9話
「……まあ、こうして無事でしたから。頭を上げてください」
「いや、ほんとにごめんなさい。
お詫びってわけでもないけど、猪の処理は任せてくださ――」
頭を上げている途中で、少女は言葉を止めてソルトの顔をじっと見始めた。
「んん?」
そして再び遠慮も容赦もなく、彼の頭や身体をペタペタと触り始めた。
フードを外し、髪の毛を梳き、掛けていた眼鏡も取り外す。
睨むような彼の紅い眼をじっくりと注視しながら背の高さを測ったり、脇の下に手を差し入れて身体を持ち上げたりしている。
「……あの?」
困惑を隠せないソルトの声を聞いて、少女はようやく合点がいったらしい。
喜色を交えた笑いを上げつつ、少女は彼の頭をポンポンと軽く叩いた。
「君、ソルトでしょ?
昔と全然変わってないから驚いたよ!
背もほとんど伸びてない!
声すら変わってないとは思わなかった!
髪はすっごい伸びて跳ねてて、少し可愛くなってるけど!」
「……君、誰?」
「あれ? 忘れちゃった? 私だよ、わ・た・し!」
少女はゴーグルを外し、頭を覆っていたメットを取った。
炎のような赤い髪が一瞬舞うように広がり、すぐに白い首元へと毛先を揃える。
短めの前髪の下では、澄み切った清水のような色を湛えた碧眼がソルトの紅眼を懐かしむように見つめている。
顔貌のパーツは小さく綺麗に整っていて、美人と評される類の人間だ。
「ああ、シュガー姉さんだったのか……」
「そう! 私の正体は、君の姉貴分のシュガー姉さんだったのだよ!」
シュガーは朗らかな笑みを浮かべながら、ソルトの顔を見下ろした。
その太陽のように明るく眩しい表情は、彼の脳裏に幼い日々の記憶を呼び起こしてゆく。
押されて転んで水たまりに飛び込んで泣いたところを笑われたり、服と背中の間にカエルを放り込まれたり、野生の毒キノコを共に食べて笑い死にそうになったり……。
(……うん、ロクでもない思い出ばっかりだな)
しかしそれでも、懐かしいものだとソルトは思う。
長じてからは道を分かち、彼は村を出て、彼女は村に残ったのだ。
村を出てからはもっぱら知識と技術を吸収することに専念していた彼であるから、故郷から月に二、三度くる便りに目を通す暇も無かったが、どうやら彼女は立派に仕事を獲得し、彼女なりに職分を果たしているらしい。
(仕事に就けなかった僕とは大違いだな……)
自身と相手の社会的立場を鑑みて、ソルトは静かに肩を落とした。
「ん? 久しぶりの再会なのに元気ないね? どしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「そう?」