3話
ソルトの通っているトリントル高等魔法学校は高名な魔法使いを幾人も輩出している有名校である。
ゆえに、その名に惹かれて大陸中から入校生が押し寄せる。
遠方から遥々やってくる生徒も多く、敷地内には高層の学生寮が幾棟も建てられていた。
ソルトの部屋は、それら寮棟の内の一つにある。
「これはひどい」
ソルトの部屋は惨状という一言に尽きた。
足の踏み場も無いほどに紙束と本が散らばっている。
様々な光沢を放つ金属塊や水晶玉、加工済みの魔石などが転がっており、勉強机の上も、ベッドの上も同様だ。
足の踏み場もない状態だと言って良い。
これほど物が溢れている部屋では生活することなどできないだろうと思われるほど、部屋は散らかっていた。
事実、ソルトは寮の部屋で生活しておらず、師事していた老教授の研究室にここ数年泊り込んでいたのである。
寮の部屋はもっぱら、資料置き場として有効に活用していたわけである。
掃除も行わず、整理整頓もしないで次々と物を放り込んでいったものだからたまらない。
様々な素材と紙が仲良く居座り、その上に埃を被らせているという有様となっていた。
「ま、引き払うわけだし、良いか。さっさと済ませよう」
ソルトはローブのポケットから手に収まる程度の巾着袋を取り出した。
ローブと同じく黒い色に染められているその袋の表面には、糸で幾何学的な紋様が縫い込まれている。
中には何も入っていないらしく、見事にぺたんと潰れている。
彼は巾着袋の口を開いて前に向け、紋様に向かって言葉を呟いた。
「僕の私物を『吸い込め』」
ソルトが呟いた途端に巾着袋は小さく震え、その口を大きく開いた。
部屋ごと丸呑みにできるほどに巨大化した袋の口は、一気に部屋の全体に口を広げ――。
その瞬間、部屋中の物体を吸い込んでしまった。
風も無く、音も無く、一瞬の間で全てを吸い尽くした巾着袋は、その口を元の大きさに戻して再びソルトの手の平にすっぽりと収まる。
巾着袋の口には紐が結ばれており、袋自体は拳大ほどの大きさになっている。
明らかに部屋中の物を吸い込んでしまったようには見えないが、しかし実際、この袋は部屋の中の物を残らず保管しているのである。
「まあ、こんなもんでしょ」
部屋に残されたのはベッド、クローゼット、本棚、机くらいのものとなった。
それらは彼の私物ではなく、元々備え付けられていたものだったのだろう。
壁や床、天井といった部分は磨いた後にワックスを塗ったかの如くピカピカに輝き、色落ちはしておらず、埃のひとかけらも落ちていない。
とてもではないが、十年以上に渡って使われ続けている部屋とは思えないほどであった。
ひとえにそれは、この部屋に掛かっている魔法の防護によるものである。
物理的劣化などは言うに及ばず、攻性魔法による衝撃も散らしてしまうという触れ込みであったから、なかなか侮れない技術であった。
とはいえ、ある程度の掃除は必要となるはずであったが、長年に渡って蓄積された埃はソルトの私物として巾着袋に吸い込まれてしまったから、新品同様の綺麗な部屋となっている。
床に指を軽く這わせて、汚れが付かないか確認したソルトは、一人で軽く頷いた。
「掃除は……別にしなくて良いかね」
ソルトは巾着袋をローブのポケットに押し込んで、部屋の鍵を手に取ると、そのまま部屋を後にした。
部屋の入口の鍵を二つきっちりと閉めた後、ゆっくりとした足取りで廊下を歩いていく。