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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第二章 恋心
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蒼人の回想

「大学院の方は、よかったのか……?」

 狐丸に付いている血糊を丁寧に拭き取りながら、澄真(すみざね)が訊ねる。


 その問いに、蒼人(あおと)は頭を抱えて、言葉を返す。


「えぇ……。全然、良くないです」

 唸る。


「……っ、ぶっ……!」

 膨れっ面の蒼人(あおと)が可笑しくて、澄真(すみざね)は思わず吹き出した。

「良くないのなら、行けば良かったのに……っ」


 笑いを(こら)えながら、狐丸の血液で真っ赤になった手拭いを(たらい)で洗った。


「……」

 汲んで来た水が、一瞬にして真っ赤に染まる。


 その様子に顔をしかめながら、澄真(すみざね)は溜め息をつく。

 何故ここまで、我を張ったのか……そう、言いたそうな顔だった。



「……あなたを置いて、行けるわけがない……」

 そんな澄真(すみざね)を横目で見ながら、蒼人(あおと)は小さく呟いた。

「ん?」

 蒼人(あおと)の呟きが聞こえなかったようだ。目は狐丸を見つつ、小首を傾げる。


 けれど、蒼人(あおと)はそれには答えず、先を続ける。

「……いえ。私は一刻も早く、澄真(すみざね)さまを追い抜くつもりですから、大学院を休むと、その分遅れを取ってしまいます……」


 蒼人(あおと)のその言葉に、澄真(すみざね)は一瞬、目を丸くしたが、すぐに愉しげな表情になる。


「あれは、本気だったのか……。っ、ふ……」

 ふふふと、必死に笑いをこらえようとする澄真(すみざね)に、蒼人(あおと)はムッとする。


(まったく……失礼にも程がある……)

 呆れたように蒼人(あおと)は唸った。



 蒼人(あおと)澄真(すみざね)の事を、幼い頃から知っている。


 けれど澄真(すみざね)の方は、自分の事を知らない。

 悔しいが、それが事実だ。


 それは何故か。何もかも、妖怪のせいだ。


(あの妖怪のせいで、目を合わせることも叶わなかった……っ)

 蒼人(あおと)は振り返り、唇を噛む。



 蒼人(あおと)は、出会った頃のことを思い出す。


 幼い澄真(すみざね)は、その見鬼(けんき)の才があるお陰で、ほとんど表に出される事がなかった。

 だから、遠い親戚にあたる蒼人(あおと)も、あまり会ったことがない。


 ()ならば、蒼人(あおと)にだって、昔から()()ことが出来た。

 父も母もそうだった。


 陰陽師を多く出している、蒼人(あおと)の家では普通の事だったが、澄真(すみざね)の家では違う。


 武寄りの澄真(すみざね)の家で、()()()()()など、ただ事ではない。当然、大騒ぎになった。


 しかしそれでも、ただ鬼が視えるだけならいい。


 それならば、多少視えないふりでもしながら、本来の武家の家系らしく、都を守れば良かった。


 けれど、澄真(すみざね)の視え方は、半端なかった。

 現実の人と怨霊の区別が、つかなかったのである。



 蒼人(あおと)は、丁寧に血糊を拭き取る澄真(すみざね)を眺めた。

「……」




 ──区別がつかないなら、訓練して区別が付くようになればよい。




 澄真(すみざね)の母は、そう考えた。

 けれど父親は既に、諦めていた。


 家は養子を貰って継がせる。澄真(すみざね)は、好きに生きよ……と、澄真(すみざね)の父親は、早いうちからそう言っていた。


 だから屋敷に閉じ込めて、誰も見えない奥深くに隠した。

 けれどそれでは、出世の道が絶たれる。


 焦ったのは母親の方だった。


 運の悪いことに澄真(すみざね)は、一人っ子である。


 一夫多妻が当たり前の時代ではあるが、澄真(すみざね)の家では不思議と子宝に恵まれなかった。


 澄真(すみざね)(とお)になるまではと、母親も粘っていたが、遂に今に至るまで、代わりになるような子どもは生まれなかったのである。


 そうなると、家を継がなければならない。


 何とかして、世間でも通じる所作だけでも身につけてくれれば……。

 そう思い、連れて来たのが、陰陽師の家系である蒼人(あおと)の家であった。


(思い出しただけで、嫌になる……)


 再び、狐丸の血糊を拭き取りにかかった澄真(すみざね)を見ながら、蒼人(あおと)は思い出す。



 蒼人(あおと)澄真(すみざね)は、そんなに歳は離れていない。

 たった四つ違いである。


 出会ったのは、蒼人(あおと)が六つの時。



 当時蒼人(あおと)は、同年代の子どもより、体がずいぶん大きかった。


 六つになった時に、蒼人(あおと)澄真(すみざね)に初めて出会ったのだが、澄真(すみざね)は、そんな蒼人(あおと)よりも少し背が高いくらいだった。


 人見知りするその姿が可愛らしく儚げで、蒼人(あおと)は最初、澄真(すみざね)のことを女の子だと思っていた。


 四つ年上と聞いていたけれど、人に慣れず、伏せ目がちに目を潤ませる澄真(すみざね)は、小さく弱々しく、蒼人(あおと)は幼いながらも抱きしめたい衝動にかられた。


 必ず澄真(すみざね)を守ってやろうと、蒼人(あおと)は決心したものだ。



「……っ」

 ギリッと蒼人(あおと)は、唇を噛み締める。




 ──そう。


 何を隠そう……蒼人(あおと)()()の相手は、目の前の澄真(すみざね)だった。



 蒼人(あおと)の視線を感じて、澄真(すみざね)がニヤリと笑う。

「……」


 おそらく澄真(すみざね)は、実力が自分に追いつけず、焦れて睨んでいる……とでも思っているのに違いない。


 そう思いながら、蒼人(あおと)はムッとする。


(そもそも名が、紛らわしいのだ……!)

 蒼人(あおと)は唸る。



 澄真(すみざね)の幼名は『小狐丸(こぎつねまる)』だが、言いづらかったのか、大人たちは澄真(すみざね)のことを『小狐』……と呼んでいた。


 色素の薄い、灰色の毛色をした儚げな澄真(すみざね)と、野山を駆ける小さな可愛い子ギツネが混ざり合い、蒼人(あおと)澄真(すみざね)が愛しくて仕方がなかった。


 絶対自分の妻にするのだと、張り切っていた。


 人外のような灰色の髪と目を持ち、鬼を視るなど普通の男の手に余る。

 けれど、自分は違う。


 全てを受け入れて、大切にすると約束する事が出来る。



 ──《小狐が僕のところに来てくれるなら、他の妻はいらない》



 蒼人(あおと)はそこまで、思っていたのだ。


(あぁ、……不毛過ぎる)


 蒼人(あおと)は頭を抱えて、うずくまる。

 自分の不甲斐なさに、嫌気が差した。


「蒼人?」


 うずくまった蒼人(あおと)を心配して、気遣わしげな澄真(すみざね)の声が聞こえた。


「……」

 しかし答える事が出来ない。

 溜め息ばかりが漏れる。



 本来なら、陰陽師としての立場が確立したら、迎えに行くつもりだった。


 相手は本家の一人っ子だ。

 許して貰えるかは分からなかったが、通い婚を申し込むつもりだった。


 いわく付きではあるが、四つ年上だからと、本家の動向をそれとなく探らせもした。

 自分以外の男に取られないように、必死だった。


(それが……なんで、男なんだ)


 未だに受け入れることが出来ない。



 そもそも、元服するからと言って、蒼人(あおと)の家に来なくなった時に気づくべきだった。


 女性は元服とは言わない。

 《裳着(もぎ)》と言う。


 しかも、澄真(すみざね)が男だと知ったのは、ついこの前。


 蒼人(あおと)が陰陽寮に入ってからだ。

 息が止まるかと思った。



(いや、いっそ止まれば良かったのに……。)


 長年想い続けたその人は、男だっただけではない。

 蒼人(あおと)の事を、すっかり忘れていたのである。


 ……いや、忘れられていたわけではない。


 正確に言うと、あの時澄真(すみざね)蒼人(あおと)に《出会ってなかった》のである。



「……」

 どういう事か……。


 確かに二人は出会っている。

 蒼人(あおと)はしっかり覚えているし、淡い恋心も抱いた。


 けれど、澄真(すみざね)は違う。


 当時、澄真(すみざね)と仲良くしていた妖怪の中に、大禿(おおかぶろ)と言う妖怪がいた。


 何のことはない。

 実際はタヌキが化けたものであったが、そのタヌキが曲者だった。



 大禿(おおかぶろ)は、時に大きなハゲ頭の妖怪になったかと思えば、時に妖艶な遊女に化ける。


 それだけではない。


 見鬼の力の強い澄真(すみざね)には視えるが、まだ未熟な蒼人(あおと)には視えない……そんなギリギリの線を見極め、おちょくっていたのだ。


 要は、《被っていた》のである。



(くそ妖怪が……)

 その事実を知った時、フルフルと震えながら蒼人(あおと)は怒った。


 蒼人(あおと)澄真(すみざね)と仲良く話していた会話も、()()()()()()大禿(おおかぶろ)との会話に、なってしまっていたのだ。


(どうりで、目線が合わないはずだ……っ)



 明らかにその妖怪は、蒼人(あおと)澄真(すみざね)が仲良くするのを阻止したかったのだろう。


 あの時の大禿(おおかぶろ)はどこに行ったのか……。


 澄真(すみざね)の話を聞いて、必死に探したが、見つからなかった。


 思えば、姿を見なくなったのも、澄真(すみざね)蒼人(あおと)の家に来なくなったのと同時期だった。



 今頃、どうしているのか……。


「……」

 そんな訳で、蒼人(あおと)は妖怪を憎んでいる。


(世の中の妖怪、全て祓えるだけの、力を身につけてやる……っ)



 そう思っている蒼人(あおと)にとって、妖怪は全て憎い恋敵でもある。

 それは白狐である狐丸もまた、例外ではなかった。


 別に、その大禿(おおかぶろ)がその場にいなかったとしても、澄真(すみざね)が女になる訳ではない。


 けれど、女性だと思って、淡い恋心を抱いて話し掛けたあの事実が、なかった事にされたのだ。

「……っ」

 蒼人(あおと)はふるふると、拳を握る。


 せめてもの慰めに、思い出くらいあっても許されるはずだ。

 しかし、それすら許されないとは……!



 普段蒼人(あおと)は、静かに佇んでいるが、内心は煮えくり返るような想いを内に秘めている。

 実のところ、怪我の手当をされている狐丸の存在も、目に余まるものがある。出来ることなら、澄真(すみざね)に近づいて欲しくない。


(いっそ、自分が手当てすると言ってみようか……)


 しかしすぐに、首を振る。


(いや、無理だ)

 自分ならすぐに祓ってしまうだろう……。


 そんな事になれば、澄真(すみざね)は一生蒼人(あおと)を憎むかも知れない。


「……」

 それだけは避けたかった。



 そんな訳で、蒼人(あおと)は二人のそばに居るのだが、何も出来ずにただ見守ることしか出来ないのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 活動報告から、人の生死関係を想像したのですが、展開からも、ちょっと変だなとも。こう来ましたか! [一言] 澄真、やっぱり女性だったけど、陰陽師になるために、魔法で男になってるとか? あはは…
[良い点] 5/5 ・あ、これは良い。 [気になる点] 気持ちは分かります。 いやーありますよそれ。ぐふう [一言] さーてどうなるか。ドロドロしてきまぢたね
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