「――という建前なのだろう?」


 ベッケンは、私の陰謀を暴いたかのようにしたり顔をした。


「名探偵様様ですね」


 私はその名推理を一笑に付した。

 不作時は他領から食料を買いつけ、領民に均等に配布したことが実際何度もある。

 まさかそれを知らないのだろうか。

 いや、知った上での行動か。

 ベッケンには好かれていないと思ったが、そうまでして私の足を引っ張り、領主の座から引きずり下ろしたかったとは。


「民は、もう我慢ならないそうだ。おまえのような余所者領主に、好き放題税金を取られるのがな」

「……」


 余所者領主……。

 確かに私は、ベッケンと違いドラスト家の血は流れていない。


「この嘆願書は、おまえにここを去ってほしいと願う者たちの署名だ!」


 元々孤児だった私を引き取ったのが、先代領主キーレン・ドラストだった。屋敷での下働きを認めてくれた先代は、私を養子として迎え入れてくれた。


 そして、亡くなる間際、私にこの領地を任せてくれたのだ。もう一五年も前のことだ。


 私は養父の恩に報いるため、この地を守ろうと務めてきた。

 若いころは迷惑をかけることもあったし上手くいかないこともあったが、それでも大恩ある養父から預かったこの領地を充実させてきたつもりだ。


「叔父上以外、誰もおまえのことなど認めてないんだよ!」

「誰かに認められたくてやっていたわけではありません」


「そうやって丁寧な態度を取ってれば角が立たないとでも思ったか!?」

「そんなつもりは」


「叔父上に上手く取り入ったみたいだが、もうここでおしまいだ。ドラスト家とドラスト領から出ていけ。おまえなんて誰も必要としてなかったんだよ!」


 ベッケンが部屋の外を指さして、顎をしゃくった。

 完全なる勝利を確信しているようだが、嘆願書とやらに違和感がある。


「領民の半分以上は、自分の名前を書くので精一杯で文章が読める方は一握りです。嘆願書の内容は理解した上でのサインなんでしょうね?」

「…………」


 一瞬押し黙ったベッケンは、「当たり前だろ」とこちらは見ずに口にした。


「ほら。外を見ろ」


 ベッケンが、コンコンとガラスを指先でつつくと、綺麗に磨かれた窓に指紋がべったりと残った。

 窓の外には、屋敷の門の前に集まっている領民たちがいる。

 顔を知っているどころか、私は彼ら全員の名前も年齢も家族構成も仕事も把握していた。


「悪徳領主であるおまえを糾弾するために集まった民だ」

「そんな……」


 ……今年に限り税金を多くとって地下に蓄えたことは事実である。

 有事の予備資金としてだが、ベッケンが言うように領民からすればいつ使われるかわからない不透明なお金であり、私が私腹を肥やしたという見方はできなくもない。


 だが、私の暮らしぶりを見れば贅沢などしていないことなど明白。

 税金は無理やり徴収したわけではなく、説明して理解を得た上でのことだったが……そう思っていたのは、私だけだったのか……。


 数年前の不作で、これまで蓄えていたものはすべて吐き出していた。領民の気持ちを無視し、今年が豊作だからと焦りすぎてしまったのだろうか。


 私は、言葉が出ないほど落胆しうつむいた。


「荷物をまとめて早々に出ていけ。この領地に余所者のおまえの居場所はもうない」

「教えてください。私のあとは、誰がこの地を統括するんです?」

「俺だ」

「……そうですか」


 虚栄心と承認欲求が強いこの従弟が、か。

 もしかすると、そう思っているのは私だけで、案外領民に愛される領主になるのかもしれない。

 肩を落とし、財布とほんの少しの服を鞄に詰めていると、そばに泣きそうな顔のメイドがやってきた。


「アルベール様。そんなことはありません。領民のみなは、アルベール様を慕っております」

「だが、実際は……。私のことは庇わなくても大丈夫です。奴に目をつけられれば、屋敷にいられなくなる。君の仕事がなくなってしまう」


「構いません。わたくしは――」


 まだ何か言いたそうなメイドを遮るように私は首を振った。


「……ああ、そうだった、そうだった。叔父上には実の子がいなかったなぁ」


 思い出したかのように、ベッケンは改まったように言った。


「だから?」

「ずいぶんおまえは『具合』が良かったらしい」


 私は思わず目に力が入り、ベッケンを強く睨んだ。


「上手く取り入ったものだ。ハハハ。いや、入れてもらったの間違いか?」


 我知らず、拳を固く握っていた。何が言いたのかわかり、怒りで震えが走る。


「ここまで取り立ててもらえるとは、おまえはなかなか魅力的なケツを持ってるらしい」


 じわりと視界の端が赤く染まっていく。


「だから叔父上は、おまえのような孤児を拾って飼っていたんだろう」


 ヘラヘラと笑うベッケンの顔面しか目に入らず、彼の前に大股でやってくると、思いきり殴り飛ばした。


「はぎゃ!?」


 尻もちをついたベッケンは、頬を押さえながら私を見上げた。


「な、何をする!?」

「私のことはどうでもいいッ! ですが、キーレン様の名誉を汚すことは誰であっても絶対に許さない!」


「だ、だ、誰かぁ――ッ! おらぬか!? このベッケン・ドラストに孤児野郎が狼藉を!」


 もう一発殴ろうとしたところで、部屋にやってきた警備の者数名に私は羽交い締めにされ、ベッケンから引き離された。


 牢にしばらく放り込まれるのかと思ったが、私は荷物と一緒に領外へ連れていかれ、尽くした一族と領地を追われることになった。




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