85話
窪地から離れて、ソルトは再び歩みを開始した。
その足取りは、心に巣食っていた不安が幾らか和らげられたためか、僅かに軽い。
足元すら見えぬ深い闇に惑うことなく、光明無き道を苦と思うこともなく、信号の発する元へと向かってゆく。
しかしそれほど経たぬ間に、彼の足は思わぬところで一旦の休止を余儀なくされた。
「……これは、ちょっと困ったな」
彼は足元を見、落ち葉の群れと戯れているそれを拾い上げ、困ったように小首を傾げた。
ソルトが拾ったそれこそシュガーに渡したはずのお守りであり、実のところ、お守りを模した魔道具だったからである。
シュガーがこの場に訪れたことは間違いない。
しかしこの先いずれの方向へ進んだのか、手がかりを失ったソルトに知る術はなくなった。
かといって、ここまできて引き返すという選択など、一人で飛び出してきた彼が認めるはずもない。
「……仕方ない、緊急時だしね」
気の乗らなそうな口調で独りごちた彼は、掛けていた眼鏡をそっと顔から外して腰元の袋に仕舞い込み、その可愛げのない風貌を夜の風に晒した。
そこで一際目に引くのは、彼の紅い瞳である。
その眼は光差さぬ闇の中において、鮮烈なほどの紅い閃光を湛えており、周囲の状態を観察するかの如く、鋭い煌めきを見せている。
ソルトは闇を見通すその眼によって辺りをあちこち見ていたが、やがてすぐ側にある草むらの一点に目を留めた。
注視するように目を細め、けれども強まる輝きは、そこに存在している何者かを見出したのだ。
「……ねえ、君。その草むらに宿っている君のことだよ」




