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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第一章 風神雷神
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天女

 ──いや。


 よく見れば、天女ではない。



 その額には二本の小さな角を生やし、口には牙が生えている。


 (つや)やかなその唇は、血を掃いたように赤く、禍々しい。

 鬼神は口角を、キュッと吊り上げ笑った。





 ──(わらわ)は、希風(きふ)と言う。





 ニッコリと笑い、希風(きふ)は言った。

 話しかけられて、澄真(すみざね)は怯む。



 護符で召喚される鬼神は、式鬼(しき)ではない。


 地上にある精霊の力を集め、具現化しただけのものだ。

 《(おう)》の言葉や、(うな)り声を上げたとしても、話す事は出来ない。


 けれど目の前の鬼神は、澄真(すみざね)に話しかけているのである。

「……」




 ──そこにおられるのは、()()()()さま、かえ?




「……?」

 訊ねられた言葉の意味が、澄真(すみざね)にはよく分からない。


(シラフサさま……?)

 訝しみながら、眉を寄せる。


 質問に答えない澄真(すみざね)に焦れて、希風(きふ)澄真(すみざね)の袖の中を覗いた。




 ──……っ!?




 途端、軽い悲鳴を上げ、その美しい顔を歪めた。




 ──何故、怪我をされている? お前がしたのか!? ……いいや、違うな……。




 鼻に皺を寄せながら、希風(きふ)は言い、辺りを見回す。




 ──あぁ。あの、臭い餓鬼(がき)か……?




 雷神を()()と言って一笑に伏し、希風(きふ)は持っていた丸団扇をクルクルと回しだす。


 正確に言えば、狐丸の傷の原因は澄真(すみざね)の結界なのだが、澄真(すみざね)に、答える余裕はない。


「……」

 今の状況が上手く飲み込めず、声すら出せないでいた。


 希風(きふ)は横目で、そんな澄真(すみざね)を一瞥すると口を開いた。




 ──お前は、(わらわ)に《守れ》と命じたな……?




 ゆっくりと澄真(すみざね)を見下ろした。


「あ、あぁ。そうだ」

 ごくりと唾を飲み込みながら、澄真(すみざね)は答えた。




 ──ならばその願い、聞き届けようぞ……!




 言うが早いか、手の丸団扇を一振あおいだ。




 ──ゴオォォオォォ……!!




「……っ!」

 物凄い風が吹き荒れ、雷神は、あっという間に空の彼方へ消えていった。





 ──これで、良いかの?




 希風(きふ)(あで)やかに笑う。


 澄真(すみざね)は目を丸くし、言葉もない。

(鬼神……鬼神が、団扇(うちわ)の一振で……)




 ──さぁ、さぁ。(わらわ)に、シラフサさまのお顔をもっとよく見せておくれ……。




 そう言いながら、希風(きふ)は狐丸を覗き込む。

 ふわりと優しい風が吹いた。


「っ!」

 けれど、澄真(すみざね)希風(きふ)を信用してはいない。

 慌てて狐丸を袖の内に隠す。


 規格外の召喚に、不審感を(あらわ)にした。





 ──……。




 隠されて希風(きふ)は、困った顔をする。





 ──(わらわ)を呼んだのは、そなたであろうに……。





 けれど希風(きふ)は、面白そうに笑うと、澄真(すみざね)に言う。





 ──まあ、よい。これからは《希風(きふ)》とさえ呼べば、(わらわ)は御前に上がろうぞ。




「!」

 思わぬ提案に、澄真(すみざね)は動揺する。

(……何を言って……)




 ──護符は不要……と、言っておる。(わらわ)は、妖怪ではないからな。名を呼べば飛んで来よう。




(妖怪では……ない……?)


 一瞬澄真(すみざね)が呆けた隙に、希風(きふ)が狐丸の傍へ寄る。


「!?」

 慌てて隠そうとするが、間に合わない。


 希風(きふ)澄真(すみざね)の袖を少し捲り、狐丸を覗き込んだ。

 覗き込み、満足気な声を出す。




 ──怪我は、大した事なさそうだ。




 ホッとしたのか、希風(きふ)(あで)やかに微笑んだ。




 ──シラフサさま……。




 優しく呼びかけ、その細い指先で狐丸の頬を撫でる。

 狐丸の耳がぴくりと動く。

 微かに唸り、返事をした。


「う……ん。……キ、フ……?」


「!」

 狐丸の受け答えに、澄真(すみざね)が動揺する。


(この鬼神を、知っているのか……!?)




 ──(わらわ)を、覚えておいででしたか……シラフサさま。




「……」

 狐丸は、目を瞑ったまま唸る。


「違う。……僕は《狐丸》……」

 言って、再び眠りにつく。


 希風(きふ)はそんな狐丸に優しく微笑みながら、ふわりと飛び、距離を置いた。

 膝を折り、(こうべ)を垂れる。




 ──承知致しました。狐丸さま。




 言って、澄真(すみざね)に向き直る。




 ──それでは(わらわ)は行くからの。狐丸さまを頼むぞ。




 それだけ言うと、希風(きふ)は掻き消えるように、姿を消した。


「……」



 風が吹き焦げた木の枝が、パラパラと散った。


「う……ん……」

 蒼人(あおと)が唸る。


 ハッとして澄真(すみざね)は、狐丸を抱え、蒼人(あおと)の傍へ駆け寄った。


蒼人(あおと)……!」

澄真(すみざね)、さま……。それが、例の白狐、……ですか……?」



 疲れきった様子で、蒼人(あおと)が、澄真(すみざね)の腕に抱かれている狐丸を見る。


「あぁ、そうだ。まだ幼いだろう……?」


 言いながら澄真(すみざね)は、小さく笑って、腕の中の狐丸を見下ろす。



「……っ」

 長年の付き合いではあるが、澄真(すみざね)のそんな優しい眼差しを蒼人(あおと)は見たことがなかった。


 軽い驚きが、蒼人(あおと)を包む。


 蒼人(あおと)は、そんな澄真(すみざね)の様子に疑問を抱きながら、狐丸をもう一度よく見る。



 さきほど対峙した白狐とは思えないほど、穏やかな顔をした少年の姿に、蒼人(あおと)は少し戸惑う。


(この少年を、仕留めようとしたのか……?)


 痛々しくも、無数の傷を負った狐丸は、可愛らしい白色の耳を伏せ、目を瞑っている。

 微かにその睫毛(まつげ)が震えていた。



 けれどあの時の白狐は、どこをどう見ても危険だった。


 今回、事なきを得たが、今回あった事が、今後ないとも言いきれない。

 その時また、無事であるかどうかも分からない。


「……」

 蒼人(あおと)は眉を寄せ、静かに澄真(すみざね)を見た。


「?」

 澄真(すみざね)は、そんな蒼人(あおと)に気づき、首を傾げる。


(……そうなったら……この人は、白狐を倒すよりも、自分が倒れることを選ぶかも知れない……)

 そんな気がした。


「はぁ……」

 蒼人(あおと)は溜め息をつく。


 やはり、仕留められなかったのが、悔やまれた。



 蒼人(あおと)の心配を汲んでか、澄真(すみざね)は苦笑いをしながら、口を開く。

「狐丸はもう、暴れはしない」


「……。そう、ですか」


 どうしたら、そんな自信が出てくるのだと、少し苛立ちながら、蒼人(あおと)が呟く。


 苦々しく、小さく溜め息をついた。


「……あれは、今の私の会心の一撃でした。絶対に仕留められると……思ったのですが……」

 八つ当たり気味に言い捨てながら、蒼人(あおと)は唇を噛む。


 そんな蒼人(あおと)の頭をポンポンと軽く叩き、澄真(すみざね)はニヤリと笑った。


「私も驚いた。正直、肝が冷えた……」


 困ったように笑いながら、澄真(すみざね)は続ける。


「……だが、お前が未熟で助かったよ。私なら絶対に外さない」

 不敵に笑ったその顔が、蒼人(あおと)の対抗心を煽る。


「……はっ、言いますね……」


 蒼人(あおと)が目を伏せ、溜め息をつくように言い捨てた。


「いつか、あなたを追い抜きますよ……!」

 軽く下から()め付けながら、蒼人(あおと)が呟く。


 蒼人(あおと)のその強気な発言に、澄真(すみざね)はニヤリと笑う。

「楽しみに待ってるよ……」


「……」

 何故笑えるのか……。蒼人(あおと)には、それが不服だった。


 澄真(すみざね)にとって、蒼人(あおと)の宣戦布告は、所詮その程度のものなのだ。


「はぁ」

 蒼人(あおと)は、溜め息をつく。


「まだまだ、実力が足りない……」


 ポツリと呟やき、蒼人(あおと)は空を見上げた。

 真っ青な空に、太陽が登り始めている。


「……」

 既に疲労困憊なのだが、今日はまだ始まったばかりだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、なるほど、新キャラ登場ですね。アニメ「転スラ2期前半」の終盤でディアブロ出てきましたが、そんな感じ? 強そうだし、でも、澄真の味方とも言えないか。 [気になる点] シラフサさまは白布…
[良い点] 4/4. ・めっちゃ楽しそうになってきた。さあさあどうなることやら [気になる点] 「!?」  慌てて隠そうとするが、間に合わない。  いいですねこれ [一言] やっぱ文章がパワーアッ…
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