敵国へさらわれた聖女は、自分の幸せの為に生きる事に気が付く物語。
マリアーゼは聖女の力を持っていた。
このリュウト王国へ豊穣をもたらす力。それがマリアーゼの力である。
神殿に閉じ込められて、いつも狭い部屋の中で祈りを捧げていた。
― どうか…今年も実りが良く、人々が飢えずにすみますように… ―
毎日毎日、祈りを捧げていた。
まだ歳は16歳。
髪は茶色で肩まで垂らし、痩せこけている少女だった。
住んでいた村から聖女の星形の印が額に現れたからと、両親に引き離されて強引に連れて来られて。
悲しかった。
大好きな両親から引き離されて…もっともっと両親と共にいたかった。
国の為だからと…偉い神殿の神官長様から命令を受け、拒否なんて出来るはずもない。
神殿に籠り、祈りの間でひたすら、祈り続ける日々。
何も疑問も感じなかった。自分が祈れば、国民は飢えずにすむのだ。
「そなたが祈ってくれるから、私達、王国民は助かっているのだ。有難う。」
神官長の息子であるアルレイドはいつもマリアーゼに感謝を伝えてくれる。
彼がマリアーゼを毎日、部屋から祈りの間へ連れて行ってくれるのだ。
廊下を共に歩く彼との会話が唯一、マリアーゼの楽しみだった。
もう、一年以上、外へ出た事はない。
食事はそれなりの物を食べさせてもらっているけれども、お菓子とか、贅沢品だと言われて…村にいた時は両親が街から買ってきてくれる焼き菓子が楽しみで仕方なかった。
甘い物が食べたい…
外へ出て思いっきり遊びたい。
祈ってばかりいて、毎日毎日…辛くて仕方がない。
今日も廊下を共に歩くアルレイドに話しかけてみる。
彼と会話をする時間だけが幸せで…
「アルレイド様。外はどのような風になっていますの?季節は春だったかしら。最近、とても過ごしやすくなってきたわ。」
「そうだね。季節は春だよ。マリアーゼにも外で花を見せてあげたいのだけれども、神殿の規則でそれは出来ない。ただ、聖女の任は10年だ。10年我慢してくれれば、きっと外へ出られるから。」
「10年…ここへ来て1年くらいかしら。後9年ね。」
聖女の任を終えた女性は、力を使い果たし痩せこけて、寝たきりになるという。
辛かった…自分の人生は国の為にあるのだ。
涙がこぼれる。
アルレイドはマリアーゼを優しく抱きしめて。
「耐えておくれ。マリアーゼの頑張りのお陰で、国民が笑顔で暮らしていけるのだ。」
「解っておりますわ。」
「ただ…隣国と戦中でね…マリアーゼがせっかく頑張ってくれているのに、戦に負けたら、この国はどうなることか。」
一年程前から隣国エフェル帝国へ、リュウト王国は何度も攻め込んでいた。
エフェル帝国は鉱物資源が豊富でとても潤っている国だから、リュウト王国の国王はそんなエフェル帝国の資源を欲しがっていたのだ。
特に国境付近にあるエフェル帝国の鉱山資源は豊かで、リュウト王国はそれを狙っていた。
一進一退。戦況はどちらが有利とも言えず、今でも国境で小競り合いが続いている。
マリアーゼはアルレイドの顔を見つめた。
金の髪に整った顔をしたアルレイド。
神官長の息子で、いずれ神官長になり、神殿の権力を一手に握るだろう。
とても優しくて…マリアーゼはアルレイドに恋をしていた。
叶わぬ恋。
自分はいずれ、聖女の役目を終えて、寝たきりになるのだ。
アルレイドがマリアーゼに口づけをしてきた。
ただ…ただ…アルレイドの為に、役に立っている事が嬉しかった。
そんなとある日、いつもの通り、祈りの間で、祈りを捧げていたマリアーゼ。
ふいに空間が歪んで一人の男が現れた。
頭に羊のような角が生えていて明らかに異質の存在である。
「貴方は誰っ?ひっ…」
彼の恐ろしい姿を見ていたら、目の前が暗くなり、マリアーゼは何も解らなくなった。
目が覚めたら、恐ろしい異質の存在が部屋にいた。
マリアーゼは思わず悲鳴をあげる。
「きゃぁっ…ここはどこ?貴方は誰?」
異質の存在が、口端を歪めてニヤリと笑い、
「ようこそ、エフェル帝国へ。聖女様。」
「私はさらわれてきたのね…」
「まぁね。我が帝国だって、聖女様の豊穣の力は欲しい。だが、驚いた。生命力を削っているとはね。」
「生命力を削る?」
「ああそうだ。このまま力を放出すれば、長生き出来ないだろうな。」
そう言うと、異質の者は立ち上がり、
「俺の名はゼイム。もっと我儘に生きてみるがいい。」
「え?貴方はエフェル帝国の何?」
「俺か?俺はエフェル帝国を影で操る者…魔族だ。」
「ひっ…魔族っ??」
「そうだ。自分自身の為に生きてみるがいい。エフェル帝国の為でなく、増してやリュウト王国の為でも無く、いいな。」
「それでいいのですか?貴方はエフェル帝国の…」
「構わない。一人の女の涙の上に成り立つ豊穣なんてあってなるものか。」
ゼイムはこの国のマレイド皇帝を影で操る悪い魔族だった。
マレイド皇帝はゼイムの言いなりで、そんな悪い魔族は、マリアーゼを傍に置いて、祈れとも命じる訳でもなく…
ただ、自分の街外れの古びた屋敷にマリアーゼを住まわせて。
時々、マリアーゼを連れて街へ出かけた。
何故、自分を連れて街へ出るのか解らない。
緊張してゼイムの後を付いて歩くマリアーゼ。
帝国の街を見て驚いた。
帝国全体は潤っているはずなのに。
鉱物が沢山取れると聞いた事がある。
だが、帝国民は貧しく皆、貧乏だった。
路地で寝転がり、飢え死にを待つ人々。
マリアーゼはゼイムに聞いてみる。
「豊穣の力を持ってすれば、こういう人達を助ける事は出来るの?」
ゼイムは首を振り、
「帝国の貴族達が豊穣の力で手に入れた富を独占するから、無理だろうな。」
マリアーゼはゼイムに頼んだ。
「私はこの人達を助けたい。」
「そうだな。炊き出しかな…直接、炊き出しをして、ご飯をやる。
皇帝にそのような法律を作らせて、炊き出しをやろう。」
「悪い貴族達を排除する事は出来ないの?」
「彼らは力が強いから、皇帝の力でも無理だろうよ。」
炊き出しが決まると、マリアーゼは人々と共に炊き出しを行い、飢え死にしそうな人達にご飯を配る。
皆、涙を流して喜んでご飯を食べた。
一人でも多くの人達を助けたい。
マリアーゼの身体が金色の輝く。
ゼイムが驚いたようにマリアーゼに向かって、
「真の聖女の力が目覚めたようだ。なんて事だ。帝国全体が聖女の力で満ち溢れている。」
「私は生命力を削っているの?」
「いや、違う。マリアーゼが心から願ったからこそ、豊穣の力が溢れ出ているのだ。」
そうだった。今までは義務で祈っていた。
でも。苦しむ人々を見て、本当に助けたいと思った。
だから…力が目覚めた。
私は飢える人々を助けたい。
もしかして…リュウト王国の過去の聖女様達も、ちゃんと飢える人々を見せて、やるべき事を教えてあげれば、きっと…生命力を削って寝たきりにならなくてもすんだかもしれない。寝たきり?もしかしたら命を落としている元聖女もいるかもしれないのだ。
ゼイムは悪い魔族だ。影から皇帝すら操る魔族だ。
でも、自分に現状を見せてくれて、教えてくれた。
「有難う。ゼイム。貴方、悪い人じゃないわ。」
「そうか?俺は悪い魔族だがな。」
ニヤリと笑うゼイム。
ゼイムも炊き出しを何だかんだと手伝ってくれる。
実はとてもイイ魔族なのだ。
外の空気は気持ちがいい。
季節はいつの間にか夏になっていた。
炊き出しも、とても暑くて汗が出るけれども、身体を動かして人の役に立つ事は素晴らしい。
ゼイムは普段、人間に化けていて、今は見かけはその辺にいる兄さんだ。
とある日、屋台で売っている安物の花飾りを買ってくれて、髪につけてくれた。
「可愛いもんだ。さらって来た時は、ガリガリに痩せていたのに、今はすっかり健康的になったな。」
「ご飯が美味しいからよ。有難う。ゼイム。私をさらってくれて。」
「礼を言われてしまった。」
「それに、お花もくれて嬉しいわ。」
「これは安物なんだけどな。皇帝に言ってもっと高い花飾りをやろうか?」
「高い花飾りなんていらない。これがいいわ。」
その時、空間が裂けて、一人の男が現れた。
その男を見て、驚いた。
アルレイドだ。リュウト王国で唯一、自分を慰め励ましてくれたアルレイドである。
「アルレイドっ。」
「やっと空間が繋がった。助けに来た。さぁ帰ろう。」
大好きだったアルレイド。
彼の事は時々思い出していた。彼といる時間だけがあの辛い日々の中で幸せだったのだ。
そして、自分を助けに来てくれた。
アルレイドは手を差し出して、
「リュウト王国民は君を待っている。どうか、豊穣の力で救ってほしい。」
ゼイムの方を見つめる。
私はどうしたいの?私は…
ゼイムは言ってくれた。
「選ぶのはマリアーゼ。お前だ。ただ、俺は思う。お前自身を犠牲にしないでくれ。他人の幸せより、まず自分の幸せを考えるんだ。」
アルレイドは叫んだ。
「聖女が国民の為に身を捧げるのは当然の事だ。私はそんな宿命のマリアーゼを精一杯慰めて来た。好きだ。マリアーゼ。一緒に帰ろう。」
マリアーゼは二人に向かって宣言する。
「アルレイド様。私を慰めて支えてくれて有難う。でも。私は辛かった。削られていく命…外の季節も解らない。両親と引き離されて閉じ込められて、いずれは死んでいくのよ。」
アルレイドは真剣な口調で、
「当然じゃないか。それが聖女の役割だ。」
「違うのっーー。解っている。沢山の人達の命と私の命とどちらが大事かって。でも、私だってお菓子が食べたい。外へ出たい。お日様に当たりたい。生きたいの。」
ゼイムに抱き着いて、
「私はゼイムと出会って気が付いた。私は自分の幸せを諦めたくない。愛しているわ。ゼイム。貴方が何者であろうとも。ずっと傍にいたいの。私を離さないで。」
ゼイムは優しく髪を撫でてくれた。
「俺も愛しているよ。マリアーゼ。いつの間にか、お前の事を好きになってしまった。
ずっと傍にいておくれ。」
アルレイドはがっくりしたように、肩を落として。
「私は間違っていたようだ。確かに、マリアーゼだって幸せになりたいだろう。すまなかった。」
頭を下げる。
マリアーゼはアルレイドを見つめて、
「アルレイド様にはアルレイド様の立場がありますもの。さようなら。そしてごめんなさい。私は帝国に残ります。」
アルレイドは頷いて、
「さようなら。マリアーゼ。本当にすまなかった。幸せになっておくれ。」
彼は姿を消した。
後に、ゼイムはマリアーゼの両親を探し出してくれて、帝国へ呼び寄せてくれた。
ゼイムは悪い魔族である。皇帝を操っているのだから、それでも…
彼と共に今も炊き出しをし、帝国民を救う事に、そして溢れ出る豊穣の力を使って、
沢山の実りをマリアーゼは与え続けて。
後にゼイムとマリアーゼは結婚をした。
彼が魔族だって構わない。だって、マリアーゼは両親と共に暮らせて、ゼイムに愛されてとても幸せなのだから。
今は、可愛い赤ちゃんがお腹の中にいる。
暖かな春の日差しの中で、ゼイムに背後から抱き締められながら、幸せを満喫するマリアーゼであった。