探偵・家谷朔禄とコーヒーブレイク
「僕は不満だよワトソン君。」
帝都大学の片隅にある一番広い教室に置かれた革のソファにな寝転がって家谷朔禄は無愛想にそう漏らした。
「私ワトソンじゃないんですけど。そもそも女だし。」
「締まらんなぁ。この名探偵の名誉たる助手役の君をワトソン君と形容して何が悪い。」
不満の矛先がこちらを向く前に面倒臭いけれど聞いておこうか。
「それで?何がそんなに不満なんです?」
淹れていたアイスコーヒーをテーブルに運ぶと私は我がサークルの探偵に尋ねた。
「良い質問だワトソン君。私は悩んでいる。この優秀な私の才能が全く探偵業に活かされていないということに!!」
家谷は大袈裟に天を仰いだ。
「来る依頼といえば恋人の浮気調査だの、飼い猫の捜索だの、試験突破のために勉強を教えろだの!!この頭脳を完璧に活かせる依頼が全く来ない!!これは世の損失だ!!」
「とは言いつつ、毎回フルスロットルで取り組んでますよね。」
そうなのだ。この男、毎度毎度ビックリするほど全力で依頼に取り組む。浮気調査のために休みを返上し、別科の勉強を教えるために自分の試験勉強を放棄する。口と行動が一致しない。それがこの謎の学年主席、家谷朔禄なのだ。
「少ないとはいえ金をもらっているからね。それに、どんなにこの天才的な頭脳を活かせなかろうが依頼者にとってはわざわざ探偵に依頼するほど深刻な悩みなのだ。それを適当に済まそうとするのはいただけんな。」
この変人のことがちょっとだけわかったような気がしていると彼は「とはいえだ…。」と震え出した。コーヒーカップがカタカタと音を立てる。
「流石に味気なさすぎる!!僕が探偵をしているのは普通からは程遠い奇妙奇天烈な難事件にこの脳みそをフルスロットルするためなんだぞ!!」
撤回。やっぱりわからない。そもそもこの平和なが大学で難事件なんて。その時、勢いよく扉が開いて男が飛び込んできた。
「家谷先輩ですよね!助けてください!難事件に巻き込まれたんです!!」
私があっけに取られていると目の前に座っていた家谷が徐に立ち上がった。子供が、長年求めていたお宝を見つけた時みたいに瞳を輝かせて。
後にこの事件は私たちにとって、この大学にとっても大事件に発展する。だが、そんなことを知らない由もない彼は声高々に宣言した。
「どんな難事件であろうと、この名探偵が君を守ってやる!!」
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。波触雪帆です。第三作と相成りました「探偵・家谷朔禄とコーヒーブレイク」いかがでしたでしょうか。これから始まる大事件のプロローグという位置付けで制作した本作ですが、本編を作る予定はないんですよね…笑。本編のない前編とは一体どうなるのか、という実験でも有ります。他にもそういう作品はありそうですけどね。
本作は活動開始時から続けております「2つのキーワードから千文字以内のストーリーを90分で」というテーマで一発勝負という芸術大学の入学試験の練習を兼ねています。今後も成長して行きたいのでぜひ皆様の忌憚なきお言葉を頂戴仕りますと幸いでございます。