66話
五メートルにも及ぶ巨体の、生物としての生存本能がその絶叫を上げさせた。
光の下で行われているその戦いは、英雄の伝記によって語られるような、誰もが憧れる戦いではない。
血を流し、涙を枯らし、息を乱して苦悶に呻き、それでもなお生の温かみにしがみつかんとする、死の冷たさから逃れんとする、数多の生物たちが行ってきた生存競争の再現図である。
キーリの放った有効打をさらに繋げようとしたものの、しかしロアはかろうじて追撃を踏み留まり、だけではなく、その場から一歩後退した。
直感に従って後退していなければ、彼女は地面の土ごと裂き殺されていただろう。
濃厚な死を纏った紫爪の空刃が、彼女の立っていた足場をごっそりと抉り取っていた。
「くっ……なかなか厄介ですね……」
「焦らないで、ロア。私たちは確実に、こいつを追い詰めている」
「そう、ですね……!」
燦然と照り輝く光球の下にて、キーリは強気な笑みを浮かべてみせた。
ロアもまた、彼女の笑みに乗っかるように、気丈な笑みを浮かべてみせる。
二人は互いに、これからが正念場であるということをその戦いの経験から、感覚的に理解していた。
なるほど、確かに目の前の魔物は大きく傷ついている。
作戦が通じ、攻撃が通じて、少なくない血を流させている。
しかしそれらの事柄は「だからどうした」という一言で、一蹴される程度のものでしかないのだ。
魔物はまだ意気軒昂としており、むしろ戦闘開始前よりも戦意が旺盛になっているほどだ。
血液が体外に流れ出ることにより、頭に上っていた血もやや収まってきている頃だろう。
これからは、単純な戦術や生半可な小細工は通用しない。
その確信が二人には、いや、後衛に位置する二人の冒険者にもある。
今やブラックグリズリーの金眼に宿っているものは、当初に見られた憤激や怯懦などという負の感情ではなく、怜悧な知性と平静な沈着であった。
どちらを狙い、どう攻撃し、どうやって生き延びるか、生存するために必要な思考を持った、理性の光であったのだ。




