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短編

ツンデレこじらせた王太子は婚約破棄しようとする!……ができなかった!

作者: Rena


(うおおおおおおおお!!! ルーナ!! 今日もおそろしいくらい可愛いな!!)


 金の髪に蒼の瞳をもつ王太子アレックスは悶えた。彼の腕の中には婚約者のルーナ・キャロライン。

 彼女は薄い紫の髪をなびかせて綺麗なバックターンを決めた。

 ここは学園のダンスホール。

 煌びやかなシャンデリアの下で、ルーナは大輪の花のように舞った。

 ふわり、彼女の淡い黄色のドレスがひるがえり、ターンを舞う。

 その腰を支えながらアレックスは幸せをかみしめた。

 ありがとう、ルーナ!

 この一瞬の煌めきよ!


 はう、と息を整えてルーナはアレックスを見つめた。

 その濃い藤色の瞳は恥じらうように伏せられた。

 ルーナはずいぶんと消極的な性格なのだ。


(ぐあああ、その恥じらいたまらんんん!!)


 王太子は悶えた。しかし、彼はツンデレだった!!


「フン、まだまだだな、ルーナ。その程度では合格点はやれないな」


 王太子アレックスはそっぽを向いた。

 彼は王太子としてよく訓練された王太子だったので、赤面することができなかったのだ。


「ええ……ぜえっぜえ……精進します」


 ルーナはダンスの運動量に息も絶え絶えだった。そんな姿をみて王太子アレックスは悶えた。




 そんな二人をダンスホールの端から見ている優男がいた。

 彼は薄藤色の長い髪に、濃い藤色の切れ長の瞳をしている。

 薄いグレーのスーツに身を包み、長い脚をクロスさせ、壁にもたれながらワインを嗜んでいた。


(ああ、なんということだ!! うちの妹まじ天使……!!!)


 彼はルーナの兄だ。重度のシスコンである。





 一方、踊るダンスホール内部からもルーナに熱い視線を送っている人物がいた。

桃色のドレスに身を包み、短く切りそろえた桃色の髪に、二重のくりりとした赤い瞳。この世界のヒロインだ。彼女は男爵子息と踊っている。


(あああ! アレックス様とルーナ様の美男美女!! 今日もいいものがみれました。ありがとう!!)


 ヒロインはカップリング至上主義だった。





 この世界はおおむね平和だった。


 王太子が重度のツンデレでなければとっくに王太子と婚約者である公爵令嬢はくっついていた。


 王太子は頑固なツンデレだったのだ。


 


…………



 そもそも悪役令嬢ルーナ・キャロラインが悪役していないのは理由がある。

 ルーナの母親メリル・キャロラインが転生者だったのだ。


(まあ、転生先が乙女ゲームの中!?)


 メリル・キャロラインは鏡を確認した。

 藤色の緩やかにパーマのかかったミディアムヘアに桃色の瞳。

 鏡の中の人物はまぎれもなく悪役令嬢の母親だ。


(うちの子が将来悪役令嬢になってしまうなんて、全力で阻止いたします!)


 メリルは行動した。

 かわいい我が子を不幸な目にあわせたりしない!


 ルーナの性格のゆがみは愛情不足からくるものだった。

 メリルはルーナを溺愛した。

 その一方で礼儀作法や教養など多くのことをルーナに授けたのだ。


(ふう、これで安心だわ)


 しかしながら、王太子との初顔合わせでとんでもないことが起きる。





「お、おまえのことなんか……きらいだ!!」


 王太子がいきなり癇癪かんしゃくのように叫びだしたのだ。

 王妃さまが王太子のうしろから両手で口をふさぎ、七歳の王太子はふがふがした。


「うちの馬鹿息子が申し訳ありませんわ」


「いいえ、とんでもございません」


 メリルははっと設定を思い出した。


(そうだわ、王太子は極度のツンデレ。攻略が最難関!!)


 原作ではあまりの難しさに投げ出すファンも多くいたという。


 王太子だけエンドが十種類ある上に、トゥルーエンド以外はすべてバッドエンドだ。


王太子が強がって突き放すエンド

王太子が強がって暴言エンド

王太子が強がって婚約者とくっつくエンド

王太子が強がって逃げ出すエンド

王太子が強がって閉じこもるエンド

王太子が強がって隣国に留学するエンド

王太子が強がって第三者と付き合うエンド

王太子が強がって暗殺されるエンド

王太子が強がって国王を暗殺するエンド

王太子が主人公とトゥルーエンド


 もはやトゥルーとはなんなのだろうか……。


 そして王太子迷走しまくりである。


 だがメリルは安堵していた。

 少なくとも婚約者ルーナとくっつくエンドがある。

 そして主人公は人生九回くらい繰り返さないとトゥルーに行きつけない鬼畜仕様だ。

 放っておいてもルーナの婚約は破棄されないだろう。





 しかしながら王太子のツンデレは頑固だった。

 内心のデレを一切感じさせないツンは周りのあらゆる目を欺いたのだ!


「私は認めないからな、キャロライン嬢」


 初めてのお茶会で、あとは若いお二人でとなったときに王太子アレックスはおもむろに口を開いた。


 ルーナ・キャロラインは目をぱちくりさせた。その濃い藤色の瞳はくりりとまるくなった。


ごふっごふごふっ


 勢いよく王太子はむせた。気管に紅茶が入ったのかというくらい盛大にむせた。


(な……目をぱちくりさせるだと!! けしからん!!)


 王太子アレックスは白い絹のナフキンで口元をぬぐった。しれっと顔つきを整える。


「とにかく、私はみとめないからな」


 こころなしかひらがなになったその言葉とともにアレックスはその蒼の瞳に眼力をこめた。


 きりりとも形容されそうなその視線の強さにルーナは気おされ、そっとカップに口をつけて目を伏せた。


「はい……」


 その自信なさげな返答に、アレックスの心はねじられた。


(くう……! このかわいさ!! 負けてなるものか!! 私は、負けない!!)


 もはやなにと戦っているのかわからない戦いがアレックスの中で巻き起こっていた。


ごほん!


 アレックスは大きく喉を鳴らす。


「だが、まあお前は公爵家、家のこともある。いちおう(・・・・)は婚約者として……他の男には近寄るな」


 他の男と変な噂をたてるな、とごふんごふんせきこみながら言い切った。


 なにかあったら不貞でうったえるからなと強い瞳で睨みつけた。


「はい」

 ルーナは小さく答えた。






「ああ、ルーナ! お茶会はどうだった?」


 俯き加減でかえってきたルーナに、メリルはしゃがんで目線をあわせながら言った。

 もしかしたらひどいことでも言われたのかもしれない。

 なんといってもあの王太子なのだから。


 メリルの言葉にルーナは顔をあげた。

 小さく頬をそめる。


「かっこいい方でしたわ」


 なんということだろう! これがゲームの強制力!

 メリルは驚愕した。うちの子はどうしても王太子に恋してしまうようだった。






「学園では話しかけてくるなといっているだろう!」


 王太子の声が響く。


(ああ、もう! 勉学に身がはいらないだろうが!!!)


 王太子のキラキラの金の髪と磨かれたように光る蒼の瞳に周囲は思わず道をあけた。


 王太子の前には麗しい藤色の髪に魅惑的な濃い藤色の瞳をもつ学園一の美少女ルーナ・キャロラインだ。


 ふん、と踵をかえして大股で歩き去っていく王太子アレックスを見て周囲は同情の視線をルーナに送る。


 才色兼備、文武両道、完璧公爵令嬢のうえに、王太子に塩対応されるという不憫属性もち。

 ルーナ・キャロラインは学園中で愛されていた。


「お気になさらないで、ルーナ」

 亜麻色の髪をなびかせてアン・シュトーレンが心配げに肩を抱く。

「ルーナ様! 応援していますわ!」

 この世界の主人公ローラ・ハーツも声をはりあげた。桃色の髪に赤い瞳をもつこの世界の主人公はすっかりルーナのファンだ。


「みなさま、あたたかいお言葉ありがとうございます」


 ルーナは謙虚に腰を折ってスカートの端をもって礼をとった。

 その洗練された礼の型は見る者の時をとめた。


(わたしももっと精進しなくては)


 ルーナは自分にきびしい性格だった。

 王太子の毎日の叱咤を真面目に忠告とうけとっていたのである。




「もうすぐ、ダンスパーティがあるな」


 珍しく王太子がルーナのもとにきたかと思えば義務感のにじみでた口調での連絡事項だ。


「ええ、楽しみですわ」


 ルーナはにこやかにほほえんだ。ぐるん、王太子があらぬ方を向く。


「それでだな、いちおう(・・・・)私たちは婚約者だ。エスコートは義務だ。他の男の誘いにのらぬようくれぐれも気をつけるように」


 それだけいうとすたすたと王太子は長いコンパスで歩き去っていった。


 衆人環視の中での堂々とした牽制に周囲の男子生徒たちはおよび腰になった。

 あわよくば二番手、三番手としてダンスの誘いをかけようかと思っていたのにあんまりだ。





 そしてダンス当日。

 学園のダンスホールにドレスアップしてやってきたルーナに王太子アレックスはその心臓をときめかせたのだ。

 

(な……なんという破壊力!! これは傾国するぞ!!)


 傾国の美女とはこのようなことをいうのだろう。


 目の前のルーナは天使と見まがうような淡い黄色のドレスに、いつもおろしている藤色の髪をアップにまとめていた。

 耳元にわずかにのこる後れ毛が揺れる。


「アレックス様……?」


 棒立ちになる王太子にルーナは首をかしげた。


「ああ、悪くないだろう」


 アレックスは両腕を胸の前で組んだ。


(く……屈しないぞ!! 私は耐えてみせる!!)


 王太子として己のこころを律することにたけたアレックスは、ツンとした顔を崩さず見事に演じきった。


「では、踊るか」


 王太子アレックスの姿はスタンダートな黒の礼服だった。金髪、青目とあいまってどこからどうみても理想の王子様だ。


 ダンスホール中の視線が自然と集まる。


 王太子の差し出した手にそっと手をのせるのは誰もが認める才色兼備、ルーナ・キャロライン公爵令嬢。


 大輪の花が咲きほころぶように舞う二人の姿に周囲の黄色い声があがった。


 なんてお似合いのふたりなのだろう!







 ダンスの終わりのタイミングをはかってそわそわしている周囲の男子生徒をちらりと見てアレックスは心の内でため息をついた。


(かわいいとはなんと罪なことだろうか……!)


「この程度のステップではとてもほかのものには任せられないな」


  二曲、三曲と踊りながらもきりりと鋭い蒼の眼光をルーナに向ける。


「はい」


(もっとダンスの鍛錬を重ねなくては)


 すでに至高の域に達していたステップをさらに磨きをかけることをルーナは心に誓ったのだ。






「ルーナ・キャロライン! お前とのコンヤクヲハキする!」


 真っ赤な顔で言い切った王太子アレックスに卒業パーティーでは非難の視線が向けられた。才色兼備、文武両道、高嶺の花ルーナ・キャロラインはこの世界の主人公ローラ・ハーツをいじめることもなくただおとなしく本を読んで時間を過ごしていた。全校生徒の痛いほどの非難の視線が王太子につきささる。


「ちょ……ちょっとアレックス様! なにをおっしゃってるんですか!」


 この世界の主人公ローラ・ハーツはくってかかった。彼女もまた転生者だったのだ! 「え! ここは乙女ゲームの世界!?」といっときは驚いたものの、すべての攻略対象を相性のよさそうなご令嬢とくっつけまくる仲人ばりの暗躍をしていたローラ・ハーツは一番の推しがカップリングしないことに解釈違いだと声をあらげた! 


「どう考えてもアレックス様の運命の相手はルーナ様ですよね!? 血液型相性診断もB型のアレックス様とAB型のルーナ様では相性ばっちり。十二星座占いでもライオン座のアレックス様とアーチャー座のルーナ様は相性ばっちり。お互いを高めあえるとてもいい夫婦になれますよ!」

「な! ふ、ふうふ!?」

 王太子アレックスは赤面した! この世界のシナリオを知り尽くしているローラ・ハーツはさらにたたみかける。


「ルーナ様に星蛍のペンダントを渡しているんだからルーナ様への好感度はマックスですよね殿下! ということは殿下は胸ポケットにプロポーズの指輪を持っているはずです。いつ出すの、いまでしょ!」


 おどろき戸惑って突っ立っているルーナ・キャロラインの首元にはきらりとペンダントが輝いていた。薄い黄色にオーロラのような黄緑、ピンク、水色の偏光の輝きが宿る真球のペンダントだ。


 会場からおお、とどよめきの声があがる。


 星蛍のペンダントとは、かなり希少な星蛍を使った品物だ。この原材料である星蛍は命がけでとりにいくような高山地帯の崖の頂上にあり、男性の勇気の証として好きな子にプレゼントするのに人気がある。


 だが、その危険度ゆえに実際の入手確率はかなり低く、いわばこれをプレゼントできるのは数限られた猛者だけだ。武勇伝として語るものが多い中、照れ屋の王太子アレックスはひっそりとルーナにプレゼントしていたのだ。


「な、なんでお前がそんなことをっ……」


 王太子アレックスは赤面したまま口元をにぎったこぶしで隠した。照れている。絶賛照れている!!


ーー王太子が強がって突き放すエンド!!


 本来なら主人公ローラこうむるはずだったこのエンドは、好きをこじらせすぎた王太子アレックスが、『好きだ! 好きすぎる! でもルーナにはもっと他にいいやつがいるのでは! (他の男を見て)あ、あいつと仲良さそうに話している! ぐああああ! 親同士の婚約でルーナを縛っていいのか! いな!!』というめんどくさい思考回路に陥り、好きがゆえに突き放すという奇行を繰り広げるエンドだ。


 主人公ならばここで婚約破棄のかわりに『お前なんて大嫌いだ! もう顔も見せるな!!』と言われて終わりである。バッドエンドだ。


 だがしかし! ルート分岐がここで変わった!!


「アレックス殿下! 今がおとこ気概きがいの見せどころですよ!! ここでへたれるなんて王家の面汚しだあ~!」


 ものすごいヤジがこの世界の主人公ローラの口から飛び出した。さながら散弾銃だ。口からとびだす散弾が四方八方に散らばって多数の巻き込み事故の犠牲者を出す。野次馬のなかでも気まずそうなカップルが何組かいた。


「いえ! 言え~! 殿下!! 言うは一時の恥言わねば一生の恥だ~!」


 完全に告白する流れだ!!


 王太子アレックスは唖然とした。婚約破棄を言い出したのにどうしてこうなった!?


「ア、アレックス様……」


 ルーナ・キャロラインが戸惑いがちに上目遣いで王太子アレックスをみつめながら口を開いた。王太子アレックスは焦った。


「ル、ルーナ。その、なんだ、右ポケットの中を漁ってみろ」

「え? あっ……」


 ルーナが卒業パーティに着用してきていたのは王太子アレックスから贈られたピンクのドレスであり、ポケットがご丁寧にも右だけ目立たないようにつけられていた。ルーナは言われるまでポケットがあるとは気がつかなかった。先入観というものだ。

 

 戸惑いがちに取り出されたのは結婚指輪だ! リングは一周をぐるりとダイヤモンドの粒で覆われている!! ルーナにドレスを送ったときにあらかじめ指輪を入れていたのだ。王太子がこじらせたのはドレスを送ったあとだったらしい!



「こ、これは……」


 ルーナは驚愕に目を見開き、頬は上気して薔薇色になった。


「や、……やる(あげる)!!」


 プイと顔を背けて王太子アレックスは叫んだ。ワイルドすぎるプロポーズだ。もはや言葉になってすらいない。


「は、はい! ありがとうございます……」


 ルーナ公爵令嬢は感動して泣いた!! 彼女は出会ったときからずっと王太子アレックスを一途に想いつづけていたのだ。

 

「う、うう……ルーナ! よかったな! 婚約破棄されていたら刺し違えてでも王太子をしいしに行くところだったよぼかあ……」


 ハンカチに鼻水をなすりつけて草葉の陰でルーナの兄は泣いた! 彼は妹かわいさに卒業パーティーに潜んでいただけだ。


「うむ、わしの立ち合いで正式に認めよう、第一王子アレックスとルーナ・キャロラインの婚姻を認める」


 卒業パーティに出席していた国王陛下は不器用な口頭プロポーズを受理した。割れんばかりの祝福の拍手が大ホールに響き渡った。





 +₊⁺晴れある卒業パーティーの日が次期国王陛下の結婚記念日となったのだ!+₊⁺





お読みいただきありがとうございました!

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[良い点] こーゆーのむっちゃ好きです〜 どすこいヒロイン楽しすぎ [一言] これからも頑張ってくださいまし〜
[一言] 超面倒な王子だこと これ相手に愛想を尽かさないとか強制力恐るべし
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