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プラクティス -プロローグ-

 くすんだ青い空と乾いた大地の間を、一陣の風が吹き抜け、土や岩を巻き上げた。


「行ったよ!左にターンした!」


 張りのある少女の声が固い地面と岩山に反響し、二つの人影が駆け抜ける。


 人影はいずれも、表面にプリント基板のような幾何学模様が走るドレスをまとい、機械的なヘッドセットを装着した少女だった。胴体の前面には、あたかもレーシングサーキットのような紋様が、半立体的に浮き出している。

 奇妙なのは、その足元である。足は地面から浮いており、その両サイドに一輪ずつ、足首とビームシャフトでホイールが非接触結合された、太いタイヤが大地を蹴っていた。その速度は、駆け抜けるといったものではなかった。


『モンツァ、時速350kmを超えている。タイヤを労われ』

 駆け抜ける真っ赤なドレスの少女のヘッドセットに、どこからか男性の声の通信が入った。モンツァと呼ばれた少女は即座に返答する。

「だったら、保つタイヤを用意してよ!」

『タイヤを労わる走り方をマスターしてから言うんだな。隣のシルバーストンのように』

「ふんだ」

 モンツァは、長い黒髪をなびかせて右後ろを走る少女をチラリと見る。銀色の長髪を同じようになびかせ、モスグリーンのドレスをまとうシルバーストンと呼ばれた少女は、モンツァには目もくれず前方を見た。

「ピットへ。目標の速度はこのセクションで我々をコンマ2秒離しています。回生システムの使用許可をください」

『わかった。ただしリミットは、計算によれば12秒が限界だ』

「了解」

『モンツァ、ここはおとなしくシルバーストンに譲れ。タイヤ温度が――――』

 通信の男性が言い終わる前に、モンツァとシルバーストンは同時に叫んだ。


「「回生ブースト!!!」」


 二人のドレスや肌の表面に、電子回路のような光のパターンが走る。すると、タイヤのホイールに同じ光のエネルギーが供給され、タイヤの回転数が増大した。

 モンツァは一瞬で時速380kmを超え、シルバーストンを大きく引き離して前進した。すると、眼前の風が、徐々に不気味な形を取っていった。人の形をした渦巻く黒い風、とでも言えばいいだろうか。


 二人に通信が入る。

『エアリオの視覚データを確認。人間型だ。頭部か胸部を狙え、一撃で決めろ』

「わかってるよ!」

 モンツァは、右拳に意識を集中させる。強大な空力のエネルギーが、その拳の周囲に発生した。後方では、同じようにシルバーストンが拳を構えている。

「悪いわね、シルバーストン。あたしがもらう!!」

 モンツァが拳を思い切り引いて、エアリオと呼ばれた黒い人型に接近したその時だった。

「うわっ!」

 モンツァの左タイヤが、熱に耐えきれず表面に火ぶくれを起こし、グリップを失ってスピンする。

「わわわー!!」

 見事に一回転して、どうにか姿勢を元に戻したモンツァだったが、その脇を颯爽とシルバーストンが駆け抜けて行った。シルバーストンは無言で、その拳をエアリオの胸に叩き込む。

 シルバーストンの拳を背中から胸に受けたエアリオの人型は、拳から弾けた空力エネルギーによって一瞬で弾けてしまった。


「目標の消滅を確認しました」

『グッジョブ、シルバーストン。ピットに戻れ。話を聞かないお転婆も一緒にな』

「了解」

 ゆっくりとシルバーストンのタイヤが停止し、ようやく足が地面を踏んだ。腕を組んで後ろを振り向くと、ブリスターができたタイヤで、よろよろとモンツァが近寄ってくる。

「ピットの指示には従う事です」

 シルバーストンは、呆れたような目でモンツァを見る。モンツァは、悔しさを隠さずにシルバーストンを見た。

「だからハードタイヤで出るって言ったんだ」

「言い訳ですね。私もあなたと同じミディアムタイヤですよ」

「ふんだ」

「さあ、無駄話をするのはやめて戻りましょう。ブリスターが出てます、速度は抑えてくださいね」

 仏頂面でプイとそっぽを向くモンツァに、シルバーストンはくすりと笑って、再びタイヤを始動させた。



 荒れ果てた岩場の中に、岩で偽装された地下への通路があった。その通路を降りてしばらく走行すると、片側に多数のガレージが連なった、長い直線通路が現れる。ガレージの前では、ヘルメットを装着したクルー達がシルバーストン達の帰投を待っていた。

 ふたつのガレージのそれぞれに、シルバーストンとモンツァは停止した。クルーは素早くタイヤを回収し、頭部のヘッドセットを取り外す。二人はその後、ガレージ内のポッドのシートに納まった。シートを一人のクルーが覗き込んで質問する。

「シルバーストン、ブレーキシステムに軽微な不具合を確認した。新パーツのテストも兼ねて、2時間後から交換作業に入る」

「了解しました」

「交換作業のため、腰から下は一度解体する。アップデートの所要時間は6時間を見ている。個人的な用事があるなら、今のうちに済ませてきてくれ」

「了解」

 シルバーストンの目の前に掲示されたモニターには、彼女の全身のコンディションを示す数値が表示されていた。左足首のアクチュエーターに若干の負荷がかかっている以外は、全体として良好である。

「ようやく、君たちアンドロイドの設計思想というものがわかってきたよ。まだ謎は多いんだがね。これからは、少なくとも今までよりはスムーズに対処ができると思う」

「それは良かったです」

「ああ。それじゃ、二時間後にナンシーの所へ行ってくれ」

「わかりました。失礼します」

 そう言うと、シルバーストンはガレージの奥へと歩いて行った。モンツァがメカニックと何やら言い合っているのが聞こえる。おおかた、さっきのスピンで骨格を支えるアームか何かに歪みでも出たのだろう。


 シルバーストンは、自分用の部屋に戻るとコンピューターの前に座った。自身の記憶装置にメッセージが届いているので、それをディスプレイに表示する。


『ごめん、ちょっと派手にクラッシュして首がもげた。心配かけるなってめちゃくちゃ叱られた。パーツできてないから、しばらく動けない。なんかあったら申し訳ないけど、よろしくお願いします/モンテカルロ』


 シルバーストンは笑う。

「あの子はピーキーだからなあ」

 ドサリとベッドに身体を投げ出す。天井を見ながら、自分達の戦いについて考えた。


 便宜上、現在も使われている暦でいうと、今は西暦2583年になる。そして明確な時期は不明だが、おおよそ60年ほど前、この地球上に突如として、ガス状の生命体「エアリオ」が出現した。姿が見えず、その実態を捉える事ができないため、人類の通常兵器では倒す事ができない。人類にできる事は、逃げる事だけだった。

 やがて地上はエアリオの侵略によって文明も自然も関係なく破壊され、数多くの生命が地上から姿を消した。人類の大半は、本来は核戦争を想定して造られた世界各地の地下シェルターに逃げ込み、すでに地底が人類の世界だった。人類の総数はすでに把握できておらず、推定では世界で15億人程度ではないかとされている。


 エアリオの正体は今なお不明だ。シルバーストンは、そのエアリオに対抗するために造られた最初の戦闘用アンドロイドである。その設計図は誰が造ったのかわからない、ブラックボックスに保存されていたという。

 なぜ、自分達は設計されたのか。自分自身のメモリーにアクセスを試みても、その情報は得られない。シルバーストンは真面目な性格なので、任務に関係ないことを必要以上に考える事はなかったが、一人になった時にふと、それを考えてしまう。モヤモヤした気持ちを振り払うため、立ち上がって部屋を出る事にした。



 休憩ルームで機体コンディション調整ドリンクを飲んだあと、シルバーストンは各種開発が行われる、ファクトリーを訪れた。このシェルターにいる人間はほとんどが、彼女たちアンドロイド関連の開発者やメカニック、作戦司令チームなどの人間である。

 シルバーストンは新兵器などを開発している部屋などを通り抜け、ファクトリーの奥にある人気のない部屋にやって来た。明りもついていない部屋の左奥に、押し込められるように一つのアンドロイド用ポッドが置かれていた。システム維持用の電源は入っているが、誰も触れる様子がない。


 ゆっくり近づくと、ポッドのガラス扉の中を覗く。そこには、ほとんど赤に近いピンク色の長髪のアンドロイドが、顔以外は外観用コーティングも施されないままの、黒いフレームの裸身で横たわっていた。

「……」

 シルバーストンは彼女の顔を見る。自分達よりもやや彫りが浅いが、美しい顔だ。しかし、目覚める様子はない。

「また来たのね」

 背後から女性の声がする。振り向くと、白衣をまとった人間の女性が立っていた。

「すみません、オールドウェイ博士」

「別に、入ってはいけないわけではないわ」

 言いながら、オールドウェイと呼ばれたまだ若い女性は、ポッドに歩み寄る。

「なぜ、彼女は目覚めないのですか」

 シルバーストンは、ガラスの中にいる美しいアンドロイドの顔を見ながら訊ねた。

「私達にもわからない。システムの基本じたいはあなた達、ほかのサーキットロイドと変わらないのだけれど」

「起動プロセスは試したんですよね」

「もう、スタッフ全員がエラーメッセージを一字一句まで完璧に暗唱できるくらい、何度もね。でも、彼女は目覚めてくれない」

 寂しそうに微笑みながら、オールドウェイは呟く。

「彼女のポテンシャルはどれくらいなんですか」

「私のカンで言っていいの?」

「かまいません」

 すると、オールドウェイ博士は一呼吸おいて、シルバーストンに向き直った。

「最低でも、あなたに匹敵するのは間違いない」

「……」

「でも、起動しないんじゃ評価のしようがないわ。もはや、目覚めるのかどうかは、神のみぞ知る…私たちの手で造ったつもりだけど、あの設計図は神によって造られたのではないかと、今では思うほど」

 自分が開発を主導したサーキットロイドの姿を見ながら、オールドウェイ博士は感嘆するように言った。

「いつ目覚めるのかしらね」

 博士がポッドの操作パネルに触れると、基本データがそこに表示された。


「形式番号:J-1962 機体名:SUZUKA」


 ファクトリーの奥で、ひっそりとスズカは眠っていた。

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