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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第六章 策略
38/40

妖怪と陰陽師

「……結界が、ない」


 中務省(なかつかさしょう)についてからの、狐丸の第一声は()()だった。



 そもそも、京の都自体が、碁盤の目のように整えられ、結界が張られている。けれど、それだけでは足りない。全ての厄災を防ぐ事は不可能で、現にこうして、狐丸や姮娥(こうが)など古参の妖怪は、難なく入り込めてしまう。


 蒼人(あおと)吉昌(よしまさ)は、そこのところを熟知しているから、自分の住まいである屋敷には、かなり高度な結界を張り巡らせていた。

 陰陽師であるのにも関わらず、何もしていない澄真(すみざね)の屋敷は、かえって奇異に映る。


 ただ、都の要である中務省であるならば、きっと厳重な結界が張られているのだと、狐丸は思っていた。

 思っていたが、何もないのである。


 肩透かしを食らったように、狐丸は素っ頓狂な声をあげた。

 その声に姮娥(こうが)は、くくくと笑う。


「ええ、そうです。帝の住まう内裏(だいり)には、さすがに結界が張られていますけれど、中務省には張られていませんわ。……結界など張ろうものなら、陰陽師たちの式鬼(しき)も、弾かれてしまいますもの……」

 着物の端を持ち、しとやかに口許へとあてて、にこりと狐丸を見た。


「……そう、なの……? 僕、明日は藤見の宴に呼ばれているんだ。入れるのかな……?」

 不安げに、狐丸は呟く。


「藤見の宴……?」

 姮娥(こうが)は首を捻る。


「うん。前に言ったろ? 澄真(すみざね)に捕縛符を投げつけられた話」


 言われて姮娥(こうが)は思い出す。

「え……ええ……」


(あの、禍々しい捕縛符……)

 思い出しただけで、血の気が引く。



 未だ、狐丸の左腕に取り付いているその捕縛符は、並の力ではない。

 小さな(あやかし)など、瞬時に祓ってしまいそうな、恐ろしいものだ。それを苦もなく腕に巻いている、狐丸も狐丸。

 姮娥(こうが)にとって、あまり聞きたい話ではない。



「その時に、帝の子どもを助けたんだよ。敦康(あつやす)って言う……」

「あぁ、あの……」


 《敦康(あつやす)》と聞いて、姮娥(こうが)は宮廷内で囁かれている噂話を思い出した。

 なんでも帝の嫡男であるの敦康(あつやす)を、廃嫡にするという噂だ。


 姮娥(こうが)は頬に指をあて考える。

(確か、今はまだ義理の母である彰子(あきこ)さまと共に、飛香舎(ひぎょうしゃ)におられるはず……)


 敦康(あつやす)は、既に元服している。本来なら、義理の母と言えども一緒に住むことは出来ない。


 けれど、敦康(あつやす)の立場の不安定さと、彰子(あきこ)たっての願いで、藤見の宴まで共に過ごす許可が与えられたという。

(その宴に、狐丸さまが……?)

 藤見の宴以降、敦康(あつやす)内裏(だいり)を離れ、別の場所に居を構える。


(今回の宴は、敦康(あつやす)さまが内裏にいる最後の宴となるので、内々で行うと聞きましたけれど、……そこへ呼ばれているとは……)


 口許に指をあて、姮娥(こうが)は考える。

 可能性として、ないわけではない。

 命を救われた敦康(あつやす)が、どうしてもと頼めば、それも可能だろう。

 けれど、場所が場所だ。


 妖怪にとって、人は玩具(おもちゃ)ともなるが、毒ともなる。

「……」

 姮娥(こうが)の目は、厳しい。


「入れないことはないはずですよ? 狐丸さまは、お客さまとしてお呼ばれしたのでございましょう? 忍び込むならまだしも、決められた手順を踏みさえすれば、入られるのでしょうね……」


 現に、結界の張られた内裏出会っても、呪詛を受け、亡くなる子どもは多い。床下や屋根裏、屋敷に飾られた宝物などに呪詛を練りこんだものを仕込み、政敵や帝の嫡男などが、狙われた話などよく耳にする。


(どうやるのかは分かりませぬが、抜け道はあるのでしょう……。いえ、それよりも……)


 姮娥(こうが)は、その藤見の宴に狐丸が呼ばれているその事が、ひどく気になった。


「けれど狐丸さま? いくら敦康(あつやす)さまをお助けしたと言えども、内裏の……しかも七殿五舎(しちでんごしゃ)に、呼ばれるなど、驚くほかないのでございますが……?」


 言葉に出すと、不安で胸がいっぱいになる。

(黙って見送って、いいものなのでしょうか……)

 心がザワつく。



「え? どうして……? しちでん……何??」


 狐丸はキョトンとする。

 そもそも七殿五舎が何なのかが、分からない。


「《七殿五舎(しちでんごしゃ)》……帝の妃たちが住まう場所ですわ。普通は入れませぬ。……狐丸さまだけが、お呼ばれしたのですか?」

 姮娥(こうが)は、狐丸に気づかれないように、眉をひそめる。


 帝の妃や子弟たちがいる奥へ、許可なき者たちが入れるわけがない。警護は他と比べるべくもなく、厳重だ。


(何かよからぬ事でも、考えているのではないかしら……)

 未だかつてない例外的な処遇に、不信感しかない。


 姮娥(こうが)は激しくなる鼓動を、必死におしとどめようと、ギュッと胸元の(ころも)を掴んだ。



 と言うのも、狐丸は二尾の妖狐だからだ。

(妖狐……。差し当たり狐丸さまは、九尾ではないから……)

 姮娥(こうが)は、目を細める。


 九尾……数としては、限りなく少ない。現在、存在が確認されているのは、黒狐寺(こくこじ)に封印されている、黒狐のみだ。

 少ないうえに、高度な妖力を宿している。人間にとっては、脅威以外の何者でもない。

 それ故、九尾は最優先捕獲対象に位置づけられている。……その事を狐丸は知らない。


 狐丸は九尾ではない。二尾の白狐だ。


 けれど、多くの妖力をまだまだ秘めている。いずれ、尾は増えるのでは……? と、姮娥(こうが)のみならず、鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)も思っている。

(……この分だと、九尾になるのではないかしら……?)


 狐丸が九尾になるには、あと七本の尾が必要になる。

(あと七本……)


 九尾になれる可能性があるとは言っても、あと七本も必要だ。当分九尾にはならないだろう。

 けれどあと数百年も経てば、古参の妖怪……九尾として、この地を闊歩(かっぽ)しているのではないだろうか……? (あやかし)にとって、数百年など、ほんの瞬きの間だ。


(そしてなによりも、この狐丸さまの妖力……)

 姮娥(こうが)は、小さく唸る。

(数百年と言わず、すぐにでもなってしまいそうですわ……)



 姮娥(こうが)は、長年この地に根をおろし、鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)と暮らしている。


 だから知っている。

 人が何を考え、そして九尾がどんなモノであるか……。



 深刻な顔をする姮娥(こうが)に、狐丸は気づかない。

 ふるふると頭を振ると、口を開いた。


「ううん。僕のほかに、澄真(すみざね)も行くよ」

 狐丸の言葉に、姮娥(こうが)は目を見開く。

澄真(すみざね)さまが……っ!?」

 あまりの驚きに、姮娥(こうが)の声は裏返る。


 基本、内裏には上級貴族しか入れない。


 どう見ても、澄真(すみざね)が足を踏み入れられるような場所ではない。

 姮娥(こうが)は更に、不安になる。


(やはり、狐丸さまは騙されておられるのでは……)

 ゴクリと唾を飲み込んだ。


「え? う、うん。この話は、澄真(すみざね)から聞いたから。……あ、あと澄真(すみざね)の上司の……えっと吉……よし……なんだっけ?」

 狐丸は驚く姮娥(こうが)に、少しビクつきながら、先を続ける。


「吉……!? 吉昌(よしまさ)!?」

「え? そ、そう。姮娥(こうが)……知ってるの……?」

「……」


 知ってるも何も、吉昌(よしまさ)陰陽頭(おんみょうのかみ)。月の手毬を自分の式鬼(しき)に盗ませた、張本人である。


 少し怯えた様子の狐丸を見ながら、それでも姮娥(こうが)は、言葉を返せなかった。

(まさか、《月の手毬》だけでは飽き足らず、今度は狐丸さまを……!?)


 ふるふると怒りが込み上げてくる。

 それは、何としてでも阻止しなければならない!


「こ、姮娥(こうが)? どうしたの? 顔……怖いよ……」

 心無しか、狐丸の声が震える。

「狐丸さま……」

 名を呼ぶが、なんと説明すればいいか、分からない。

 考えあぐねた末に、ひとまず、吉昌(よしまさ)の説明をする事にした。


 ひどく妖怪嫌いなこと。目に見えない式鬼(しき)をつれていること。それから陰陽頭(おんみょうのかみ)であること。




 ──そして、陰陽師は妖怪の敵であることを……。




「……陰陽頭?」

 狐丸は首を傾げる。


「……澄真(すみざね)さまの、《上司》ですわ。……基本、澄真(すみざね)さまは、この《上司》である吉昌(よしまさ)には、反抗出来ませぬ……」


「……そう」

 何を思ったのか、狐丸の顔が曇る。

 それを見て姮娥(こうが)は憐れに思い、慌てて言葉を続けた。


「け、けれど、澄真(すみざね)さまは、あの澄明(すみはる)さまのご嫡男であられる様子。さすがの吉昌(よしまさ)と言えども、そう簡単には、手出し出来ないはずでございます」


澄明(すみはる)……?」

 狐丸が尋ねるように呟いた。


 その言葉に姮娥(こうが)は、こくりと頷く。

澄真(すみざね)さまのお父上であられる澄明(すみはる)さまは、現(みかど)の信頼を、一身に集めていると聞き及んでございます。……身分は中級貴族止まりではありますが、実力は上級貴族と同じでございますゆえ……」

 心配はないのだと、暗に匂わせた。


(本当に心配なのは、狐丸さま……)


 姮娥(こうが)の顔は険しい。

 どう考えても、人間たちの行動があやしいのだ。


(何か……何か企んでいるはずですわ……っ!)


 姮娥(こうが)の勘が、痛いほどに警鐘を鳴らしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 38/38 ・わお、狐さんかわいい [気になる点] そして敵がヤバいのが改めて伝わりました [一言] 人間こわいよー。人間こわい
2021/07/16 08:12 退会済み
管理
[良い点] ふむ、宴席に踏み込む感じかな? 廃嫡とか、いきなり、きな臭く。 [一言] 藤の花って、いい香りしますよね。最近、ジャスミン植えてる家が増えた気がする。温暖化?
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