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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第二章 恋心
7/40

千鬼

「父上。おはようございます」


 呼ばれて、僕は頭を下げる。

 うむ。と、父上は軽く頷く。



 父上は上座に座って……いなかった。

「!」

 僕は頭を下げたまま正直少し驚いて、目を見張った。


 目通りして、父上が上座にいなかったことなど一度もない。

 どうやら客人を伴っている。

 父上が上座にいないとなると、その客人はおそらく高位の人物なのだろう。


 背格好からして、僕とあまり変わらないように見えた。


「……」


 ()()()()()()と言うのには訳がある。


 実際しっかり見ることが、かなわなかったからだ。

 父上の許しが出るまでは、顔を上げることが出来ない。


 目を伏せ、父上に目通り、すぐに頭を下げたのだから、見えたのは目の端でしかない。

 けれど、それでも分かったことが一つだけある。


(絢子(あやこ)が傍に、控えている……?)


 どんなに探しても、見つからなかったはずだ。

 こんな所にいたとは……。



千鬼(せんき)。表をあげよ」

「はい」

 言われて頭を上げた。


(……初めに見るのは父上)


 僕は客人を見たいのをグッと堪え、父上を見る。


 機嫌が良いようだ。

 珍しく笑っている。


(笑って、いる……?)


 父上が笑っているところなど、ほとんど見たことがない。


 もっと僕が小さかった頃には、良く遊んでくれ、その時の父上はとても嬉しそうで、たくさん笑いもしてくれたし、抱っこもしてくれた。


 けれど最近は、そんな事はほとんどない。

 成長したからもあるだろうが、それだけではないように思う。


 実際父上は最近いつも、酷く疲れた顔をしていて、頭を抱えて考え込む姿がよく見られるようになった。


(仕事が大変なのだろう……)


 悪霊や妖怪の類が頻繁に現れるようになったと、絢子(あやこ)も言っていた。


 そのせいで、父上も疲れているのだと、勝手に解釈していたのだが、今日はやけに顔色がいい。


 久しぶりに、父上の笑顔を見れ、僕は嬉しくなる。


(この、客人のお陰だろうか……?)


 僕は誘惑に負けて、目の端で例の客人の姿を、そっととらえる。



(女の子……?)

 思わず目を向けそうになり、グッと堪える。


 女の子の客人など、未だかつてない。


 淡い暗紅色(あんこうしょく)の、落ち着いた着物を着ているようだ。

 着物の具合からして、女の子でまず間違いない。


(……)


 父上が上座に座らず、絢子(あやこ)が傍に控えているとなると、うちよりも高位の家の娘である事は確かだ。


 高位であるならば、婚約者……という話でもないだろう。

 何故、僕が呼ばれたのか……。



 僕は父上に気づかれないように少し眉をしかめ、父上の目を見る。

 ここは、率直に訊ねた方が早い。


「父上。私をお呼びでありましたが、何用でございましょう?」


 床についていた手を膝にうつしかえ、父上に訊ねる。


 父上は僕のその問いに、さも嬉しそうに目を細めると、口を開いた。


「あぁ、その前に紹介をしなければならないな……」

 言いながら、父上は例の客人の方へ向き直る。



「小狐さま。……こちらは我が嫡男、千鬼(せんき)でございまする」

 紹介されて、僕は《小狐》……と言われた客人に体を向け、頭を下げる。


(やはり、うちより高位の人)


 僕は思う。

 高位でなければ、真っ先に僕へ紹介したはずだ。


「千鬼。こちらは本家の跡取りとなられる、小狐さまであられる」

 言われ、頭を上げる。


(!)

 一目見て、ドクンと心臓がはねた。

 僕は目を見張る。



 目の前の少女は、怯えて隣にいる絢子(あやこ)の袖を軽く掴んでいた。

 今の状況が怖いのだろう。微かに震えている。

「……」

 離れていても分かるほどに、睫毛(まつげ)が長い。


 しかも色素が薄い。


 見鬼の才を持つと、髪や目の色が薄くなるが、小狐は様子が違う。


 普通、その色は栗色になることの方が多いが、彼女の()()灰青(はいあお)と言った方が近い。


 光の加減で銀色に輝く、その灰青色の長い睫毛を震わせ、今にも泣き出しそうな顔だ。


 その表情に、僕の胸がズキリと傷んだ。


「……っ」

 僕はゴクリと唾を飲み込む。


 場面が場面でなければ、抱きしめていたかもしれない。

 その姿があまりに可憐で、僕の血液が一気に逆流するのが分かった。


 どうしたら、その不安気な顔を微笑ませる事が、出来るだろうか?


(心配などないと言って、抱きしめたら、僕に笑いかけてくれるだろうか……?)

 そんな事を思いながら、出来るだけ優しく微笑みながら小狐を見る。


「……」

 僕に見られて、どうすればいいか分からなくなったのか、小狐は僕から顔を背けた。


「あ……、」

 思わず溜め息が、口から漏れる。

 顔を背けられ、僕の視線が泳いだ。

(な、なんで……)


 まるで自分を否定されたような気持ちになり、ひどく動揺する。

 あの滑らかな頬をこの手におさめて、こちらを向かせたら、目を合わせる事が出来るだろうか……?


(けれど、触れられない……っ)

 離れているのが、口惜しかった……!


 目をそらされたのが悔しくて、僕はぐっと唇を噛み締める。



 彼女はさきほど目の端でとらえたように、暗紅色(あんこうしょく)(あこめ)(女の子が(うちぎ)の代わりに着る着物)の上から、薄桃色の汗衫(かざみ)(薄手の上着)を羽織っている。


 汗衫(かざみ)の左腕には、弓裁(ゆだ)ち(肩の部分が縫っていない袖)がほどこされ、紅色の組紐でとめられていた。

 ただでさえ線が細く儚げな小狐の姿が、その着物のお陰で更に、繊細さを醸し出していた。


(間違いない。これが一目惚れと言うものだ……)

 僕は、呆然としながら小狐を見た。


(触りたい。……今すぐ、傍に行きたい)

 けれど、それは許されない。


 さきほど父上は《本家》と言った。《跡取り》とも言った。

 僕は唇を噛み締める。


(僕も、この家の跡取りだ……)

 だから《千鬼》の名をもらっているのだ。

「……っ」

 ギュッと拳を握った。


 どう考えてもつり合わない。

 そんな想いをたたえ、自分の袴を握りしめる。


(けれど、どうしても小狐が欲しい……っ)



 生まれて初めての恋心に、僕は目が眩んだ。


 だから、大切な一言を聴き逃した。

 僕が小狐に見とれている時に、絢子(あやこ)と父上が話していたのだ。



「まあ、《小狐》ではありません。《小狐丸》さまでございます!」

 絢子(あやこ)が非難がましく呟く。


「おお。そうであったな。千鬼、こちらは小狐丸さまである。本家の嫡男であられるのだが、お体がたいそう弱くあられる。女児の姿をしておるのは、その為だ……と、千鬼? 千鬼? 聞いておるのか?」


 名を呼ばれ、肩が跳ねる。

 ハッとして、父上を見た。


「え? ……えぇ。申し訳ありません。……少し、驚いておりました」

 軽く頭を下げる。


 叱られると思い、咄嗟に聞いていたふりをする。

 バレたか……とも思ったが、父上も絢子(あやこ)も微笑んでいる。バレなかったようだ。


(叱られなくて、よかった……)


 この時、はっきり聞いてなかった。と言うべきだった。

 けれどこの時、どうしても僕は小狐から目が離せなかった。


 どうにかして、目線を合わせたい……!

 その一心だった。



 けれど父上は、僕が驚いていたのは、小狐()が女児の格好をしているからだと勝手に勘違いし、話を続ける。


「そうか。それならば良い。……しばらく小狐さまをうちで預かることになっている。本家の御生母さまより、指導をしてくれないかと絢子(あやこ)に打診があってな。急だがしばしの間、我が家で預かることとなった。……お前は歳が近い。遊び相手となれ」


「え……? ここに?」

 父上の言葉に、僕の胸は高鳴る。


 しばらく傍にいれる……!?


「そうだ。だから、粗相のないようにお仕えするのだぞ」

「……はい!」


 あまりの嬉しさに、顔が自然とほころぶ。

 微笑む顔を、止めることが出来ない。


(変な顔をしていないだろうか……?)


 僕は少し心配になって、自分の頬に触れる。



 ──粗相のないように……。



 父上の言葉を思いかえす。


 粗相のないようにとは、いったいどうすれば良いのだろう?

 よく分からないが、好意を寄せている相手に粗相などする訳がない。


 どうにかして、この想いが遂げられるように、大切に仕えよう。

 きっと僕は、今まで他の誰かにしたことがないほど、優しく接する自信がある。


(きっときっと、振り向いてもらう……!)


 振り向いて貰いさえすれば、手に入れることも叶うかも知れない。

 僕はそう決心して、出来るだけ優しい眼差しを小狐に向けた。

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[良い点] 7/7 ・とんでもねー展開じゃ [気になる点] あれだ、なぜに女装したし [一言] もう荒れるしかない。これはこじれる
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