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シェルター331

 これまで未確認のエアリオを撃退できた事は、安堵と歓喜をシェルターのクルー、住人達にもたらした。だが、同時にひとつの大きな疑問が、自らの脚でシェルターに帰投したのだった。


 ぼろぼろでシステムがダウンしたモンツァが、両脇を抱えられてガレージのメンテナンスシートに寝かされた。身体のフレーム自体は奇跡的に無事だが、関節部やサスペンションはほとんど全身で破損しており、大がかりなオーバーホールが必要なのは明らかだった。

「モンツァ、しっかり」

 ハンガロリンクは移動するシートに付き添おうとしたが、メカニックのひとりがその肩をポンと叩いた。

「彼女は僕らに任せておけ。君は君自身のメンテナンスをしておいで」

 言われたハンガロリンクは、モンツァよりはまだマシな自分の姿を見て、情けなく思った。自分が無事なのはモンツァやシルバーストン、そして突然現れた”彼女”のおかげだった。ガレージの奥で、メンテナンスシートに横たわるそのサーキットロイドに、クルー達の好奇と期待の視線が集中している。


「調子はどう?鈴鹿」

 その名をオールドウェイ博士が呼ぶたびに、なんとなく室内の空気がざわつくように思えた。ピンク寄りの紅いロングヘアをシートに預けた鈴鹿は、その彫りは深くないが美しい顔を博士に向けた。凛とした声が響く。

「好調です」

「そんな声をしていたのね、あなたは。私達は、ずっとその声を聴きたかったのよ」

 オールドウェイ博士の後ろには、メカニックやエンジニア達が勢揃いして、ようやく眠りから覚めた”姫”を見守っていた。

「1年8ヶ月。あなたは、完成したというのに目覚めてはくれなかった」

「申し訳ありません」

「謝る必要はないわ。その原因を突き止められなかった、私達に責任がある」

 博士は、ずらりと並んだ鈴鹿担当のクルーを紹介した。男女、人種、年齢ともに様々だった。

「オリバーだ。君専用のニューロンネットワーク安定化チップを開発した」

「エイダよ。あなた用のフレームデザインを調整したわ」

「僕はザック。僕と、後ろにいるこいつらで、君のエアロエナジージェネレーターおよび、エアロストリームコントローラーを設計、調整した。最後の、シルバーストンとの一撃は見事だったよ!」

 盛大な拍手が、ガレージに響きわたった。もはやシルバーストンでさえ倒せないかと思えた未確認の土砂の塊を、シルバーストンと鈴鹿は一撃で葬り去ったのだ。

 拍手のなか、後方から一人の色素の薄い白衣の女性が進み出て、クルー全員を向いた。

「みなさん。感激に水を差すのは申し訳ないけれど、鈴鹿はこれからシステムをチェックしなくてはなりません。積もる話はそのあとでお願いします」

「もう少しいいだろ、マリア!」

 マリア、と呼ばれたエンジニアは、仕方なさそうに柔らかな金髪をかき上げた。

「では、クルー全員で記念撮影をしましょう。それでいいですね」

 やった、と全員が鈴鹿の周りに集まって、お目覚め記念の集合写真が撮影された。撮影が終わると、マリアはホウキで掃くようにクルー達を退去させ、みんなは渋々従った。ドアが閉じられたガレージには、マリアとオールドウェイ、そして横たわる鈴鹿だけが残された。


 鈴鹿のコンディションは呆れるほど正常だった。首の付け根のシステム調整用コネクターに繋がったコンピューター端末は、エネルギーを消費している以外は、今すぐにでも出撃可能であることを伝えていた。

「信じられない。システム調整さえしていないのに」

「けれど、さすがにOSのバージョンが古すぎる。これはすぐにでも更新しないと」

 癖毛でメガネの若いエンジニアが、モバイル端末に示された鈴鹿の制御プログラムのバージョンを確認した。現在のシルバーストン達に搭載されるOSより、世代が3つ古い。オールドウェイ博士は、むき出しになった黒いフレームの関節部をルーペで目視検査した。

「関節やアクチュエーター類も見た感じでは大丈夫だけど、負荷の大きい下半身は念のため交換するべきね。予備はある?」

「確保してあります」

「OS書き換えと並行して進めてちょうだい」

 博士の指示で、クルー達は急いで準備に取り掛かった。オールドウェイ博士とマリアは、壁の大きなディスプレイを睨む。

「鈴鹿。お目覚めで質問攻めにして申し訳ないけれど、一体どうやってシステムを起動できたの?」

 博士は、過去6時間程度までさかのぼる鈴鹿のログファイルに目を走らせた。鈴鹿が突然目覚めたのは、今から2時間少し前だ。

「今まであなたは、シルバーストンや他のみんなと全く同じ起動プロセスを試みても、全く反応を見せなかった。それが、今日突然目覚めた。その理由を、自分自身では説明できる?」

 博士の問いに、鈴鹿本人は自らのメモリーを過去に辿ってみたが、論理的な解答は得られなかった。

「申し訳ありません。私自身では説明不可能です」

「そう」

「ですが、ひとつだけ」

 形のいい顔を博士とマリアに向けて、鈴鹿は答えた。

「シルバーストンの声が聞こえて、目が覚めました」

「シルバーストンが?」

 博士とマリアは、まさかという表情で違いを見た。そんな事例はいままで聞いた事がない。

「偶然ではなくて?」

「待ってください、博士」

 マリアは、ログ情報のなかの通信記録に目を向けた。ちょうど、鈴鹿が起動した前後の記録を確認すると、そこに異常をみとめ、声をあげた。

「博士、ここ見てください」

 マリアが指差した行には、ひとつの通信記録があった。そこに記されたアクセス元のアドレスは、エンジニアにはよく見慣れたものだった。

「シルバーストンのアドレスだわ!」

「彼女に確認しましょう。鈴鹿の通信アドレスにアクセスしたか、と」

 だが、オールドウェイ博士は首を横に振った。

「彼女は現在、オーバーホール中。あのダメージだと、OSの再起動だけで、突貫工事でも3時間はかかる」

 シルバーストンはバリアシステムまでも破壊され、エネルギーも使い果たした状態であったため、鈴鹿に抱えられて帰投するとすぐにシステムがダウンしてしまった。フレームもあと一歩で全身がバラバラになるほどで、首から下はほとんど新規のパーツで組み直さなくてはならなかった。

「けれど、たしかに時間的には一致しているわね。シルバーストンからのアクセスが引き金となって、鈴鹿のシステムが起動した」

「それって、つまり…」

 マリアは、鈴鹿の胸の中央を指した。オールドウェイ博士も頷く。

「それしか考えられない。つまり、鈴鹿のコアユニットのブラックボックスには、シルバーストンのアクセスによって起動するプログラムが仕掛けられていたのよ」

 その指摘に、ガレージ内には沈黙がおとずれた。沈黙を破ったのはマリアだった。

「…なんのために?」

 マリアの当然の疑問に、オールドウェイ博士は即答できなかった。そんなケースは、これまでロールアウトしてきた数十機のサーキットロイドで、初めてだったからだ。博士は頭の中で論理を組み立てながら、慎重に推論を述べた。

「そもそも、全てのサーキットロイドのコアユニットは、誰がいつ製造したのか、わかっていない。それは知ってるわね」

「はい。古いシェルターの廃棄されたブロックから、何者かによって秘匿されていた多数のコアユニットが発見された」


 ◇


 シェルター331。それは、エアリオの脅威にさらされた人類が、多数の犠牲を払いながらもどうにか築き上げた初期の地下シェルターのひとつだった。はるか過去に人類によって”アブ・ダビ”と呼ばれたエリアに存在し、現在は老朽化によって放棄されている。ここシェルター2160にも、そこから移動してきた住人や技術者たちがいた。

 現在から遡ること約40年前、そのシェルター331の、当時すでに老朽化していたブロックから、サーキットロイドの心臓部かつ頭脳である、コアユニットが偶然に発見された。2名の調査員が、奥まった一室を再利用可能かどうか調べるために足を踏み入れた際、耐久性の確認のために壁をハンマーの柄で叩いた。すると、コメディ映画か何かのように壁全体が剥がれ落ちはじめ、ふたりは慌てて後方に退避した。

 瓦礫の粉塵がようやく晴れたとき、ふたりはあっと声を上げた。壁が剥がれた後ろにはランチボックスより一回り大きいくらいの、金属製の小型コンテナがぎっしりと積み上げられていたのだ。


 コンテナの中には、人間の心臓と同じくらいの大きさの回路ユニットが収められていた。全て外観は同じ形状であり、統一規格である事がうかがえた。

 それが何なのか、全く不明だった。V字ともハート型ともつかない角ばった形状で、X線で調べようとしてもシールドが完璧で内部構造はわからない。やがて、ある若い技術者がうっかり床に落とした際、一箇所のカバーが外れてようやく何らかの外部接続コネクターらしき端子が露出した。 だが、それは全く規格に存在しないコネクターであり、金属の接点、つまり電気信号の導体が見当たらない。といって光の送受信器でもない。やがて科学者、電気技師らが頭をひねって、超小型の特殊なパルス発生装置を利用した、非接触の送受信カプラーだと判明するまでに実に2年を要し、さらにそのカプラーに対応するケーブルと読取り装置を試作するまで1年を要した。


 やがて、どうにかユニットにアクセスできるようになった結果、そこに収められた情報に、科学者達は驚愕した。

 まずハッキリしたのは、そのユニットはエネルギー発生および制御装置である、ということだった。が、そのエネルギー発生の原理はまったく不明で、ただわかっている事は、何パターンかの周波数のパルスを送ることで、パターンに応じて様々な効果のエネルギーを発生することだった。それは物質を駆動するエネルギーでもあり、破壊するエネルギーでもあり、目に見えない指向性の障壁、つまりバリアを展開するエネルギーでもあった。そして最後に確認された謎のエネルギーパターンに、科学者チームは驚いた。何とそれは、シミュレーター上の計算結果ではあるが、人類を脅かす謎の空力生命体、エアリオを破壊できる可能性が認められたのだ。

 それらを解き明かしたタイミングで、ようやくデータの解読に慣れてきたエンジニアの一人が、さらに驚くべきデータを発見する。それは、人型をしたアンドロイドの設計図だった。


 そのアンドロイドをコンピューター上で組み上げてシミュレーターにかけたところ、アンドロイドはコアユニットのエネルギーを最も効率的にコントロールできる構造を持つ事が判明する。走行車両、携行武器にコアユニットを搭載する実験も実際に行われたが、エネルギーに耐え切れないか、エネルギーをほとんど引き出せない結果に終わり、アンドロイドの製造とロールアウトは急務となった。

 だが、問題があった。当時の人類の技術では、その設計図どおりのアンドロイドおよび、サポート装備を製造する事はできなかったのだ。やがてネットワークを通じ世界中のシェルターの科学者、エンジニア間でその謎の設計図が共有され、はるか過去に”イングランド”と呼ばれた土地で、無数の試作機の残骸を積み上げながら、ようやく最初のアンドロイド”シルバーストン”が産声を上げた。


 シルバーストンのロールアウトは難航した。まず制御するOSがまともに動いてくれない。起動してはフリーズを繰り返し、ようやくまともに動いたのは9世代めのOSだった。

 さらに問題だったのは設計図で指定されている、アンドロイドが高速移動するためのホイールだった。足首のアクチュエーターとエネルギーシャフトによって非接触接続され、アンドロイドは宙に浮いた状態でホイールだけが回転する。そこまでは突き止めた。だが問題があった。指定している、ホイールに装着するタイヤの素材が不明なのだ。

 データ上の理論値ではそのタイヤは、路面温度30℃のアスファル卜を連続で1000km走破できるらしかった。だが、どれほど高品位な配合のコンパウンドを用いても、60から100km程度の走行ですぐにグリップは低下する。いったいどんな素材を使えばいいのか。

 悩んだ末、エンジニア達は次善の策をとった。保たないなら、ダメになったそばから交換すればいい。かくしてソフト、ミディアム、ハードのコンパウンドが開発され、またウェット用のインターミディエイト、フルウェット用のレインタイヤも開発された。


 ようやく正式にロールアウトされたシルバーストンは、タイヤ交換のプロセスを何度も何度もクルー達と一緒に練習し、最初は21秒もかかっていた交換を、6秒以内に完了できるようになった。そして、なかば遭遇戦に近いかたちで、初のエアリオとの戦闘を迎える。

 実戦でのシルバーストンの挙動は、シミュレーターの予測とは大きくかけ離れたものだったが、シルバーストン自身の判断に委ねることで、エアリオの俊敏な動きにどうにか追従でき、最後はごり押しのような形であまりスマートとは言えなかったが、エアリオのコアを破壊し、消滅させる事に成功したのだった。

 

 ◇


「稼働している時、あなた達の胸には謎のラインパターンが浮かび上がる。まるで、地上絵のような」

 オールドウェイ博士に促され、鈴鹿は自らの胸に光のパターンを浮かび上がらせた。それは8の字を変形させたような、奇妙なパターンだった。電子回路のパターンにも似ていることから、アンドロイドの総称が”サーキットロイド”と定められた。

「コアユニットごとに、あなた達には名前が冠されていた。あなたの名前は、”SUZUKA”。それが、いったい何に由来する名前なのかはわからない。あなたの場合、かつて”東洋”と呼ばれたエリアに由来する可能性がある、と地理の研究家は言っていたけれど」

 人類文明はエアリオの侵略、その前には人類どうしの争いで、徹底的に破壊されてしまった。たかだか数百年前の記録が、もうすでにほとんど残されていないのだ。稀に映像や画像、音声の記録媒体が発見される事はあるが、ほとんどは経年劣化などで復元が不可能である。

「シルバーストン、ラグナ・セカ、モンツァ、キャラミ、ハンガロリンク、モンテカルロ…あなた達の名前の由来はわからない。けれど、おそらくその紋様と関係があるのだとは思う。けれど、最大の謎はそこじゃないわ」

 鈴鹿のコンディションを再度入念にチェックし、博士は鈴鹿に向き直った。

「あなた達が、なぜエアリオに対抗できるのか。そして、その対抗手段がなぜ、辺ぴな古いシェルターに秘匿されていたのか」

 博士は、ディスプレイにコアユニットの立体映像を映し出す。まだ未解明の部分が多く、なぜ動作しているのかさえわかっていない。博士はあきらめたように微笑んだ。

「けれど、今はそんな謎なんてどうでもいいわ。あなたがこうして目覚めてくれた事、それだけで私たちは報われた気分」

「ええ、本当に」

 マリアが、横たわった鈴鹿に手を差し出した。鈴鹿は反応に困ったように見えたが、すぐに同じように手を伸ばす。マリアは微笑んでその手を取った。

「よろしくね、鈴鹿。あなた達…特にあなたには謎が多いようだけれど、ここにいる全員が仲間よ」

「仲間…」

 鈴鹿は、どう反応すればいいのかわからない様子で、微笑みとも困惑ともつかない表情だったが、マリアとオールドウェイの目を見据え、凛とした声で応えた。

「よろしくお願いいたします」

 それが、鈴鹿が正式にシェルター2160の一員として迎えられた瞬間だった。

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