花咲めぐみ、死んでからの大冒険
序。
死んでやる。
いきなり、花咲めぐみは、道玄坂のハチ公前でそう思った。死んでやると決めたからには早くしなければならない。
おのれ、倉田和彦、お前の心に大きな傷を付けてやる。その私の死に様に、お前がどれほど、私に不義理であったか、世間様に教えてやらなきゃならない。
倉田、倉田と不倫の相手の名前を大きく叫んで洋服を下着一枚になった、もう、死んでやるのだから、恥ずかしくもない。
そのまま電気のように走って、赤信号のスクランブル交差点に走り込んだ。一台目の車はよけたが、死角になった赤いトラックに大きく跳ねられ、ゴムまりみたいに宙高く飛んで、さらに対向車線のダンプカーに勢いよく身体は踏み潰れ首は千切れて、ゴロゴロと歩道まで転がった。
死んでやった。みんな回りは叫んでいるが、死んでやったからには、何も関係がない。あまりにも勢いよく死んでやったので、首から上にまだ意識がある。
花咲めぐみの目の前には植樹帯があり、一輪の花が咲いていた。
あら、珍しい。何てお花なのかしら、キレイ、白い。
意識は消えた。
1
花咲めぐみが気が付くと無機質な窓のない部屋にパイプ椅子で座らされていた。何か裁判所のような場所だった。
走馬灯も見なかった。あれだけ、はっきり死んでやったので、ここは死後の世界だなぐらいは思った。すかっとしたのでめぐみは落ち着いてきた。
視線の正面には法壇のような場所があり、白髪まじりの渋い中年男性が頭を抱えて座っていた。ふーっタメ息をついて口を開いた。
「今のは何です、今のは。なんて無茶苦茶」
何か文句を言っているようだった。
「女の子が、裸になってはしたない」
急にそう言われた。それを言われるとめぐみは途端に恥ずかしくなってきた。まさか死んでから詰問されるとは思っていなかった。口をモゴモゴさせた。
「だって、ついかっとして」
中年男性は呆れた顔で言った。
「かっとしたら裸になるんですか?あなたは」
「なりませんけど」
「でしょ。ならないですよ、普通」
「死んでやりたかったもので」
「な」
「つい。すいません」
めぐみはパイプ椅子に座っていたがもう逃げだしたいぐらいに恥ずかしい。あちら側の配慮なのか、下着姿は変わらないがめぐみの身体にはバスタオルがかけてあった。それでもなんという、辱しめ、めぐみは泣きべそをかいて言った。
「死んだんでしょ、わたし」
「死にましたよ」
「早く、どこかに行かせて下さい」
「そりゃあ、こっちだってそうしたい」
「もう、いい、地獄でも」
めぐみは顔を伏せておいおいと鼻水を垂らして泣いていた。しかし、何か言ってくれると思ったが何も言ってこない。やがて涙も枯れて、手のひらの合間からちらっと男性を見ると新聞を読みながら足を机に投げ出し、コーヒーを飲んでいた。めぐみに視線を送ると、憮然とした感じで言った。
「終わりました?」
何よ、態度悪っ。
涙が引っこんで、少し腹も立ってきた。一体どこなのよ?ここは、そしてあんたは誰なのよ。きっと男性を睨みつけた。中年男性はおー、怖いという顔をしてその疑問に対して答えた。
「ここは、八雲平塚ですよ」
「え?」
「黄泉比良坂の一駅手前です」
「駅なのここ?」
「の、待合室といったところでしょうか」
「待ってんの私?」
「黄泉の国から入園を拒否されました。仕方なしですよ」
えーっ、拒否って。めぐみは、本当に驚いて、後ろへ椅子をがたんとさせた。中年男性はふんと鼻をならして続けて言った。
「それにしても、あなた。神に対して、不遜な態度ですね」
「神様なの?」
「ではないが、こんなところに現れ出るからには、神に等しい存在でしょうが」
「むむ。どなた」
「八雲平塚の防人です。サキモリさんとでも呼んで下さい」
「サキモリさん?いや、神様助けて」
「もう、遅い」
サキモリは急に手を前へかざした。バリバリっと音を立て青い稲妻が飛んで、めぐみの身体を駆け抜けた。めぐみは感電したかのようにうへえ、と声を上げぶるぶると震えたが、すぐに収まった。
あれ?派手な光だったけど、あんまり痛くはない。
サキモリは、後ろのドアに向いて一礼をした。何かに詫びているようだった。そして、ふーっとまたタメ息をついて、また同じ場所に座って言った。
「神様とは言い過ぎでした。神に対して、不遜でした。私、低級な方なんです。ま、力もこの程度」
「痛くはありました」
「まあ、雰囲気ですよ。怒ると何かしら手から出ます。これが出た時は、うん、怒っているなと思って下さい」
「雰囲気」
「とにかく、ここから先を通すわけには参りません」
サキモリはがしっと、両腕を組んで肘をつきめぐみを正面から見据えた。
めぐみは男の固い意志を感じた。
確かにサキモリの後ろにしかドアはない。他は灰色の壁。出口はそこにしかなさそうだった。
めぐみはまた、涙目になった。
死んで、後悔した。ああ、死ぬんじゃなかった。こんなことになるなんて。しかも下着一枚で、ああ何て恥ずかしい。
ぐずぐずとまた泣きべそをかいた。
サキモリはふ、と笑った。
「まあ、あなたの人生ですから、どうなされようと、それはご自由。決めてない、そこはフリー。でも死に方が良くない」
「すみません」
「ご先祖様が泣いておられます」
「あ」
それで、とめぐみははたと気付いた。そう言えば、死んでやると思いたった時、ほとんど意識のない中で、ご先祖様に悪いよなとはチラッと思った。あの、ご先祖様。人生で何百回と聞いた「ご先祖様が泣きますよ」の言葉。自分には関係ないと思っていたが、本当にあった。死んだお婆ちゃんお爺ちゃん、そして、親戚のおいちゃん、叔母さん。ああ、何てことだ。そりゃあ、この有り様じゃあ、泣くよ。
青くなっためぐみであったが、さらに追い討ちをかけるようにサキモリはぴしゃりと言った。
「ご想像が足りません」
「へ?」
「あなた、今、四五人を思い浮かべたでしょ」
「はい」
「そんなもんじゃ利きません」
「はあ」
「人類の歴史は五百万年あるんです。さらに生命の発端に遡れば、もっとだ。悪く言えば、小さなミジンコさんまで泣いている」
「そんなあ、大袈裟な」
「大袈裟ですか?私」
「いえ」
「でしょ、帯びただしい数の命が、あなたにつながっている。数も知らないでご先祖様を語ったら、ダメっ」
「ぐぬぬ。すみません、ご先祖様」
めぐみは、後悔した。手を合掌させて後悔した。心からの反省。しかし、今更どうなるわけでもない。サキモリの言葉を聞くしかなかった。出口は彼の後ろの木製のドアのみ。
「近頃は多いんです、あなたみたいに軽く死んじゃう人が」
「軽いですか」
「軽い軽い。遺書すら書かず、靴も揃えず、ただいまして、居間に上がって茶菓子を食うような気安さだ」
「すみません」
「昔はね、私の仕事だって感謝されていたんです。皆さんご謙虚でしたから。やあや、ご苦労なさいましたね、ささ、こちらへどうぞ、浮き世のアカを落として下さいな。いえいえ、そんな恐縮されないで、つっ立ってないで、ズルリと中へ、と、まあこうだったんだ」
「だから、ごめんって」
「今じゃ、これだもの。全く、やる気をなくすよ」
サキモリはそっぽを向いてまたコーヒーを飲んだ。
相当、ストレスが貯まっているのか爪などを噛んでいた。永遠の中年管理職のような趣すらあった。めぐみには丸い背中にそんな哀愁まで感じられた。
それにしても、いつまで続くのか。この説教。地獄。全部的を射て、耳が腫れそうに痛い。まるで、ここが地獄。めぐみはそう思ってただ、ただ歯を食い縛った。
サキモリは、チラッとめぐみを見て少し哀れんだように言った。
「まあ、このくらいにしときますか」
「お願いします」
「人の一生なんて、私には関係ない。別に、どうぞ、ご勝手にと、言いたいところなんだが、物言いが入った」
「物言い?」
「そのご先祖様から、ご伝言をいただきました。やり直してほしい、と」
「はあ」
「みなさん、功徳をつんで来られた年月をあなたに差し出されました。哀れだ。先祖として胸が痛む。生前悪いことをした人なんか、千年、功徳を摘んでも一年も貯まらない。そんな、なけなしの年月を差し出され方もいる。今度はああならないようして下さい」
「え、生き返れるってこと」
「まあ、そうなりますね」
サキモリは、棚から書類をゴソゴソと出し、立会人の欄に署名と捺印をした。そして、めぐみに渡した。やったあ、とついさっき死ぬことを決めたのに、何だかウキウキとした。ラッキー。望外のチャンス。ああ、やり直し。なんて、素敵な言葉。人生やり直ししたいことだらけ、死んで良かった。さらさらと、署名しすぐさま拇印を押した。
にこっと笑ってサキモリに書類を渡した。サキモリは皮肉めいた顔をして言った。
「ちゃんと読みました?ここでしか読めませんよ。これ」
「へ」
「色々、下で失敗してたじゃないですか、好きな彼氏に騙されて、三百万は借金してたでしょ」
「見てたの、ストーカー」
「ふ、神の神業をストーカー呼ばわりとはね」
「生き返れるんでしょ、早く早く」
「短気だな。江戸っこですか。まあ、後で文句言われる前に言っておきましょう。これはただの生き返りではない」
「え?」
「花咲めぐみ、享年三十才。これは変わらないって、話です」
「な」
「今回の続きは出来ません、過去に戻って、やり直し」
めぐみは興奮して立ち上がった。
「詐欺っ」
「よく読まないからですよ。書いてあるじゃない、ここに」
めぐみはカチンときた。くそう。また騙された。男に、男に騙された。掴み掛かろうとした時、またサキモリの手が出た。ぽっと白い煙が出たが、それ以上何も起きなかった。何よ、とめぐみが虚をつかれているとザブンと冷たい水が上から落ちてきた。寒い、びしょ濡れ、何これ、と思っているところに、金ダライもゴチンと頭に落ちてきて、めぐみはぐふうと言って倒れた。
くそう、痛い。古典的な。
「何か出ると言ったじゃない」
サキモリはへらへらと笑って言葉を続けた。
「そもそも、これはあなたのお決めになったこと。死ぬと決めて死んだのだからそれで終わり」
「ぐぬぬ」
「そんな都合のいい。不遜です。これまた、神への不遜。反省したからって、死者が墓から甦りますか?見たことあったら教えてほしい」
「ないけど」
「過去の行いのほうを変えてもらいます」
「タイムスリップ?」
「まあ、限定的な」
「そんな、過去を変えても結果は変わらないんでしょ」
「変わりません」
「当日に、死にたくなくなったら?」
「その場合は殺します」
「殺す!」
「その場にある物を使って、とにかく殺します。人を雇う場合もある」
「穏やかじゃない」
「そりゃあ、残酷な死にかたになるでしょうから、ご先祖様はご納得されないでしょう。その場合も、やり直し」
「また?」
「何度でも、何度でも」
「恐ろしい」
「私の方は構わない。待ちますよ。私、ものすごーく、ヒマですから」
「ヒマって」
「ご先祖様のご納得。これポイントです。さあ、行こう人の世界へ」
サキモリは後ろにぶら下がってきた、紐を引いた。めぐみの立っていた床がぱかっと開いた。下は真っ暗、引力の法則、パイプ椅子ごと落ちていく。わあああ。
花咲めぐみの冒険が今はじまった。
2
花咲めぐみが気が付くと校舎の隅っこに倒れていた。
目の前には、見覚えのある、校庭と花壇が見えている。一輪の花が咲いていた。
何か、これも見覚えがある。白い花が積み重なるように咲いていた。白い花びらの先っぽは小さく赤紫に染まっていた。
何の花かしら、さっきも見たような、キレイ、そうか、死ぬ前に。
めぐみがぱっと立ち上がると、全体を見渡すことが出来た。
これは高校、私の通っていた学校。はっと人の気配を感じた。隣に白髪のおばさんがいた。花壇をいじっており、小さいシャベルをぽとんと落とした。唖然とした顔をしていた。
む。何か変なのかしら。
めぐみが視線を下に移すと理由がわかった。またしても、下着一枚だ。
恥ずかしい。何てやつ。そのまま、落とすなんて。
足先の少し先を見ると高校生の制服がキチンと畳んで置いてあった。早くしなければと、小走りするとズルこけた。忙しいでいるのにと、顔を上げるともう遅かった。ボールがコロコロと目の前に転がってきた。昼休みサッカーをしていた男子生徒が走りよってきた。
裸だ。裸。裸。
騒いでいた。目を輝かせた男子が後から後から、わらわらとゾンビのように近づいてきた。
くそう。思春期の獣どもが。小さいころ、母ちゃんの裸は見ていたくせにぃ。
めぐみは顔から火が出るように恥ずかしくなった。制服を小脇に抱えるとだだっと校舎に走りこんだ。タイミングも悪い。昼休み、そこかしこに男子生徒がいた。みな、口々に、裸、裸と言って沸いていた。
好奇心の的。私、好奇の的。
めぐみは思い切り走り七階まである校舎の階段をかけ上ってトイレに走りこんだ。はーはー言いながら、すぐに制服を着た。心臓はばくばくといっていた。深呼吸して、気持ちを整えた。
ここまで来たら大丈夫ね。
ふうーと息を吐くと、目の前の大きな鏡に自分が写った。
若い。ぴちぴち。ギャル。ではないが、高校生の私。目尻の小皺もない。タイムリーパー。私、時をかけた。
めぐみは一旦着た制服をまた脱いだ。ブラを外してみる。イケてる。小さいがよくやっている。ふふ、と笑みがこぼれた。はっはっとふんぞりかえっているとまた、声がした。
裸だ。
男子生徒が二人奥にいた。男子トイレ。めぐみはまた顔が真っ赤になり、廊下に制服を持って正面のクラスに飛び込んだ。男子だらけ。そのまま突っ走り窓の外へ、何とかブラのホックだけははめたいとそれだけは出来たが、もう行けない、慌てた両手が虚空を切った。落下。地面に叩きつけられ、めぐみの頭は落としたスイカのように割れた。無念。
意識は消えた。
―八雲平塚、待合室。
サキモリが頭を抱えていた。大きなタメ息をついた。
「開始、五分で戻ってくるとはね」
めぐみは頭がわんわんしていた。また同じ部屋、パイプ椅子に座らされていた。めぐみは口を尖らせて言った。
「裸で落とすから、これはそちらの落ち度」
「一回、着たでしょ、制服。何故脱ぐの」
「確認は必要」
にらみあった。サキモリは渋い顔で言った。
「まあ、あなたって人は、ご先祖様の功徳をじゃぶじゃぶと水のように捨てて」
「それは」
「何」
「ごめんって」
サキモリは、ぱっと手を出してめぐみも構えたが、何も出さず懐から手紙のようなものを取り出した。
「えー、お便り来てます」
「お便り」
「読みます。やい、めぐみ私は十代前のお婆ちゃんですよ。あなたは知らないかも知れませんが、非常に心を痛めています。どんな孫の孫の、そのまた孫でも、血はつながっています」
「むむむ」
「まあ、あなたときたら、不倫ごときで、死んでしまって、私は十回、夫に内緒でやりましたが、全部バレませんでしたよ。要領が悪い。私は今、賽の河原で石を積むお仕事をしていますが、休憩中にずっと見ていました。云々」
「全部読んでよ」
「飛ばして、最後、まあひどい死にかた。女の子がはしたない」
「また、それ」
「だ、そうです」
もう、ここに居たくない。めぐみは身体がよじれるほど後ろに頭を抱えてのけぞったが、さて、二枚目とサキモリが法壇を降り、手紙を出した隙を逃さなかった。
今だっと、正面突破と法壇を駆け上がろうとした。あの扉を開けさえすれば。黄泉の国。どーん、とサキモリに押され横倒しに倒れた、こなくそ、とめぐみは立ちあがり、がしっとサキモリと手の平を合わせて四つに組んだ。
こう見えても、私は小さい頃、レスリングをしていたんだ。
ぐいぐいと前へ押しこんだ。サキモリの膝がガクッと落ちた。勝ったと思ったのも束の間、お腹をトンと軽く蹴られてくるっと宙を一回転、どすんと地面に叩きつけられた。ともえ返し、受け身も取れなかった。完敗。
「ふふ、力業でもダメっ。私はこう見えて柔術の達人」
「ぐふう」
サキモリは手をパンパンと払って言った。
「まあ、でも、改善はしましょう。神様は柔軟。今着なさい制服を」
パサッと高校生の制服が落ちてきた。
「えーっ、三十越えて恥ずかしい」
「下着で死ぬのは良いのに、どんな倫理観ですか」
壁の一面に鏡のようなものが現れでた。めぐみは制服を着た。痛い。おばさんがイタい。
ふーっと壁に寄りかかったが最後、壁が前にバタンと倒れゴロゴロとそのまま暗闇の中へ滑り落ちた。後ろからサキモリの声がした。
「ご先祖様が泣いておられます」
また、それ。
―学校。
意識が戻るとまた校庭の隅っこに寝転んでいた。
目の前には、白い花。花壇。もしかしたら、この花が甦りの起点なのかも知れない。後で調べておこう。
ばっと立ち上がると、前回と同じ場所。おばさんが花壇をいじっていたが、今回は気付かない、黙々とお花を植えていた。
話しかけるのは、止めておこう。
そのまますたすたと自分のクラスへ、校舎に入っていった。
さてさて、今日は何年の何学期?取り敢えず三年二組に向かった。当たり。見覚えのあるメンバー、アホっぽい、男子生徒がいっぱい。花咲が来た。と騒いでいた。ふ、この頃、私はモテていた。私の席は窓ぎわの一番後ろ、前の席は空いていた。
座って、黒板の日付を確かめた。
七月一日。初夏。自分の命日から、ちょうど、十二年前に戻された。この日は覚えていた。バスケ部の沢村に告白される日だ。ふっと目の前に人影。
「おい、花咲。放課後、体育館の裏によってくれ」
沢村。高身長、イケメン、八重歯が可愛い。ふ、ここから変えろってことね、神様。当時はトキめいて、すぐに付き合ったが、とんでもないクズ。二十代前半まで付き合ったり、別れたり。チンピラ。不良。今もこの学校のボス。こいつの勧めで、入った会社に不倫相手の倉田はいた。こいつが元凶。何事につけても根気がない沢村はすぐ辞めた。後は知らん。めぐみは笑った。
「話しが早い、今行こう」
沢村はドキッとした顔をして頬を赤くした。体育館の裏へ沢村を手を引いて誘った。
まずは助走をと沢村と距離を取った。めぐみは、俺はお前が、とやり出した沢村に向かって全力で走って足の甲で右のスネをがちんと蹴り飛ばした。ぎゃああ。良い悲鳴。後ろへ倒れた沢村の右足をそのまま踏んで、仁王立ちして見下してめぐみは言った。
「お前はいらん。私の人生から立ち去れ」
強く睨み付けた。ひひひ、と沢村は腰が引けて走り去っていった。
これぐらいはっきりやらないと、あいつは感じない。言葉巧みなやつだ。何度も真面目にやるからと、騙された。
さあ、次だ。短気なめぐみは変えるなら一気にと校舎に走って戻り、三年三組の教室を開けた。
「町田ヒロシ、お前と付き合う」
めぐみはだっと走り、弁当を食っていた町田の虚をついて懐に忍びこんで力強くキスをした。町田も、これまた驚いて後ろへ倒れた。二回死んでる、もう恥ずかしさはない。
皆ざわついていた。町田はひきつった顔で笑っていた。めぐみは微笑みながら手を差し出した。
正解はB。町田は頼りない感じだが、将来、大人になってIT関連の起業家になる。大金持ち。告ってくるのは一ヶ月後だが、もうフったりはしない。善は急げ。前倒しだ。
3
将来、金持ち。とウキウキしながら、めぐみは町田にバックを持たせ川原の下校道を家へ帰っていた。
物は考えよう、間違いは避けたし、十二年は生きれる。青春も取り戻した。いくら歩いても足が全然疲れない。
家へ帰る。
うん、家か。うん。
めぐみは気持ちが暗くなった。あいつがいる。母の二番目の夫、あのロクデナシ。ちくしょう、野宿するわけにもいかないし。
えいやと団地の二階のドアを開けた。入った途端、灰皿が飛んできた。
「おせえよ、連子、酒買ってこい」
ひげ面の中年親父、武司。昼間から酒を飲んで競馬に興じていた。名前で読んでもらったことがない。連子なんて名前じゃない。当時の記憶を思いだし、目に涙が溢れた。無視して自分の部屋に入った。これ以上は追ってこない。交通事故で片足がうまくきかない。真面目な優しい人だったのに、立ち直れない。
哀れなやつ。無職で、当たりもしない競馬を毎日やっている。母は三つもパートをやって、いつも家でメソメソ。陰鬱な家。私は十八で家を出た。これをもう一度繰り返すのか。
いやだな、死んでやりたい。
ベッドに寝て天井のシミを見た。手を伸ばす。将来金持ち、今は貧乏。あの花の名前だけを図鑑で調べ、そのまま寝た。
翌日。
めぐみが学校に行くと机に落書きがしてあった。滅茶苦茶、卑猥な言葉が書かれ、入れていた教科書がズタズタに破られていた。いじめなんてないクラスだと思っていたのに。みな、そっぽを向いていた。沢村の指示だろう。そんな気持ちもあったのか、お前らこの野郎。
低級なやつら。
気にせず座った。昼休み、松葉杖をついた沢村が屋上に来いと、自分の手下を何人か連れてきた。
おう、望むところだ。
と内心はめぐみは思ったが、しずしすとついていった。喧嘩上等。先に離れた距離まで沢村を行かせて、猛ダッシュ。ごちんと今度は左スネを蹴っ飛ばした。深刻なダメージを受け、可哀想なぐらい泣きわめいていた。悪いな沢村、未来のお前に恨みがある。
やっちまえ。と不良グループが飛びかかってきた。よし、来い、私はこう見えてたも小さい頃、レスリングを。
「待て」
屋上に走りこんできた町田が叫んだ。わあわあと腕をぶんまわして不良グループに突っ込んでいった。当然、蹴られる殴られる。めぐみは青くなった。止めなよ、そっちは期待してない。
十分後、何人も教師が止めに入ったが、町田は悲惨なことになっていた。足が変な方向に曲がっていた。救急車に乗ってそのまま入院となった。
やりすぎたかな。
めぐみは反省し、普通の高校生に戻り毎日をたんたんと過ごした。
何と言うダルさ、まったく飛ばせないものかと左腕を見る腕輪のような線があった。左はしにSkipの文字。まさかね。ためしにくるっとまわしてみた。
回った、まるで人形の手首みたいに。
―わわわわ。
めぐみは、倒れていた。渋谷の道玄坂の居酒屋の前で。縁石の向こうに一輪の花。
そして、また見ている。あの花をウコンの花を。調べたからもう、花の名前は知っていた。
そうか、死んだ時も、生き帰った先もこの花が起点。そしてタイムリープの分岐点でもある。
うう、頭がマジ痛い。酒なんか飲みやがって、私って馬鹿なの?こんなところで寝て、でもこれは覚えている。死ぬ三年前、つまり二十七才だ。
飛ばしすぎーっ。
あれやこれやがあったのに、そのあれやこれやをやらなかった。
と、記憶がどどっめぐみの頭に流れこんできた。わーっ、つらい。町田が死んだ。二十五の時に、高校時代のケンカが原因で、脳に重い障害を追ってしまった。罪を感じた私はずっと看病。楽しくない青春、入院費を稼ぐためホステスをしていると、倉田が遊びに来て、泥沼、絶賛不倫中。
流れは違うが最初の人生と同じ。もう、先は見なくて大丈夫。
Skip。
―部屋
「まあ、諦めの早い」
サキモリは苦笑いしていた。また下着姿のめぐみ、今度は少し愛らしく見えるよう、ピンクの下着を付けていた。
「だって」
ぐずぐず言っていた。サキモリは言った。
「下着の色を代えたところで割引ませんよ。パリコレに出てるつもりですか」
「毎回、裸で寒いよ」
「えー、今日はご先祖様の声が届いています」
サキモリは古いカセットデッキを出し、再生にスイッチを入れた。
しくしく。しくしく。不憫。しくしく。可哀想。しくしく、女の子がはしたない。
「もう、やめてーっ」
めぐみは、大きく叫び耳を塞いだ。サキモリはテープを止め言った。
「嘆いておられます」
「うるさい」
「反抗的」
「ポイントが少ない」
「何の?」
「十八、二十七、三十。終わりじゃないのそれで」
「飛ばさなきゃいい」
「人生で、ウコンの花をまじまじと見る機会なんか、そんなにないでしょうが」
「まあね」
「まあねって、あんた」
「ポイントを作りなさいよ、自分で、丁寧に。いつも、慌てて何かをしようとするから見逃す、良く見なさいよ左手首
」