87話
けれども、ソルトは利益のためならば悪魔に魂を売りつけるほどの強欲とは縁の薄い人間であった。
その存在も彼にその種の悪意がないことを見抜いたのだろう。
恐怖や怯え、警戒といった様子を少しも見せることはなく、むしろ人間に対する好奇心をその瞳に輝かせている。
元気の有り余る子供のように、その存在はソルトの周りをぐるぐると回って飛翔した。
そしてやにわに彼の顔の前で姿勢を止めると、物珍しげな顔をして、その小さな口から感嘆の意を吐いたのだ。
『どうやら、本当にわたしがみえるみたいね』
「そうだね」
『その魔眼のおかげかしら。ちょっと、わたしにゆずってくれない?』
「それは困るかな」
『そっか、ちょっと残念』
言葉の割には少しも残念そうな素振りを見せず、その存在は声も出さずに軽く笑った。
そんな存在を前にして、しかしソルトは真面目であった。
真面目で真摯に接しなければ、たちまちのうちに去ってしまうだろうという直感が、彼に働きかけていたためである。
それに、冗談が通じそうな相手にも見えない。
「ところで、精霊さん」
『なあに?』
「これの持ち主を知らないかな」
そう言ってソルトが差し出したのは、シュガーが落としたであろうお守りの魔道具であった。
自身の身長より僅かに劣るほどの大きさのそれを、精霊はほうほうと頷きながら、ゆっくりと手を伸ばした。
「――!」
精霊がお守りに手を触れる瞬間、ソルトは咄嗟にお守りから手を離す。
危険を察知した生存本能における、無意識的且つ反射的な反応であった。




