2話
互いに相手の優秀さを知っているからこそ、気遣いのない口調による言葉を投げかけるのである。
無論、ときには思いがけず相手の精神にダメージを与えることも幾度かあったものの、幸いにして険悪に陥るほどには至っていない。
今回の件は将来のことにも関わる繊細な案件であるから、ノイルは言葉の矛をさっさと収め、相手を気遣う態度を見せた。
「それはまあ正論だけどさ、限度ってもんがあると思うよ。俺はね」
「まあ、互いの価値観の相違なんかはどうだって良いんだよ。
企業の見る目の無さなんかも、この際どうだって良いんだ。
今のところ最大の問題は、これだからね」
ソルトは懐から手紙を取り出すと、それをノイルへと投げつける。
ノイルは慌てる様子も見せずに難なくそれを受け取って、「どれどれ」と言いながら手紙の内容に目を通した。
どうやらそれは、ソルトの父母からの手紙であるようだった。
息子の心配を窺わせる文言が丁寧に綴られているものの、特におかしな点はない。
気になる部分があるとするなら最後の一文で、それはソルトの現状を見抜いてのものだろうか、と疑問を持ってしまうほど、鋭い言葉が並んでいた。
「なるほどね。『魔法学校を卒業したら一度こっちに戻ってきなさい』の部分が問題なわけね」
「それそれ。就職できなかったら実家の畑を継げば良いって言われててね。
わざわざ実家の、それも猫の額ほどもない小さな畑を継ぐために、魔法学校に来たんじゃないからさ。
どっかに就職でもしようかねって思ってたんだけど」
「蹴られたわけか。教授のとこで助手やるのはどうなんだ? 君、確か気に入られてたろ?」
「二年前から音信不通。精霊探しを理由に人類未踏の地にフィールドワークへ行ってくるって言ったまま。
今は国家の行方不明者リストに名を連ねてる」
「通信機に連絡は?」
「それがさっぱり。精霊が魔力を嫌うらしいってんで、魔道具の類を一切持たずに行ったんだよ、あの爺さん。
二年も連絡がないことについては、『よくあることだから諦めなさい』って、他のところの教授連中はほざくし。
もう諦めたよ」
詰んでる状況だな、と他人事のように思いながら、ノイルはソルトの表情を見る。
眼鏡を布で拭きながら愚痴をこぼす彼の目つきは細く鋭く、凶悪とも呼べるほどに切れている。
けれども友人はそれが彼の平常であるということを数年来の付き合いからよく知っている。
付け加えるならば、どこか気分が乗っている風にも見える。
(なんだかんだ言って、実家に帰ることそのものに嫌悪感は無さそうだな)
むしろ喜んでいるように見えなくもないが、無理もないかと彼は思うのだ。
なにせ、ソルトも彼も故郷には五年以上も戻っていない。
魔法の才を見出され、子どもの時分に魔法学校へと放り込まれたのだ。
自由の少ない寮生活を余儀なくされたという経緯であるから、郷愁が無いとは言えないのである。
魔法に関する知識を詰め込んでいくだけで日々は多忙であった。
加えて、故郷の皆から期待されているという責任感もあって、それに浸る暇すらなかったのだ。
だが、将来の仕事が決まって僅かな休息が取れている現在。
よくよく思い返してみると、どうやら自分も懐かしむ気持ちが擦り切れてはいないらしい。
そのように僅かな感傷を自覚しながら、ノイルは軽く微笑んで言う。
「ま、顔を見せるために帰るってのもありなんじゃないかな?
きっと故郷の奴ら、心配してるぜ? 俺も仕事の暇を見つけたら帰ってみるつもりだし」
「……そうだね。気分転換だと思って、ちょっと羽を伸ばすくらいの気持ちで帰ってみるのも良いかもしれない」
「そうそう。それに故郷で店を開くってのもありかもよ。一国一城の主って感じで」
「……ああ、その発想は無かったな。
色々と持って帰るつもりでもあるし、その考えは意外に良いかも知れないね」




