お爺さんとの出会い
《》カッコ内は筆者の心の声。
翌日、私はダンジョン管理局の受付で、サブマスターに渡された書類を見ていた。
昨日の件の事情聴取の為だ。
「えっと、名前は、佐藤……」
書類に記載された名前を確認しながら、私は書類を捲っていく。
「おや、あなたは、確か、昨日の……」
背後から声をかけられたので振り返ると、スーツ姿のサブマスターが立っていた。
《 おっと、意外な再会 》
詳しくないので、メーカーまでは分からないが、少なくとも吊るしのではない、記者会見でスポーツ選手が着てるような綺麗なシルエットのそれだ。
辛うじてサブマスターと認識できたのは、眉に特徴的な斜めの傷があったからである。
「先日はどうも……」
「あぁ、良かった、もうダンジョンには潜らないかと思いましたよ」
今日は社会人モードのようだ。昨日の様子を見たあとだと、違和感を感じるがこんなもんだろう。
「脱サラしてますから、そうそう後には引けません、ゴブリンより納税の方が、ずっと怖いですからね」
「ハハハッ、ごもっともです、今日は昨日の件で?」
「えぇ、はい、呼び出されちゃいました」
「受付けに並ぶのも、一苦労でしょう、良かったら私が処理しますよ」
「えっ良いんですか?」
《いいですね、とりんさま、巻いていきましょう》
「もちろんっ、昨日の具合を見るになかなか筋が良さそうだ、優秀な探索者はいつでも足りませんからね、人を見てこうやって融通を効かせるのも私の役目です」
それは公私混同では?と思ったが、面倒な手続きを任せられるならありがたい。と、お願いすることにした。
「では、こちらの用紙に必要事項を記載してください、記入が終わったら私に提出していただければ結構です」
「分かりました」
私は、書類を受け取った。
「それで、昨日の件ですが、エコーズの連中が、あなたの命を狙ったのは間違いありませんか?」
《 なーる、命を狙われてたのは主人公だったのか 》
「あの職員を装った奴ですが、ナイフのようなものを握っていました、あの女が注意をひきつけて、その間に私を襲う気だったのでしょう、アナタがいなければ危なかった、目があった瞬間動く気配がしたので咄嗟に」
「えぇ、賢明なご判断だったかと」
「そう言えばあいつはどうなったんですか?」
「一応、仮想空間上の牢に入れて拘束してあります、今頃尋問を受けているでしょう」
「それは安心しました」
《 流石、とりんさま、拘束されてるなら安心ですね 》
「まぁ、あちらもあちらで色々事情がありまして、ただ、そのせいで、こちらでも少しばかり問題が発生しています」
「どんな問題が?」
「ここからはオフレコで願いたいのですが、実はあの職員のご遺族の方から、一目合わせて欲しいとお願いされていまして」
「会わせて差し上げればよいのでは?」
「公然の秘密とはいえ、内々に処理してきた事柄なのです、ですので突っぱねるのが正しい」
そう言って息を切ると、それを口に出すのも不快という様子で仕切り直した。
「この情報が漏れたことも、問題ですが、一番の問題は、ご遺族の方がそれなりの地位におりまして、拒否した場合には何らかの嫌がらせを受ける可能性が高い、そしてその相手は私どもなら良いのですが……、恐らくあなたです」
のんだ息が粘っこく、喉に張り付いている気がする。
どうやら面倒事に巻き込まれたようだ。
「えーと、それはなぜ私が……」
「言葉を濁すのはここまでです、あなたはあの職員モドキに手を上げていて、何らかの後ろだてが無いからです、加えて勝手ながら調べさせて貰いましたが、先年まで勤めていた先とは喧嘩別れされていますね、お子さんも奥さんもおられず、ご両親もすでに雲の上、天涯孤独の身だ」
「そんな身勝手な、私は正当防衛しただけですよ」
《 雑な補足、挿入 》
「もちろん、そうですが、ダンジョンの中は治外法権、法律の及ばない場所なのです、いささかご認識が甘いようですので、失礼を承知で厳し目に言わせて頂くと、仮想空間を維持する端末が動いているエリアは、太平洋上のアメリカから異星人たちに租借された場所で、基本的にこの星の如何なる法律も及ばない場所なのです、このようなことは大変まれですが、権力と利害関係だけがものを言う場所です、自己責任であるという旨の書類に何回もサインしているはず、私どもも可能な限りあなたを守り協力しますが、その為には、あなたが今どんな状況に置かれているか、ご認識頂きたい」
詐欺にあったらこんな気分になるだろうか、私は今、真っ白に燃え尽きた灰だ。
あるいは大海に浮かぶ木の葉。
どこで間違ったのだろうか。
いかん、私は今や個人事業主。この先をどうするかは私自身で決めなければならないのだ。
「あの、それじゃあどうすれば……」
「しばらく私どもに身柄を預けては下さいませんか?」
「えぇ、こんな大事なら、むしろお願いしたいくらいです」
「あなたの名義での活動はしばらく停止させて頂いて、コチラで用意した名義で落ち着くまで過ごして貰います」
「はい、構いません、ちなみにそれはどのくらいの期間を想定してますか?」
「なんとか、一年以内には収拾をつけてみせます」
「一年ですか、長いですね」
「申し訳ありません、なにぶん急を要するものでして」
「いえ、仕方ないです、それで、その後は?」
「その後、あなたが望めば、別の仕事を用意することも可能です」
「えっと、それはつまり?」
《 つまりは? 》
「探索者を辞めて、普通のサラリーマンに戻る選択肢、あるいはコチラで前職の給与を最低限保証した地位に着いて頂くことも考えています」
「探索者を続けることは出来ないんでしょうか?もう、組織には戻りたくないのです」
《 サラリーマンからは逃げられないのでしょうかとりんさま 》
「残念ですが、難しいかと、嫌がらせを受け続けてもあなたの力があれば、決して不可能ではないでしょうが、あなたはその力を社会の為に使うべきだ、決して自分の為に振るうべきではない」
《 なんだか雲行きが怪しいゾ 》
「そう、ですか」
「どうかご理解下さい」
サブマスターの執務室が、重たい空気で満たされる。
頭をフル回転させているが、起死回生のアイディアなんて出そうにない。
数十秒の沈黙のあと、サブマスターが口を開いた。
「ひとまずは幹部育成プログラムに参加してみませんか?明日からの2週間ほどの泊まり込みになりますが、すぐに手配出来そうな環境がそれくらいで、身の安全は保証します、終わる頃には、すぐに部長クラスの席を用意できます、少しダンジョンの常識を学んで頂くだけで職歴的に筆記も実技も面接も今のままで問題無いとは思います、手引きを読み込んでしまえばあとはサボっていても問題ありません、出席だけしてもらいますが」
いや、おかしいでしょ。
どっかで理性的な自分がつぶやく。
《 いや、実に怪しい、自分の陣地に引きずり込もうとするのは詐欺なんかの常套手段だ 》
『あなたの力は社会の為に使うべきだ』と言われた時にも、引っかかったが、なんか監禁して洗脳しようとしてるようにしか思えない。
「一日、時間を貰えませんか?」
「もちろん、明日の16時までにご連絡下さい、あと、何か普段と違う困った事があったらすぐにダンジョン局までご連絡を」
「はい、心強いです」
「急で、大変な判断かと思いますが、賢明な答えを出すことを望みます」
「急に色々起こって、何が何やら、もう少し悩ませて下さい、ありがとうございます」
そうして、ひとまずばダンジョン管理局を出ることが出来た。
《 いやー、良かったね無事に出てこれて主人公くん 》
何事もなければ良いが、とりあえず今夜はホテルをとろう。そういえば、今日は金曜日だったか、 外ではいつも通りの日常が流れているはずだ。
今からでも遅くないだろう、確認するとしよう。
「コーラス、何か連絡は来てるか?読み上げてくれ、あとそれから近場のビジネスホテルを予約しといてくれ」
コーラスはいわゆるパーソナルアシスタントAIだ、メガネに搭載されたマイクで応答し秘書的な役割をやらせている。
「125件の新着メッセージです、最も古いメッセージはメビウス社先端技術開発部……」
《 この時点で、商社勤めであったことをすっかり忘れている筆者 》
「停止、読み上げ停止っ、125件だとっ!?何があったんだ、要点を掻い摘んでくれ」
「はい、要約ですね、少々お待ち下さい」
いちいち125件ものメールを読み上げられたらたまったもんじゃない。
しかし、何か起きてるのは確実だ。
嫌な予感がする。
《 現在、働いてもいない、友達も少ないひとメールアドレスに数時間で125件も来てたら、絶対何か起きてるよね 》
「外務省高官のお孫さんの行方不明事件の参考人として、お客様の名前が上がったようです、それに関して、説明などの対応を求める元職場の方々からのメールが112件、お友達からの安否確認が13件、職場の方からのメールには全て至急、確認次第すぐにとございますが、いかがしますか?」
「返信の必要は無い、退職関連の手続きに言及してるのがあれば、一応、保留フォルダに入れといてくれ、友人タグがついてるのも同様に、保留フォルダに、考えをまとめたい、近場の人気の無い公園的な場所をピックアップ」
「最寄りですと、千里海岸公園が該当します」
「車を回してくれ」
「了解、千里海岸公園行きで車を手配しました、2分30秒ほどで、ダンジョン管理局裏口に到着します」
「裏口までのルート」
メガネに表示されたルートを見ながら、歩き始めると、頭が茹で上がって行くのを感じる。
ダメだ、冷静に何かを決断できる状況に無い。
「コーラス、缶コーヒー、あまーいやつな」
「かしこまりました、車内に準備しておきます」
歩きながら呼吸を整える、だいぶ息を詰まらせていたようだ、しっかりと胸を開いて呼吸する。正常な思考の為には酸素と糖分が必要だ。
乗用車が停車しているのを見て少し安心する。あそこまで行けば、安全で防音の個室がある。
車に入ったら、泣こうが喚こうが、外には漏れない、そして、何もしなくても目的地に着く。それまでの辛抱だ。
黙って目立たないように歩く。いつものこと、そういつものことだ。
近づくと乗用車のドアがひとりでに開いて、乗り込んだ。
ドアが重たい音を立てて締まった。やっと。
「ハァーーー、チクショウ何だってこんなことに、ウワァアアアアアアぁ」
車内に嘆きが満ちる。
スゥ、と普段なら全く気付かない程度の息を吸う音、衣擦れの音がした。
誰かいる。
《 誰も居ないと思ってたのにいると変な声出る 》
バックミラー越しにうつる、禿頭の和服の老人。
「落ち着いたかね、大きな音はこの老骨には少々堪える、どうか静かに聞いて欲しい」
反射的に握ったドアのノブの感触は固く、ロック中であることを知らせていた。
「はわ、はっはい」
「いきなり大声を上げたから狂人かと思えば、思いの外、落ち着いておるな、是非ともその調子で頼むよ」
視線で車内を見渡せば、老人以外にはいない様子、やたら迫力のある老人だが、取っ組み合いには勝てるだろう。
少なくともすぐに命の危険はなさそうだ。
「ごほんっ、失礼しました、昨日からいろいろあったもので」
「ふむ、そうじゃろうな、君のような若者は、この国を良くしようと躍起になるものだが」
《 とりんさまの若者感どうなってんの 》
「そんなことは」
「謙遜するでないぞ、わしも若い頃は、世界を救おうと必死になっておったものだ、今ではすっかり隠居の身だがね」
《 あー、勇者パーティーの方でしたか、だったら仕方ない 》
「それで、なんの用でしょう、相乗りは頼んでないはずなんですが」
「年を取るとどうも遠回しになって、いかんな、率直に言おう、昨日ダンジョンで見たことを語って貰いたい、それが済めば用は無い」
「用は無いってのが、死んでもいいって意味じゃないのなら、良いですよ、身の安全をせめて保証してくれるなら、話しても良いです」
《 いろいろ憶測をする主人公くん、または行動理由を説明 》
これでも前職の職業柄、私のセキュリティレベルは世間一般に比べてずっと高いはずだ。
手配した車に勝手に乗ってる相手はそれらを勝手に無効にする権限を持っていて、どうにも出来ないことを意味する。
喋って身の安全が保証されるなら、いくらでも喋るが、喋ったら無かったことにされるのは困る。
念の為、話ながら、ハンドルのコントローラから録音をスタート、手を離したら録音終了、主要な動画サイト、新聞社、ダンジョン管理局に音声つきデータが届くようにしておく。
「うむ、良いだろう、腑抜けというわけじゃ無さそうだ、しかし、そのようなものを送ったとて、意味は無いぞ、政府のAIの情報操作能力を舐めておるようじゃな、まぁ良い、それでお主の心の安寧になるのならな」
「これくらいはやらせてもらいます、どこのどなたか存じませんが、全く信用出来てないもんで、せめて名乗ってから言っては?」
《 そそ、とりんさま、お爺さんのお名前教えて下さい 》
「互いに名乗らんほうが身のためじゃ、耄碌したジジイに付き合ってやった、相手は分からない、面倒そうなので喋った、そんな大切なことだとは思わなかった、そいうことにしておけ」
《 やっぱり、勇者パーティーは格が違う、名前を知るだけで命が危ういのか 》
「分かりました」
「まぁ、こちらからは手出ししない、あと、メディアには手を回しておく」
かんそう
お爺さんの操縦が難しい。すぐに孫娘と結婚させようとする。流石の勇者パーティーだけあって、一筋縄ではいかない。
サブマスも結構怪しい、多分、有能な商人ポジション認定されている、すぐに怪しい演説を始めようとする。
一話の最初の職員さんが管理人=マスター、で変わりにサブマスが動くハメになっている気がしてきたぞ
結論
とりんさまと一緒に小説を書くのは楽しい。
ただし、好き勝手書いてもとりんさまは、続きを書いてくれない、あくまで一緒に交互に少しづつ書きたいことを書くことが大切