6話
山麓の町の宿に泊まって翌朝、ソルトは山登りの準備を始めていた。
とはいえ、山の中腹に村があるので、それほどの準備が必要となるわけでもない。
自動二輪車は昨日の内に配送ギルドに返却し終えているし、土産は期待していないと言われているから持ち物の心配も無い。
体に不調は無いか、忘れ物は無いかなど、そういった簡単な確認程度のものである。
「特に問題はなし。行くか」
山麓の町からさらに南に十分ほど歩くと、小さな山の登山道に着く。
その山は、特に名前を付けて呼ばれるほどに特徴のある山ではない。
標高もそれほどなく、遭難者も出したことはない。
極々稀に山篭りする変わり者がやってくることはあるが、凶悪な魔物などは生息していないため、すぐに他の山へと移ってゆく。
割と、穏やかな山である。
朝食を軽めで済ませたソルトは、何の気負いも持たずにさくさく山へと踏み入っていく。
村人が麓へと往来するためか、道の出来は悪くない。
とはいえ、獣道より大分マシと言った程度で、足を取られて転びそうになる凸凹が幾らもある。
勾配はそれほどきつくはないが、自分の足で距離を歩くという習慣を怠ってしまうズボラな学校生活を送っていたから、ソルトにとっては結構きつい道程だ。
(だから田舎は困るんだよなぁ……体力が無いとやっていけないから……)
胸中で愚痴を吐きつつ登っていたが、呼吸が苦しくなってきた辺りで彼は休憩を取ることを決断したのだろう。
道筋から少し外れた木の根に向かい、ローブが汚れるのも構わずそのまま地べたに座り込んだ。
「ぐえぇ……きっつい……」
腰に括りつけておいた水筒の中身をぐびぐびと飲みながら、ソルトは体力の無さを痛感する。
(実家に戻っても、肉体労働だけはやりたくないな……)
体力をつけようなどと少しも考えることなく、彼は時間を掛けてゆっくりと呼吸を整える。
急いだところで、誰が待ってるわけでもなし。
慌てたところで、自分が無駄に疲れるだけだ。
そういった考えを持っていたから、ソルトはそのままぼんやりと、枝葉の隙間から射し込んでくる弱々しい陽の光を浴びていた。
(そろそろ出発しようかな……)
立ち上がったソルトが軽く伸びをしたとき、彼は側の草むらがざわりと震えた感覚を得た。