94話
もっとも、明るい声で自身を鼓舞しなければ不安になってしまうという意識も、多少は働いていただろうけれども。
唯一の懸念としては、件の魔物に遭遇することであるが、こればかりは遭わないことを祈るしかない。
血の臭いや唸り声である程度察知することはできるだろうが、見つかってしまえばおしまいなのだ。
ともあれ、今のところは気配を消してこの場で大人しく待機していることが最善であると、巨大な魔物が現れた際の混乱から立ち直った彼女は判断したのである。
自身の気配を消し、音も立てずに潜んでいれば、自然に存在している者たちの微かな息吹が聞こえてくる。
その呼吸は音にも満たぬものではあれど、感覚野に届くか届かないかといったところで心地よさを生み出し、だけでなく、剣呑な魔物の気配が近くにはないことを明確に示してくれている。
もし件の魔物が近くにいたなら、森はもっと生なき静寂に囚われていたであろうから。
生物の鼓動を感じ取って落ち着いていた彼女の耳に、草むらに分け入り、落ち葉を踏むような雑音が響いてきた。
一際大きなその音は、明らかに動物が立てている音である。
(魔物……じゃないね)
しかし敵ではない、という可能性は低いだろうとシュガーは思う。
なにせ、ここは人が滅多に立ち寄らぬ森である。
第二部隊のような冒険者たちならともかく、並の人間が立ち入れるような場所ではない。




