3-1.ホントに――
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ガラガラガラ……
「おや、ようやくお帰りかい」
「ああ、ちょっと気になることがあってね」
「私もあの子も夕食はもう済ませてあるから。あんたも早いとこ食べちゃいな?」
「了解です」
マリさんとの会話を終え、こちらに足音が近づいてくる。
「あのさ、ちょっといい?」
あの人が部屋の敷居をまたぐ前に声をかける。
「……何?」
「これ持って推し活してたんだけど、何も変化なさそうなんだけど。意味あるの? これ」
この人には直接ぶつけるように聞いた方がいい気がしたのでそうしてみた。
「見た目が変わるタイプじゃないからな、それ。……うん、大丈夫。変化してるよ間違いなく」
「そうなの? まあ後2、3日持っててもいいけど。他の方法は並行してできないの?」
「これが並行する方、だからな。本筋は「憶い」の方」
「あ、そっちはいいです。で? 最終手段って何なの。そっちでもいいんだけど」
なるべくならそっちがいい。伝われー。
「……そう睨まないでくれるかな。あれは本筋の方が少しは進まないとダメなんだよね」
「じゃあ無理じゃん」
「……そ。だから札に憶いを溜めて欲しいんだ。そっちでも代替可能かは分からないけどね」
「それって札にたまった思いを消費するってこと? ……待って。何か嫌な予感がするんだけど」
「ばーちゃん! ご飯まだー!」
「おいこら、話を逸らすな!」
「まあまあ落ち着いて。忘れたら忘れた時のことだから」
「ほらやっぱり! なんで私が推しのこと、忘れなくちゃいけないの!? そんなことの為ならこんなもの、いらない!」
私は札を床にたたきつけた。
「……そうは言ってもそうしないと治せないから」
は?
私は彼をキッと睨む。
「先に説明が欲しかった。それならもうちょっと……」
「仮に説明してもそれが最善手だったから。おじいさんとの約束があるんでしょ?」
「今それ出す? ……もういい、マリさんごめん、ちょっと出かけてきます!」
「ちょっと待ちな!」
追いかけてくるマリさんの声を背に私はマリさんの家を出た。
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「はぁー。そんな選択、卑怯だよ……」
編入の危機だし、彼氏にもフラれた。今の私にとってはノーフ様が全てだから。
そんなことを考えながら、例の札を片手にひとりつぶやく。
結局マリさんが追ってきたときに渡されて、今は私の胸ポケットに入ってある。
「あれぇ。あんたこの間の」
誰かが話しかけてきた。
「誰です、って会長さん」
あの日に出会ったファン代表をしている会長さん。
でもなんでこんな遅くにこんなところに?
今の私が言うのもなんだが、もうすぐ日が変わるような時間だ。
「あんた、無事だったの? 結構派手にやられてたけど」
「はい……今は治療中です。会長さんたちはあれからどうしてたんですか?」
少し気にはなっていた。私は気を失っていたので何も覚えていないのだ。
「いやあ参ったね。私たちも疑われちゃってさ。襲った子はどうやら洗脳されていたみたいでさ、私たちも診断受けたんだよね」
「そうなんですか……」
そんな大ごとになってたとは。
「そんなことよりさ、これから時間ある? 今からノーフ様の所に行くんだけどあなたもどう?」
「えっ、それはどういう」
「何言ってんの? 本物に、これから会うって言ってんの。あなたも行くでしょ?」
「私が? いいんですか?」
「いいのいいの。この間の分も兼ねて、ね?」
本当にいいんだろうか。
でもいいか。幸い胸ポケットには札も入ってあるから溜められる。
……溜まってから決めても問題ないよね?
「……じゃあおじゃまさせてもらおうかな」
「おっけい。それじゃあついてきて?」
何かこの前と雰囲気が随分と違うような気が。
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「ようこそ、我が家へ」
うわあ……本物だ……。本物が目の前にいる。
肌も髪も雪のように白く特に頭のてっぺんは神々しくさえある。対照的に唇は赤い。
目は――。
「ん? なんだい?」
「いえ、なんでも!」
見つめてきた、なんて思われてないかな?
「君もゆっくりしていきたまえ。どうだい一杯」
「いえ、私まだ飲めない年齢ですので……」
「何言ってるんだい? 誰も見ちゃいないよ安心して」
目が、あやしく光った気がした。
「はい……では一杯だけ。んっ……? これ本当にお酒ですか?」
「お酒なんて出してないよ。ちょっとしたイタズラさ」
周りの女性たちが笑う。その中にはこの前見かけた人もいる。
「ところで君。聞くところによるとなんだかおもしろい術を使うと聞いたんだが」
「はい。ですが今はちょっとわけあって使えなくなってまして……」
せっかくいいとこ見せられると思ったのに! なんでこんなタイミングで……。
「そうかな? 使えると思うけどね」
「えっ、ほんとですか!?」
彼が顔に手を当て、指の間から私を見つめながらそう告げる。
その言葉に驚きすぎてつい敬語が抜けてしまう。
「ふふっ、そうその調子。もっとフランクにいこうよ」
周りの女性たちも笑顔だ。いいのかな?
「はい……今日はよろしくです」
「まあまだ硬いけどいっか。じゃあさっそく君の術、見せてくれるかな?」
彼が手招きするポーズをとる。かっこいい。
「わかりましたっ! さっそくいかさせていただきますっ!」
噛んじゃった。
「ふふっ、いいね。期待するよ?」
「はい!」
マリさんはともかく、あの人が大げさに言ってただけで本当は治ってるんじゃない?
私は力をこめる。……うん、異常は感じない。
やっぱり大丈夫。あの人の作戦に引っかかって時間を無駄にするところだったじゃん。
気づけて良かった!
ゴーン……
何の音?
「いいよ気にしないで。日付が変わっただけだよ」
そうか、もうそんな時間か……でもいいよねもう治ったんだし。
「いきます! 出てきて、私のともだち!」
コアに力が流れ込むのを感じる。これなら――。
――ッ?
「……すみません何か急に力が入らなくなって……これくらいしか出せなくて」
私治ったんじゃないの? さっきまでとは全然違う。
「うーんそうか。いや残念だよ。あと1回だけでも使ってほしかったんだけどね」
「え、なに? それって……どういう……」
「やっぱり君のコアはダメみたいだ。……おい、こいつから力、根こそぎ吸い出してやるから準備しろ!」
「はいっ!」
会長の返事に他の女性たちも一斉に動き出す。
いったい何がどうなってるの?
意識が途切れそうになる私の耳に、彼の声が響く。
「せっかく僕のコレクションに加えようと思ったのに。壊れてるんじゃしょうがないよね?」
コレクション? いったいなんの……。
「じゃ、またのちほどー」
そのまま私は意識を手放してしまった。