100話
その眼光は禍々しさの極みであり、赤黒く澱んだ眼球の表面には、理性の一片たりとも認められることはできなかった。
その目に映っているのは人間という名の脆弱な獲物であり、それ以上の感情など魔物は持っていなかったのである。
魔物の巨大な体格から考えれば、眼下にいる人間などは二秒で踏み潰せる存在でしかないだろう。
生物の中でも脆弱に位置する人間が物理的な力で抗うのは不可能であろうし、魔法や魔道具の力をもってしても、よほどの威力を発揮できなければかすり傷一つすら与えられないに違いない。
そう思わせられるほどに、『手負い』の肉体と眼光が放つ威圧感は凄まじかった。
強大な肉体が纏っている魔力の揺らめきは脅威であり、その眼前に立ち塞がる者は皆、等しく蹴散らされるより他にないと諦観する以外にない。
巨大な魔物の剛腕が動きを見せた際にも、ソルトはシュガーを助け起こそうとした姿のままで固まり、その『手負い』の腕を見ていることしかできなかった。
数多の傷が刻み込まれているその腕を、巨大な紫の魔力が覆ってゆく。
魔力を全体に巡らせてゆく巨大な魔物の姿を前に、ソルトが思っていたことは命を失うことに対する諦観ではない。
悲観でもなく、後悔でもなく、走馬灯を見ていたわけでもなかった。
その頭の中はたった一つの、素朴な疑問によって埋められていた。
(いったい、何が『手負い』をここまで傷つけたのだろう)
その刹那の思いは言葉として発せられることはなく、ソルトの心に興味の種火を残したまま、たちまち消し去られることとなる。




