95話
そしてこの足音の主はどういうわけか、確実に自身を認識しているようである。
足音の方向が真っ直ぐ自分に向かっていることからも、それは明らかであるとシュガーは確信している。
使い慣れた銃はなく、用意してきた魔道具もなく、丸腰以外の何者でもないが、幸いにして身体に怪我は負っていない。
(逃げちゃうか)
そう決断して腰を僅かに浮かせたところで、随分と懐かしく感じられる小さな声音が、彼女の耳へとゆっくり届いたのだった。
「……シュガー、いる?」
声に次いで、暗闇を切り裂いたのは鋭いばかりの紅い眼光であった。
それは紛れもなく彼女の愛しい弟分の持つ眼の光であることは疑いない。
その魔眼の持ち主のお蔭で、今のシュガーはここに存在できているためだ。
「ソルトくん! 来てくれたんだね!」
草むらから姿を現したソルトの声に向かってシュガーは駆け寄り、体勢を考えずにそのまま飛びつき、抱き着いた。
彼は思わぬ不意打ちを食らって、彼女と共に落ち葉の布団へと倒れ込む。
文句を言おうと口を開きかけたソルトだが、目の前に輝かんばかりの笑みを浮かべる彼女の姿を認めて、反射的に口を閉ざした。




