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終尾の竜と花嫁

作者: 関谷 れい

数千年生きたその黒竜は、自らの死期を悟っていた。

(あと)百年も待たずに、自分は朽ちるであろうと。


中央大陸と呼ばれる場所にいる人間をそれぞれ囲うようにして共に守護していた他の(なかま)達も、居なくなって既に数百年と経過している。

遥か昔は竜同士が番って新たな竜が誕生していたはずだが、気付けば皆人間や…中には魔族と番い、竜人と呼ばれる子孫を残していた。


思うに、竜が人間と番う様になったのは、神が竜という種族の必要性をもう感じなくなったからであろう。


番う相手も見つからず、最後の一匹となり、最期の時を待つ。

それが今の黒竜の状態だった。



黒竜が魔族から守護する場所は、人間からは「終焉の峡谷」と呼ばれ、両側の谷壁斜面の傾斜が垂直またはこれに近い急傾斜となっており、谷底が全く見えない程に深く深く……つまり、何人(なんびと)たりとも入って来られない。


最近黒竜の元を訪れたと言えば、緑竜が最後の挨拶に来た時は四百年前。その後赤竜の子孫である竜人が来た事もあったが、それですら百年以上前だ。



黒竜は、ゆったり瞳を瞑ってただその時を待っていた。



……筈だった。




ほぎゃあ



……?

何かの音が聞こえた。


ほぎゃあ、ほぎゃあ



……??

黒竜には、その音が何の音なのかわからない。

けれども、どうしてもその音が気になった。


バサリ、と実に久しぶりに翼を広げる。

そのまま、準備体操でもするかの様に、何度かバサリバサリと翼をはためかせて……終焉の峡谷から、空へと舞い上がった。




吟遊詩人や古い書物が、竜の姿やその勇姿を伝承していたとはいえ、四百年程竜の姿を見ていない人々は、既に竜の存在を忘れかけていた。



もはや伝説となっていたその黒竜が天に舞う姿は、多くの人々に見られ、人間界に一騒動起こさせたという。






「……やだわ、来月で誕生日がきてしまう」

リリアーナはポツリと呟いた。

傍に侍る黒騎士のレウォンは、持ち前の地獄耳でその呟きをしっかりと聞き取ったらしい。

「おめでとうございます」

「……あのね、レウォン。私は『やだわ』と最初に言ったでしょう?」

この黒騎士、一人で第一王女のリリアーナを護衛する腕前であるのに、どうも普段から会話を……人の意を汲み取るのが苦手らしかった。


「なぜ、嫌なのですか?」

「私が生け贄になるからよ、決まってるじゃない」

「生け贄……花嫁では?」

「良く言えばね。国王(とうさま)や家族以外、皆言ってるわ。生け贄だって」


リリアーナは、小さな北東の国の第一王女だ。

全く潤っていない小さな国の為、土地に魅力を感じられず放置されて今まで戦禍を免れて来た。

ある意味、幸運な国だ。



リリアーナが産まれた時、両親は40歳だった。

18歳で婚姻し、20歳で一人目の子供が産まれ、そのまま2年毎に子供を生んだ為に、リリアーナには兄が10人もいる。

何とも夫婦仲の良い両親ではあるが、年齢的に最後と言われた子供で初めて、女児に恵まれたのである。



両親の喜び様は凄まじかったが、その後、地獄に突き落とされたかの様な気分を味わう事となったらしい。


というのも、リリアーナが産まれた3時間後。

黒竜が庭に降り立ち、「その赤子を寄越せ」と言ったのだ。


余りの出来事に騎士達は慌てふためくだけで、侵入者が乱入した際の隊列すら組めずにいる中、国王は国民を守る為に一度リリアーナを諦めようとした。


が、王妃はそれを許さなかった。

産後の体をおして、毅然とした態度で黒竜と対話したのである。


「何故、この子を欲しますか」

「……気になるからだ」

「何故、気になるのかわかりますか」

「……わからない。……いや、多分……おそらく、私の(つがい)なのだと思う」


これには国王も王妃も驚いた。

人間界でも稀有な存在の竜人のルーツは、竜と人間が結ばれた為だと聞いてはいたが……まさか、本当にそんな事があるなんて。


「この子が今、私の元を離れれば、この子は乳が飲めずに死にましょう。この子が、結婚出来る歳まで待って頂けないでしょうか?」

「……どれ程か。私はもう、長くは生きられない」

「16年です。我が国では、16歳を過ぎれば成人と認められます」


黒竜も驚いた様だった。

「……そんなに短いのか。良い。ならば、待とう」


こうしてリリアーナは、産まれて3時間後に嫁ぎ先が決まった。

国王と王妃は、少なくともリリアーナが成人するまで手元で可愛がれる事を喜んだが、黒竜は一つだけ条件を出した。





「私が誰かに恋をしない様に、私は父様と兄様、それとレウォン以外の男性を目にした事がないのよ!?」

「……何か問題が?」

「おかしいでしょう!?」

「……ですが、もし貴女に何かあれば……貴女の家族は勿論、国が滅ぼされる可能性があります」

「ううう……今までもそうやって脅されてきたけど……私だって、恋の一つや二つ、してみたいのよ」

「そうですか」

「……レウォンに乙女心をわかれ、という方が無理よね……」

「もし、貴女が誰かに恋をしたら……そのお相手もそのご家族も、黒竜の胃袋に入るかもしれませんね」

「……そうね……あまり想像したくないわね……」

「諦めて下さい。運命です」


リリアーナは、淡々と話すレウォンが憎らしかった。

年齢不詳のこの青年?は、リリアーナが小さな頃からリリアーナの専属騎士としてリリアーナに仕えている。

国王や王妃にも発言力があり、兄達もレウォンの言う事は聞くみたいだが、レウォンが何処の生まれであるとかプライベートな事は一切知らないみたいだった。


レウォンは無口で余り表情が変わらないが、その行動を見るところ、リリアーナに甘い。

基本的にリリアーナを擁護するし、リリアーナの味方であるが、黒竜の事に関してだけは、黒竜贔屓だった。


リリアーナは、こっそりとレウォンは黒竜が寄越した監視であると目星をつけていたが、恐らくそれは間違っていない。

でも、つまらない。

レウォンには、黒竜じゃなくて、リリアーナの味方でいて欲しいからだ。



「ねぇ、レウォン。貴方でも、やっぱり黒竜に食べられちゃうかしら?」

「さぁ、どうでしょう」

レウォンは動じない。

やっぱり憎らしい。

けど、意味が通じてないのかもしれない。


「ねぇ、レウォン。私、黒竜は一つ間違えた事があると思うの」

「……それは、何でしょう?」

「私が誰かを好きにならない様にしたのに、貴方が傍にいる事を許した事よ」

「……それは、どういう……?」

レウォンはトコトン鈍い。

「私が、貴方に、恋をするかもしれないって、思わなかった事よ!」


今度こそ、レウォンは普段滅多に変える事のない表情を崩して驚いた。

そしてリリアーナは、そんなレウォンの様子にやっと満足したのだった。





「……と、言う事で駆け落ちしましょう、レウォン」

「……」

「なーんて、無理よねぇ。レウォンや家族や、国民がぼりぼり食べられちゃうところなんて想像するだけでキツイわ」

「リリアーナ様……」

「私、もう生け贄になる覚悟は出来てるの。けどね、レウォン。最後に一つだけお願い」

「……何でしょう?」

「私、普通に国の中を歩いてみたい。黒竜に嫁ぐ前に……最後に、国の普段の様子を見てみたいの」

「……仰せのままに」


レウォンは、片膝を着いてリリアーナに礼をとった。

リリアーナは、レウォンに告白の返事を聞かず、レウォンもまたしない。

返事を聞いたところで、番と認定されたリリアーナが黒竜以外の花嫁になる事は許されないからである。





リリアーナの国では、年に一度だけ、男性の外出を禁じられた祝日が制定されていた。リリアーナの産まれた年から、15年間という期間限定の祝日である。


リリアーナは、この日だけは国内を見てまわる事が許された。

女性は普通に外出して良いものの、やはり活気が違う。

祝日であっても、どちらかと言えば家族で家に引きこもり、団欒を楽しむ日として国民に受け入れられていた。


その為、リリアーナは本来の国の様子を知らない。

後1ヶ月で、この国を去らねばならないのであれば、この国に生まれた王女として最後に一目だけでも、自分が守るべき国民達を見てみたかったのである。




レウォンを必ず警護につけるならばという事を条件に、思っていたよりもあっさりと国王夫妻から外出許可がおりた。

「こんな事ならさっさとお願いしてみれば良かった……!」

リリアーナは損をした気分で愚痴ったが、「レウォン、ありがとうね。口添えをしてくれて」恐らくレウォンが父母を説き伏せてくれたのだと思い、感謝を述べる。

「いいえ。……リリアーナ様が、楽しめれば」

「勿論楽しむわよ!もう二度とこんな機会ないかもしれないのだから!」


リリアーナは満面の笑みを浮かべて、城下町に躍り出た。




「今日行った闘技遺跡は凄かったわね!あら……これ、一週間前に行った果樹園のジュースかしら?私が口にしていた物全てに流通があって、売買があって……その分、人が関わってて。今まで考えてもいなかった事が、本当に恥ずかしいわ。こちらのお菓子は、王宮の職人の手作りかしら?それとも、城下町で買い求めたものかしら?」

元々おしゃべりな部類であるリリアーナの口は、ここのところ閉ざされた事がない。

国内を見てまわる日々が、リリアーナを更に饒舌にし、そして生き生きとさせていた。


「……どうでしょう」

「明日は婚礼衣装の最終仮合わせなのよねー、まだまだ行ってみたいところがあるのに、1日潰れるなんて残念」

「……」

「そうだ、明後日は朝市を覗いてみたいの。朝が早いらしいのだけど、レウォンは平気かしら?」

「はい。お供させて頂きます」



リリアーナの婚礼は、一週間後に差し迫っていた。

街に繰り出し、その不安を払拭するかのように明るく振る舞うが、それでも夜になると涙が頬を滑り落ち、枕が濡れるのを止められない。

両親に心配掛けまいと翌日には泣いた形跡など欠片も見せない様にしているが、常にリリアーナの部屋の前で警護しているレウォンにはバレバレの様だった。

目の充血が引かない日は、そっと氷水を差し出してくるからだ。

そしてそんなレウォンの優しさは、リリアーナにとって淡い恋心を溢れさせる事にも繋がり……リリアーナは、嬉しさと辛さの狭間でその心をもて余していた。




楽しく充実した日々はあっという間に過ぎ去るもので、今日はリリアーナの16歳の誕生日である。

「お綺麗ですわ、リリアーナ様」

リリアーナをこれでもかと磨きあげた侍女が、目に涙を浮かべながら賛辞を述べる。

「……ありがとう」

その侍女が、果たして嫁ぐリリアーナを見て涙を浮かべているのか、それとも黒竜の番であるリリアーナに同情して涙を浮かべているのか定かではなかったが、リリアーナはひとまずお礼を告げた。


普段は毛量が多く、ふわふわと跳ねて束ねるのが大変な栗色の髪は香油がたっぷりと使われて艶やかに美しく結い込まれている。

夜会等には縁がないリリアーナは常に薄化粧ですましていたが、この日ばかりはしっかりきっちりと化粧が施され、プルプルの唇に桜色の頬、何の変哲もない茶色い瞳を縁取る黒のラインはその目を一回りも二回りも大きくさせ、さらにそのまわりにはラメがキラキラ輝いていた。


「……うん、王女様っぽく仕上げてくれたわね」


可もなく不可もないと思っていた自分の顔が、それなりの美女に変身させて貰ったのは、間違いなく周りにいる侍女達のお陰だった。


「王女様っぽく、だなんて。リリアーナ様は、我が国が誇るたった一人の王女様ですわ」

侍女の涙の防波堤は決壊し、ポロポロと流れていった。


(レウォンはどう思うかしら?)

と考えてから、リリアーナは自らを戒めた。

(……違う。黒竜様は、どう、感じるかしら?)


リリアーナが竜を見たとして、その美醜に気づくかどうかは怪しい。もし、黒竜が10匹並んでいたら、その違いがわかるかどうかという話だ。

だから、黒竜がリリアーナの容姿を褒め称える事がなくても、それは仕方のない事だと思う。

だけど、がっかりされる事もなければ良いと思うのだ。


(番、というのはよくわからないけど……黒竜様が私を選んで下さったのなら……私もそれに、応えたい。)

如何なる男とも会わせないというのはやり過ぎだった気がしなくもないが、リリアーナはひたすら前向きだった。

レウォンへの淡い恋心は昨日で終止符を打ち、今日からは黒竜の番として生きていく。


リリアーナの瞳には、その決意が現れていた。


「……お時間です」

誰かが言い、リリアーナは式場へと装いを変えた王宮の中庭の中央に連れて行かれたのだった。





国王でさえも膝を突き、頭を下げたその上で。

バサリ、バサリと翼音がし、勢いのある風が直ぐ側を横切った。


リリアーナも国王と同じ様に、両膝を突いて祈りを捧げたその姿のまま、下を向いていた。

レウォンは、中庭にはいたが、リリアーナから距離を取ったところで敬礼をしている。

レウォンがこんなに離れたところにいるのは初めてで、リリアーナは少し心許なかったが、そんなざわめく胸中には気付かないフリをし、震えそうになる両手を必死に顎に押し当て続けた。



「……顔をあげてくれ、王女」

リリアーナは、黒竜から許可がおりたので言われた通りゆっくりと顔をあげた。

視線の中に、大きな鉤爪、王宮の柱の様に太い足、蛇よりも硬質な鱗、鰐の様な口元……そして、狼の様な鋭い瞳が入ってくる。


けれど、その鋭い瞳には優しい光が浮かんでいるのを、リリアーナは確かに感じた。

見守る様なその暖かい光は、リリアーナが良く知る誰かのものととても似ていて、リリアーナの胸が高鳴った。

(あれ……?好きに、なれそう、かも……)



「……はじめまして。リリアーナと申します。よろしくお願い致します」

再び、深々とお辞儀をする。

「ああ、大変美しく育ったね。これから、死ぬまで私と生涯を共にする事になる。……さぁ、リリアーナ。共に来るが良い」

黒竜がリリアーナをその背に乗せる為に、深く座り込んだ。

とは言え、黒竜は四つ這いの状態で2階建ての一軒家位はある大きさだ。伏せられても、リリアーナはどこからどうよじ登れば良いのかわからず、固まってしまう。


何処かに掴まるのはまだ良いとして、よじ登る為に踏んだりなんかしたら不敬にならないのか?

背に乗れと言われているのに固まってしまったこの状況ですら、もしかしたら黒竜から見ればリリアーナが嫌がっている様に勘違いされないか?


考えれば考える程に思考がぐるぐる回りだしたリリアーナを救ったのは、何時もの青年だった。


「リリアーナ様、失礼致します」

「レウォン」


何時の間に近付いていたのか、レウォンがサッとリリアーナを横抱きにし、まるで岩場を駆け上がるかの様な勢いで黒竜の身体を踏みながら軽快にその背まで到着する。


「……レウォン……!!」

背に到着する頃には、リリアーナは恐怖で真っ青になっていた。

竜は、こと番に関しては嫉妬深いと聞いている。

(レウォンが、黒竜様に本当に殺されてしまう──!!)


真っ青になっているリリアーナの様子に気付かない訳ないのに、レウォンは飄々として黒竜の背に座り込み、リリアーナをその腕に抱いた。


「しっかりお掴まり下さい。翔びますから」

リリアーナは不安が隠せないまま国王夫妻(りょうしん)を見たが、二人と10人の王子は暢気に手を振っていた。


(……あ、あら??)

レウォンは本当に黒竜の従者だった為に、不敬になる対象ではなかったのか。


「……リリアーナ、さあ我らの家に帰るとしようか」

黒竜は一回だけ咆哮をあげた為にリリアーナの思考は中断される。


それは聞いた事もない轟音で。


翼が左右でバサリと振られたかと思えば、

「ひゃっ…………!!」

一気に上昇し、初めて経験する高さと物凄い風圧と風をきる音がその身を包み、リリアーナは何も考える事が出来なくなった。






黒竜が降り立ったのは、巨大な空とぶ岩?の上に構えた城の庭だった。

迎えの人?まで沢山庭に出て来て、片膝を折り右手を胸に当て、頭を深く下げて敬礼している。



(あれ……?何処かの国っぽい??けど、空に浮かぶ国なんて聞いた事ないし……てっきり、黒竜様の居場所は終焉の峡谷だと聞いていたのに、随分考えていたところと違う……)


リリアーナが頭の上にハテナマークをポンポン浮かべている間に、黒竜はバサリバサリと風を纏いながらゆっくり下降し、

「変わりないか」

と従者?に聞いた。

「は、問題なく」

その短い会話の間に、レウォンはリリアーナを抱えて黒竜の背から飛び降りる。



「ひゃっ…………!!」

リリアーナは咄嗟にレウォンにしがみついたが、黒竜の存在を思い出して慌てて離れる。

黒竜はその様子を見ていた筈だったが取り立てて怒りを現す事もなく、レウォンに命じた。

「もう、良い。戻れ(・・)

と。


「……は」

レウォンは短く返事をしたかと思えば、一瞬だけリリアーナにその視線を送り……その場から、消えたのだった。



「……え?」

残されたリリアーナは、何が起こったのかわからなかった。

「……レウォン?レウォン!?」

レウォンがいた、目の前に手を伸ばして気配を探る。

勿論、そこには何一つ、レウォンの欠片も残っていなかった。




呆然とするリリアーナの後ろからレウォンの代わりに、

「何だ、リリアーナ」

と、レウォンより幾分低い黒竜の声が掛かる。

リリアーナは「レウォンに何をしたの……っっ!!」と言いながら振り向いたが、そのまま固まった。



そこには……黒竜がいる筈の場所には、レウォンとそっくりだが……レウォンより一回り体格が良く、レウォンより鋭い目付きをした全身真っ黒な出で立ちの男が立っている。


「レウォン……?」

「ああ。まぁ、リリアーナが知る奴とは多少違うが」

「……黒竜様……?」

「そうだ」

「レウォンが、黒竜様……?」

「いや。リリアーナの知るレウォンは私だが、私はレウォンではない」

「ま、待って待って黒竜様。……いえ、少々、お待ち下さい、黒竜様………」

「……私は素のリリアーナが好きだ。言い直さないで良い」

「あ、はい。黒竜様はレウォンではない?」

「ああ。レウォン(あいつ)は私の一部だ。だから、レウォンは私だが、私はレウォンではない」

「……黒竜様のお名前を伺っても?」

「レウォンだ」



な に そ れ 。



リリアーナの脳裏に、能天気に手を振り笑顔で見送っていた両親と兄達が浮かんで消えた。

黒竜贔屓のレウォン。「食べられちゃう?」と聞いたら言葉を濁したレウォン。

レウォンが触っても嫉妬しない黒竜様。レウォンと同じ暖かい眼差しで自分を見つめる黒竜様。


「リリアーナの警護と成長記録がわりに私の()を少し削って奴を作り出した。今、私の中へ戻り(・・)、奴の記憶は私のものになっている」


黒竜(レウォン)は、レウォンよりも喜怒哀楽を表情に出しやすい様で、色気たっぷりに微笑んだ。


「誓って言うが、リリアーナに男を近付けさせなかったのは、君の両親の計らいであり、私がそうする様に命じた訳ではないぞ?私がお願いしたのは、リリアーナの傍にレウォン(わたし)を常に置くことだけだ」

「……そう、でしたか……」

過去のレウォンとの会話が筒抜けになり、リリアーナは恥ずかしさで居たたまれなくなる。


「しかし、流石私の番だ。リリアーナと接するうちに、削った()が、個を持つ寸前だった様だな。……危うく駆け落ちされるところだったか」

黒竜(レウォン)はクックッと口に手を当てて笑ったが、リリアーナは背筋がゾッとする程に周りの空気が冷たくなった様に感じた。


最後にリリアーナに一瞥をくれた、レウォン。

あれは彼なりの、別れだったのかもしれない。



「さて、リリアーナ。準備は整っている様だ。蜜月(・・)に入ろうか?」

ゆっくりと手を差し伸べる黒竜は、優しく微笑んだ。

リリアーナは、蜜月(・・)が何であるかも知らずに、「はい」と返事をしてその手に自らの小さな手を置いた。




「リリアーナ、リリアーナ………私の愛しい、番。16年は短いと思っていたが、君のいない16年は長かった……」

竜は番と一緒になると、蜜月と言う期間を経て夫婦となる。

蜜月では、昼夜関係なく、飲み食いすらおざなりにしてただひたすらお互いを貪り合うのだ。

竜の精液を大量に注ぎ込む事により、女性はより妊娠しやすい身体へと、また異種族の場合は竜に近い身体へと変化を遂げるのだ。


リリアーナがレウォンに囲われて、一週間程経っていた。

殆ど飲み食いしていない、また引きこもりで体力のないリリアーナの体調は、レウォンの血液(万能薬)によってすこぶる快調だった。


蜜月の間は、従者(竜人と呼ばれる種族であった)が邪魔にならない程度に寝所に入り、ベッドメイキングや軽食の用意をする。

最初は入ってきた従者に驚き、シーツにくるまったり洗面所に逃げ込んだりしていたリリアーナであったが、交わる時間が長くなるにつれ、思考がドロドロに溶かされてレウォンのたくましい肉体に隠されるだけとなった。





──レウォンは、最後の竜である。

レウォンが居なくなった時点で、この世界で竜という種族は消滅し、新たな時代が幕をあげる。

しかし、それでも。



「今まで生きてきた数千年より、君と生きた百年の方が、ずっと価値あるものだった」



終尾の竜は、その花嫁と、仲睦まじいままその最期を迎え、非常に幸せだったという。








数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです(*˘︶˘*).。.:*♡ ※ただ、消えてしまったレウォンが 何か、せつないですね…消えてしまった レウォン目線も読みたいです。 後、最後の竜の子供達のスピンオフも。
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