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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第六章 策略
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「よ、吉昌(よしまさ)さま? 澄真(すみざね)が倒れたのですが!?」

 近くにいた陰陽師がギョッとなって、倒れた澄真(すみざね)に駆け寄った。


 いつもなら澄真(すみざね)を遠巻きにして、近づこうとはしなかった者たちなのだが、それは澄真(すみざね)の力を恐れての事だ。行き倒れていれば、なんの問題はない。怯えることなく、わらわらと集まって来た。


 ……むしろ気を失っているからこそ、普段近づけなかった分だけ興味が湧き、近づいて来る。


(……ちっ。厄介だな……)

 吉昌(よしまさ)は、心の中で舌打ちする。

 出来ることなら、早々に退散したい。


「何でもない。自分の放った呪詛にやられたのだ。……ここでは介抱など出来ぬ。我が屋敷が近いので、ひとまずそこで休ませる。……君たちは、持ち場に戻れ……」

 言って吉昌(よしまさ)は、澄真(すみざね)を抱えあげた。


(……意外に軽い)


 武道よりの家だと聞いていたから、着物の下は筋肉ムキムキなのだと、勝手に想像していた。

 この分だと、意外に細身なのかも知れない。

 ヒョイと抱えあげると、そのまま()(えん)(家の外壁から張り出した外部の床のこと)へと出た。


 上司である吉昌(よしまさ)に、《持ち場に戻れ》と言われて逆らう者などほとんどいない。

 集まって来たほとんどの者が、ワイワイと話をしながら自分の持ち場に戻って行く。


 残ったのは、ほんの数人だ。

 その数人も、吉昌(よしまさ)が自宅へ帰るための準備を手伝ってくれた。


「ならば、私が牛車(ぎっしゃ)の手配を……」

「いやいい。すぐ側だから、私の馬を引いてくるように、伝えてくれ」

 吉昌(よしまさ)は牛車を断る。


(牛車などで、ノロノロと帰れるものか……っ)

 本来なら薬が回らないように、出来るだけ安静にする方法を取った方がいいのだろうが、正直、そんな悠長に帰るつもりはない。

 第一澄真(すみざね)は、痺れて眠っているだけだ。命に別状はない。


 しかし、状況が分からない部下の陰陽師たちは、真剣な面持ちで頷く。

「……! わかりました!」

 バタバタと走りながら、馬の手配をしてくれた。


(チョロいものだ)

 吉昌(よしまさ)は思う。

 ただ鬼が視える……と言うだけで陰陽寮に入った者は、扱いやすくて便利だ。


 どう考えても、澄真(すみざね)が倒れた事は不自然なのだが、そこを追求する者はいない。

 陰陽頭(おんみょうのかみ)である吉昌(よしまさ)がいるのだから、任せておけばいい……そんな風に、思っているのだろう。


 吉昌(よしまさ)は、自分の腕の中で眠る澄真(すみざね)に目を向ける。

(ふふ……薬は、効いているようだな)


 ニヤリとほくそ笑みながら、吉昌(よしまさ)は無防備な澄真(すみざね)を見た。


 いつもは、警戒心丸出しの澄真(すみざね)だった。

 近づこうとすれば、すぐに距離を取る。不必要な話も一切しない。


(……こうして見ると、可愛いものだな)

 穏やかな寝息を立てつつ、澄真(すみざね)は眠っていた。

 痺れ薬のせいだろう。小刻みに体が少し震えている。


(そう言えば、寒がりだったか……?)

 そう思いつつ眺めていると、不意に声が掛けられた。

 ……陰陽生(おんみょうのしょう)である蒼人(あおと)だ。


「! 澄真(すみざね)さま!? ……よ、吉昌(よしまさ)さま! 澄真(すみざね)さまは、どうなされたのですか……!?」

 真っ青な顔で駆け寄って来る。


 吉昌(よしまさ)は、心の中で溜め息をついた。

(面倒なのに、見つかった……)


 再び心の中で舌打ちをしつつ、吉昌(よしまさ)は先程言った理由を蒼人(あおと)にもする。




「呪詛返し? 澄真(すみざね)さまが!?」


 蒼人(あおと)の表情が曇る。やはり一筋縄ではいかない。

 先程の陰陽師たちとは違い、疑問点が跳ね返って来た。蒼人(あおと)澄真(すみざね)ほどではないが、筋がいい。しかも勉強熱心である。

 その上、澄真(すみざね)の事となると、異常な執着を見せる。


 蒼人(あおと)は既に、いい年頃になっているのだが、それでも結婚しないのは、この澄真(すみざね)のせいだと噂が流れている。密かに蒼人(あおと)が想いを寄せているのだと、専らの噂だった。

 苦笑いしつつ、吉昌(よしまさ)は答える。


「あぁ。今朝方ヘマをしたと、本人は言っていたよ。何でも白狐が飛び出して来たから、発動中の護符を握りつぶしたとかで……」

「……! 白狐!? あの、狐丸か……!」

 苦々しく、蒼人(あおと)が唸る。


「! 白狐を知っているのか?」

 吉昌(よしまさ)は、目を細める。


「ええ、昨日、我が家の近くで一悶着ありましたから……」

「あぁ、そうだったな……。しかし名を知ってるとなると、白狐とは面識もあるのだな」

 言われて蒼人(あおと)は、苦笑いをする。


「ええ、と言いましても、あの時初めて会ったのですが、……そう悪い妖怪(モノ)でもありませんよ……。私は澄真(すみざね)さまのためを想えば、祓った方が良いとも思うのですが……」

 言って、手を伸ばした。


澄真(すみざね)さまは、私が連れて帰ります。……ご迷惑お掛けしました」

 口調は困った様子だが、嬉しそうに目を細める。


(この様子だと、噂は事実だな……)

 ウキウキと、澄真(すみざね)を抱き取ろうとする蒼人(あおと)に、吉昌(よしまさ)は慌てて体を捩った。


「あ……」

 抱き留め損ねて、蒼人(あおと)の顔が、明らかに曇る。

「いや、それには及ばぬ。我が屋敷がここから近い。……ほら、馬も呼んである。そこで介抱するから、お前は仕事に戻るがいい」


 ちょうどいいタイミングで、頼んだ馬が到着した。

 吉昌(よそまさ)は足早に、(きざはし)の方へと急いだ。

(ここは早く退散した方が、得策だ)


 しかしその言葉に、蒼人(あおと)の表情が険しくなる。

 明らかにムッとして、素早い動きで吉昌(よしまさ)に追いつくと、再び澄真(すみざね)を抱き取ろうと、手を出した。


「いいえ……っ! 澄真(すみざね)さまは、我が一族の当主。人の手を借りるに及びませんっ」

 言って無理やりに奪おうとする。


 なかなか力が強い。澄真(すみざね)の家ほどではないが、こちらも武道を嗜んでいる。どちらかと言うと、腕力に物を言わせるタイプなのだろう……。

 正直吉昌(よしまさ)では、(かわ)すのに骨が折れた。


(この……色ボケが……っ!)


 吉昌(よしまさ)にとって、今の澄真(すみざね)は、妖怪を釣る言わば()

 奪われる訳にはいかない。


 必死になって、連れて帰る言い訳を考えたが、いい案が思い浮かばず、思わず本当のことを口走ってしまった。


「いや、そういう訳にはいかないのだ。……その、なんだ。傷の手当を先ほどしたのだが、傷薬と間違えて、麻痺の薬を塗ってしまったのだ……」

 吉昌(よしまさ)は言いながら、蒼人(あおと)が納得するのを期待した。


「え? 麻痺……?」

 一気に顔色が悪くなる。



 麻痺の薬……。


 これは吉昌(よしまさ)が研究している薬の一つだ。

 ひどい病気や怪我の場合、治療に痛みが伴うことが多々ある。それを緩和する飲み薬を、吉昌(よしまさ)は開発していたところだった。


 興味のあるものなら、その中身まで知っているかも知れないが、大抵は興味を示さない。

 今ある薬さえあれば、生活には事足りる。


 しかし、蒼人(あおと)の顔色は悪くなった。

 それが意味することはただ一つ。一重に()()()()()()()()()()()()からだろう。


(これは、引いてはくれぬか……)

 はぁ……と吉昌(よしまさ)は、大きな溜め息をつく。


 蒼人(あおと)の顔色で、結果が見えた。

 思った通りの反論が返ってくる。


「え? ……えぇ? あ、あの麻痺の薬ですか? あれは、試作中ですよね? 確か……確か、あれの処方には、天雄(てんゆう)を使ってましたよね!?」

 蒼人(あおと)が血相を抱えて、詰め寄って来た。


 真っ青になって、澄真(すみざね)の頬に触れ、震えるその手で熱を診る。

 瞼をこじ開け、瞳孔と血色まで調べ始めた。

澄真(すみざね)さま……」

 生きていることを確認できたのだろう。

 泣き出しそうな顔で小さく名を呼ぶと、安堵の溜め息を震えるようについた。


蒼人(あおと)……大丈夫だ。天雄(てんゆう)は、ほんの少しだけしか使っていない……」

 その言葉に、カッとなる。

「使っているじゃないですか……っ! あれは猛毒です! 口から飲むならまだしも、傷口に塗り込むなど……っ!」

 叫びながら、澄真(すみざね)を抱き込んだ。


澄真(すみざね)さま! ……澄真(すみざね)さま!!」

 気が狂わんばかりに、その名を呼んだ。起こそうとしているのに違いなかった。

 けれど澄真(すみざね)は起きない。起きる気配すらない。

 蒼人は叫びながら、ガクガクと震え始める。

「あ……あぁ、……なぜ、こんな事に……」

 苦しげに呟きながら、その頬に自分の頬擦り寄せる。呼吸を確かめるように耳を寄せ、その名を呼ぶ。


(……"なぜ、こんな事に"……だと? それは、こっちのセリフだ!)

 心の中で、吉昌(よしまさ)は舌打ちをする。

(見つからなければ、良かったものを……)


 そもそも蒼人(あおと)陰陽生(おんみょうのしょう)。正式に陰陽師となった者が仕事をするこの場へ、本来ならいるはずがなかった。

(……何故、ここにいるんだ……)

 おおかた、澄真(すみざね)の顔でも見に来たのだろう。

 吉昌(よしまさ)は、どっと疲れを感じて、頭を抱えた。


「よ……吉昌(よしまさ)さま……やはり、何かお手伝いを……」

 騒ぎを聞きつけて、他の陰陽師が顔を出す。


(……っ、どいつもこいつも……)

 伺うように仰ぎ見る自分の部下をギリッと睨んで、吉昌(よしまさ)は口を開く。

「何でもない。大丈夫だと言っているだろ? 君たちは、仕事をしていて構わないから……」

「は、はい……」

 すごすごと、顔を引っ込める。けれど、御簾(みす)の向こうで、聞き耳を立てているのに違いなかった。

 御簾は、ユラユラと風もないのに揺れている。


「……」

 吉昌(よしまさ)は大きく、溜め息をつく。


蒼人(あおと)。落ち着きなさい……」

 呆れて呟く吉昌(よしまさ)に、蒼人(あおと)は喰って掛かる。


「……こ、これが落ち着いていられますか……っ! 吉昌(よしまさ)さま、その手をお離しくださいっ! 澄真(すみざね)さまは、やはり私が……」

「いや、ダメだ!」

「……っ、」

 吉昌(よしまさ)は強い口調で、蒼人(あおと)をねじ伏せる。


 伊達に長年生きている訳ではない。

 いま今、陰陽生になったばかりのヒヨっ子に、負けてなるものかと、吉昌(よしまさ)は目を細めた。


「君も来たければ、来ればいい。しかし、澄真(すみざね)は我が家へ連れていく。ここではゆっくり休ませることは無理だし、第一対処法が分かるのは、薬を作った私以外にはいない。それともなにか? 陰陽生の君は陰陽頭(おんみょうのかみ)であるこの私よりも、薬に関して熟知しているとでも……?」


 吉昌(よしまさ)は、蒼人(あおと)の目を覗き込む。

 蒼人(あおと)から、グッと息を呑む音が聞こえた。


(勝った……)

 吉昌(よしまさ)は、ニヤリと心の中で笑う。


 実際、薬には少量の天雄が含まれている。

 天雄は幻覚や麻痺を起こし、呼吸器官に支障をきたす猛毒である。

 蒼人(あおと)には対処法などと言ったが、解毒剤は存在しない。


 しかし吉昌(よしまさ)は、ミサキの力を借り、安全な麻痺剤を作ることに成功している。

 使った澄真(すみざね)が、今気を失っているからといって、死に直結しているわけではない。ただ、痺れて眠っているだけだ。


「……分かりました」


 口惜しそうに、澄真(すみざね)から手を離す。

「けれど、すぐ追いかけます! 澄真(すみざね)さまは、私にとって、大切な人ですから……っ」


「……」

 真剣な蒼人(あおと)の目を見て、吉昌(よしまさ)は頷く。

「分かった。その事、我が家の門番に伝えておくゆえ、後で来るがよい」

 言われて蒼人(あおと)は、泣きそうな顔で感謝の意を示した。


「ありがとうございます……!」

 言ってすぐさま駆け出し、馬を取りに行った。


 その後ろ姿を見送りながら、吉昌(よしまさ)はホッと胸を撫で下ろす。



(薬は、……まぁ、わざと間違えたんだがな……)


 心の中で舌を出しながら、吉昌(よしまさ)は、馬丁の連れて来た馬に乗った。

 従者たちに抱えあげられた澄真(すみざね)を受け取ると、吉昌(よしまさ)は、馬の腹を蹴る。


 馬は一声いなないて、その場を離れる。




 ──カカカッ……。




「!」

 大膳職(だいぜんしき)の前にある大銀杏の傍を通った時、妙な気配を感じ取り、吉昌(よしまさ)は、身を強ばらせる。


 ピクッと一瞬身を震わせ、イチョウの木とは思えないほど大きく育ったその木に、目をやった。

 妙な気配は、そこからした……ような気がした。

 がしかし、何もいない。


(妖怪……か?)


 思いながら、吉昌(よしまさ)は、少しほくそ笑む。

(妖怪ならば、思惑通りだ)

 思った通りに事が進み、吉昌(よしまさ)は嬉しくて仕方がない。


「はっ……!」


 横目でイチョウ木を眺め、吉昌(よしまさ)は馬を駆った!

 馬はカカカッとその場で足踏みをし、その場を一気に駆け抜ける。


 もうもうと、砂煙が上がった。





「……」

 何もいないように見えるイチョウの木。


 しかしそのイチョウの木には、(あやかし)が二人が、息を殺して潜んでいた。

 一人は白狐が変じた、少年。

 もう一人は絶世の美女と言っても過言ではない。妖艶な女性。


 少年の方は、明らかに殺気を纏い、ブルブル震えながら吉昌(よしまさ)を睨んでいる。

 女の方は、同じくブルブル震え色を失いながら、少年を押しとどめている。


 そう。木の影からは、狐丸と姮娥(こうが)が、じっとその様子を見ていたのであった。


 姮娥(こうが)は、必死に狐丸の袖を引く。

「き、狐丸さま……。なりません……絶対になりません……っ!」

 ガクガクと袖を引く姮娥(こうが)に、狐丸は忌々しげに答える。


「……っ、分かってるよ! でも、()()を見ただろ? あれは助けなくちゃいけないやつだ!」


「……」

 狐丸の言い分は、最もだ。


 明らかに吉昌(よしまさ)は、何かを企んでいる。

 姮娥(こうが)は震えながら指を噛み、必死に思考をまさぐる。

 どう考えても、あれは助けなければいけない。


 考えあぐねていると、馬に乗った蒼人(あおと)が現れた。




 ──カッカッカッカッ……!




「……!」


 真剣な顔で、馬を駆る蒼人(あおと)を見て、姮娥(こうが)はいい事を思いついた。


「狐丸さま……」


 狐丸の耳に、口を寄せる。

 寄せるとすぐに、何やら囁いた。


 狐丸の耳が、ピクリと反応して、真剣な顔で小さく頷いた。




 ──ビュオォォオォ……。




 不意に大きな風が吹いた。


 ざわざわとイチョウ葉が、風に揺れる。

 小さな木の葉が数枚、サラサラと落ちていった。


 風がやんだとき、二人はもう、そこにはいなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 話はつながりましたが、ここで「了」! 下に続くということですね。いよいよ四角関係へでしょうか? [気になる点] 姮娥の作戦気になりますね。 [一言] 天雄、トリカブトでしょうか。おお、そう…
[良い点] 40/40 ・んん! 変わりましたね? なんかなんか、どうなるんだこれ [気になる点] うそついたー。あーあ、その舌引きちぎってくれるわ! [一言] さらさら
2021/07/22 06:28 退会済み
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