表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第二章 恋心
6/40

幼い頃の思い出

 あれは、いつの頃だったろう。

 あの日も藤の花が綺麗に咲き誇っていたから、今ぐらいの時だろうか。


 雪のような桜がハラハラと散り終え、淡い紫の小さな花が、沢山たれさがる春の終わり。

 ()()()は、うちに来た。


 その頃私……蒼人(あおと)はまだ六つで、けれど一生懸命、大人になろうと努力していた頃で、忙しい父に変わり、剣や武道、それから乗馬に手習いを教えてくれる父の妹の絢子(あやこ)に四六時中くっついて回っていた。



 正直、絢子(あやこ)は変わり者だ。


 見た目は……悪くないと思う。

 真っ直ぐに伸びたたおやかなその髪は、驚くほど真っ黒で、日にかざせば青く見える。


 見鬼の才を持っていると、どちらかというと体の色素は薄くなるのだが、絢子(あやこ)の髪は、そんな家に生まれながら尚も青黒く輝くその髪に、誰もが羨望の眼差しを向けた。


 ただの女なら、結婚相手など、引く手あまただったように思う。

(けれど……)



 いかんせん、絢子(あやこ)()()()()()である。

 ()の視える()()()でならいざ知らず、絢子(あやこ)はところ構わず山野を駆け回り、妖怪や悪鬼の類を見つけると、直ぐに式鬼(しき)にしてしまう()()があった。



 本家ではないにしても、絢子(あやこ)はれっきとした貴族の娘なのである。


 武を嗜む家であれば、娘に武芸を教える家もあるが、それも敷地内に限った場所での話だ。

 表立って女性が()()を駆け回る事など、あるわけがない。


 はしたない、と言われるのがオチであったし、娘をそんな奇行に走らせる家など、品格がないに等しかった。

 そもそも身内が、許すわけがないのである。



 けれど、絢子(あやこ)は違う。


 もともと見鬼の才に恵まれた家系ではあったが、絢子(あやこ)ほど、その力に恵まれた者も珍しい。


 どんなに絢子(あやこ)を家に閉じ込めようとも、その類まれな力を駆使して、すり抜けてしまうのだ。


 そんな絢子(あやこ)だから、行く末を案じた今は亡きお(じじ)さまは、早々に婚約者を作っていた。

 ()()()()()では、珍しくない。


 顔かたちが秀でていても、髪や目の色が他と違っていたり、()()()ものが違うので変な行動をとったり、そんな()()()()()()()()()生活を送る女性は、嫁の貰い手がなくなると言うのである。


 現に、鬼を視る一族の女は、ほとんど独り身である。

 大抵は絢子(あやこ)のように、幼い頃から婚約者が定められていて、裳着(もぎ)を済ませると共に嫁いでしまう。


 けれど、やはり上手くはいかないようで、そのほとんどが一度は離縁して実家に戻って来るのだ。


 当然、絢子(あやこ)も例外ではない。

 本性は隠せない……といったところなのだろう。



 けれど幼い私にとって、それは有難いことで、二十歳になったばかりの出戻り妹に、父は私の教育係を押し付けた。


 始め私は、絢子(あやこ)の姿に驚いた。


 ぐしゃぐしゃの髪の毛に、顔の所々に薄い痣のような(あと)があった。

「……」


 何を掴んだらそうなるのか予測もつかないが、その両手には、けして消えることのない酷い火傷の痕まである。


(……嫁いだ先で、酷い折檻でも受けたのだろうか)


 始めは同情の目で見ていた絢子(あやこ)だったが、話を聞くうちに、そうではないことを知り、頭を抱えた。


(まさか、火鼠を素手で触るとか……)



 けれど絢子(あやこ)は、素晴らしく有能だった。


 陰陽師としてだけでなく、剣、体術、馬術、水泳、手習い……料理や家事においても完璧で、ただ、その気性の荒い性格の為だけに絢子(あやこ)は離縁された事を知った。


(どこのバカ男だ……)


 私は唸ったが、その()()()のお陰で、今こうして大人になる為の知識を教えてもらえるのである。感謝してもしきれない。


 そんなある日のこと、私はその日も、稽古をつけてもらおうと、朝から絢子(あやこ)を探していた。




 ◆◇




絢子(あやこ)……? 絢子(あやこ)はどこ? おかしいな。(くりや)にも馬場にもいないとなると、山野にでも駆けて行ったのだろうか……?」

 私は屋敷から見える山々を見る。


 屋敷の周りにはほとんど民家がない。

 多くの陰陽師を排出している一族どということを、他の人間は熟知していて、近くに居を構える奇特なものがいないせいだ。


 お陰で、多少暴れても、他に害をなす事はほとんどない。


 例え、普通の女性らしからぬ絢子(あやこ)が、着物の(すそ)(から)げて山へと駆けていても、咎める者は誰もいない。


「……いや、とめろよ」

 六歳になったばかりの私は呟く。


 このままの調子だと、絢子(あやこ)はその生涯をたった一人で過ごすことになる。

 それは、幼い心にも、寂しいのではないかと心配した。


 あんなにも()に恵まれた絢子(あやこ)である。

 一人でいるなど、もったいない。


 何としてでも、幸せな家庭を持って欲しかった。

 けれど、絢子(あやこ)の傍を離れるのは、嫌だ。


(……ま、結婚しても僕の()でいてもらおう……!)

 幼い私は、思う。



 あの頃は身勝手にも、そんな事を思っていた。


 結婚した女性と、簡単に会えるわけがない。

 無知もいいところだ。



 けれど、あの日。

 絢子(あやこ)は山を駆けずり回っていた訳ではなかった。


 絢子(あやこ)を探して、屋敷中を駆けずり回っていた私の耳に、遠くで声が聞こえた。


「……千鬼(せんき)千鬼(せんき)はおらぬか……?」

「! ……父上!?」



 当時、私は幼名である《千鬼(せんき)》を名乗っていた。


 鬼を視る家系であったがため、代々幼名には《鬼》の一字が使われることになっていた。

 悪鬼を牽制する意味合いが含まれているそうだ。


 実際、名ごときで、悪鬼が怯むとは思えない。


 けれど鬼に捕まることがないように、健やかに育つように……大人たちは、そんな願いを()()()に託し、愛しい我が子へ贈った。


 その中でも《千鬼(せんき)》とは、跡を継ぐ嫡男のみに許された名前でもあり、それが私には誇らしかった。


「はい! 千鬼(せんき)は、ここにおりまする……!」

 私はすぐに返事をして、父の元に向かった。


 父はほとんど屋敷に戻らない。

 陰陽寮に籠り、忙しく駆けずり回っていた。


 たまに戻ったとしても、私に会うことなど皆無に等しかったから、その日私は名を呼ばれ、嬉しくなって、駆けて行った。


「……」

 そこで私は、澄真(すみざね)さまに出会う。

 忘れもしない。あの運命の時。



「はぁ……」

 私は小さく、溜め息をつく。


 未だに思う。

 未だにどうにか出来ないものかと、抗う自分がいる。


 心の奥底で、まだ諦めきれない自分が囁く。


 どうにか……。


 どうにかして、……この力全てを使ったら……。

 もしかしたら、出来るのではないだろうか……?


(……澄真(すみざね)さま一人くらい)




 ──女性に出来はしまいかと……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お、TSモノに進むのかな? [気になる点] 回想に合わせて一人称いいですね。 「その頃私……蒼人はまだ六つ」とあるのですが、冒頭に、例えば(あくまで例です)「蒼人が書き物をしていて、昔を…
[良い点] 6/6 ・いやーん、まじですかいw  蒼い人がそんなことを [気になる点] なんつー因縁。これは楽しみ [一言] 世界観がね。うまい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ