60話
第二部隊のリーダーであるキーリは報告を終えた通信機を腰に差し込むと、進行方向上の様子を窺っているロアに尋ねた。
「標的の様子はどう?」
「幸い、まだこちらには気づいていないようです」
ゴーグルを装着しているロアは、その外周についている目盛りをゆっくりと調整し、視界の明度を確保してゆく。
彼女の掛けているゴーグルの形をしたそれもまた、魔道具である。
対象との距離が離れていても、注ぎ込んだ魔力の量によって見える距離が伸びるという代物だ。
加えて、ソルトの改造によって熱源分布による暗闇での視界確保の効果も付与されているため、暗い森であっても視野の狭さに悩まされることはない。
「しかし……確かに闇と同化してるわね、あれは」
キーリ自身もロアと同じゴーグルを取り出すと、討伐目標の様子を観察しながら呆れたような息をついた。
討伐目標の魔物はギルドマスターの推測した通り、ブラックグリズリーの成体であった。
その毛皮は闇そのものであるかのように黒く、光を反射することがない。
それはひとえに、毛皮に纏っている魔力の性質であると言われているが、性質などといった抽象的な説明ではなく、科学のメスで切り開くことのできた研究者は未だにいないのが現状である。
その眼は闇を切り開くような黄金の輝きで、これ以上なく美しい素材として珍重されていたものである。
闇の中でその輝きを直視した者は、よほどの腕を持っていない限り、死を迎えることになるだろうと畏れられていたものだった。
かつては【闇の暗殺者】という二つ名で呼ばれ、中級以下の冒険者からは忌避されていた魔物であるが、闇に紛れることがなければ大型の熊を相手にするのとそれほど遜色は無い。
視界の利かぬ闇の中で戦うという状況になった場合、上級冒険者でも難儀する魔物である。
しかし魔道具が一般に普及してからというもの、ブラックグリズリーの脅威が大いに減じたことは確かであった。
なにせ、闇夜で視界を確保できる優秀な魔道具が、一般市場で取り引きされているのである。
【闇の暗殺者】という二つ名もいつしか廃れ、今ではただの中級難易度に位置する大型魔物として、極々普通に警戒されるに至っている。
「キーリ、準備できた」
「大丈夫?」
「おお、ばっちりだぞ」
メロが頷き、ロンが笑い、そしてキーリは苦笑した。
この双子、どうにも緊張感という性質を欠いた人間であるらしい。
実際に魔物の姿を確認しても感嘆の声を上げるばかりで、恐怖や脅威といったものを感じている様子は無い。
それどころか嬉々としている有様で、どうやって倒すか、無力化するか、といった相談を笑顔でする異常者である。
(まあ、頼もしいっちゃ頼もしいけどね)
後方支援の双子であるが、その支援は的確で、タイミングも内容も、文句のつけようがないものであった。
場合によっては前にも出てくることがあり、前衛の窮地を救ったことも二度や三度で済まなかったほどだ。




