表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第六章 策略
34/40

心配事

 姮娥(こうが)に続き、鉄鼠(てっそ)が、狐丸の異様さに気づいた。

 これで、気づいていないのは玉兎(ぎよくと)のみである。


 二人は目で合図を送ると、玉兎(ぎょくと)を見た。


 玉兎(ぎょくと)は無邪気に、狐丸との会話を愉しんでいる。

『そうなのですね。狐丸さまは、あの陰陽師……澄真(すみざね)さま? と、お知り合いだったのですか……』

『うん。最初は敵同士だったんだけどね。……あ、ほら見て! この捕縛符!』

 言って左手に巻きついた捕縛紐を見せた。


『ひっ……!』

 それを見て玉兎(ぎょくと)は思わず悲鳴をあげた。

 有り得ないほどの、呪詛が絡みついている。巻き付けている狐丸が祓われていないのが不思議なくらいだ。


 一気に顔色が悪くなり、玉兎(ぎょくと)は慌てて二人を見た。

『「……」』

 当然二人は、既に真っ青だったが、更に青さを増し、もう色がない。

 石のように固まって、フルフルと震えていた。

『……』

 ゴクリと唾を飲み、玉兎(ぎょくと)は耳を伏せる。


 捕縛紐は三人にとって、有り得ないものだった。

 もしかしたら、その紐に触れただけで消し飛んでしまうかも知れない。そう思うと、不用意に動けなくなる。

 三人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。



 そんなこととは知らない狐丸は、ふふふと笑って言葉を続ける。


『この捕縛符はね、澄真(すみざね)と対峙した時に投げられたんだ。すっごく痛くて……腕が落ちるかと思ったんだけど、後から痛くないように巻き直してくれたんだよ……!』

 ね? 優しいでしょ? と続けるが、三人にはそれが優しい行為だとは、到底思えない。

 もしかしたら狐丸は、騙されているのでは……? と、少し不安になる。


『でもね、あの時、ムッとしたんだ……』

 狐丸が軽くグルルルと唸りながら、口を開く。


 ひぅ……。と三人は縮み上がる。

『な、何に、……?』

 恐る恐る玉兎(ぎょくと)が尋ねる。


『ん? だってさ、僕には捕縛紐(コレ)投げたんだよ? でも、玉兎(ぎよくと)たちには風式神(ふうしきしん)使っただろ? ……僕には、そんなに優しくしてくれなかったから……』

 一気に悲しげな表情になり、狐丸の耳がパタリと垂れる。

『それにさ、君たちを抱き上げて、僕から背を向けたんだ……』

 しょぼんとなる狐丸。


『……』

『……』

「……」

 三人は顔を見合わせた。


 沈黙に耐えきれず、鉄鼠(てっそ)が口を開く。


『え、と……? それは、もしかして……やきも……ゴフッ! ……うぐ……い、いや、な、何でもありませぬ……。た、確かにそれはないでありまするな……!』

 途中、再び姮娥(こうが)から肘鉄を喰らいながら、ガクガクと頭を振り鉄鼠(てっそ)が同意する。


『あ、で……でもですよ? 狐丸さま……』

 苦笑いを浮かべながら、玉兎(ぎょくと)が言葉を足す。


『もし……もしも、あの時、その捕縛紐を投げかけられていたのなら、……』

 そこで言葉を切り、玉兎(ぎょくと)はゴクリと唾を飲み込んだ。

『……私はもう……、この世におりません……よ?』

 色をなくし、力なく答える。


 言ったあとで、狐丸の反応が怖かった。

 《そんなに弱いヤツらだったのか!?》と、怒り出したら、どうしよう……。三人は逃げる用意をしながら、狐丸の言葉を待った。


『……え?』

 三人の心配をよそに、しかし狐丸は目を丸くする。

 純粋に、驚いている。

 何故……? そんな声が聞こえてきそうな顔だった。


『……』

『……』

「……」

 驚き方に、全く邪気が感じられず、三人は顔を見合わせる。


 恐る恐る姮娥(こうが)が、口を開いた。


「あの、……その捕縛紐ですら、……その、言いにくいのですが……(わたくし)たちは触れられません……。えっと……呪詛が……強すぎて……?」

 遠慮がちに、そう答えた。

『え? うそ……?』

 狐丸の口から、驚きの声が漏れる。

 狐丸にとっては、驚きでしかない。


『あ、……いえ、嘘ではなくて。私も見て驚きましたが……、その捕縛符……私たちには耐えられません。その紐で触れられたら最期、きっと消されてしまいます……』


 苦笑いする玉兎(ぎょくと)を見て、狐丸はポン! と人形(ひとがた)になると、慌てて袖で、捕縛紐を隠した。


「ご、ごめん。気づかなかった……。僕は平気だったから……っ」

 ギュッと袖に隠した左腕を抱きしめた。


 その様子に三人は目を丸くする。


 恐れていた目の前の白狐は、それほど()()()()ではないらしい。ホッと胸を撫で下ろした。


『あぁ、気になさらないで下さい』

 玉兎(ぎょくと)は笑う。


『どうやら澄真(すみざね)さまは、我々を気遣って下さったのでしょうね。……あの時、狐丸さまが我々を《捕まえて》、とおっしゃったので、消すわけにはいかないと……』


「あ……」

 初めて澄真(すみざね)の行動を理解し、狐丸は下を向く。


『あの時……今朝もそうでありましょうな』

 鉄鼠(てっそ)が静かに口を挟む。


「今朝……?」

 狐丸は鉄鼠(てっそ)を見る。

 見られて鉄鼠(てっそ)は、頷く。


(わし)は、祓われそうになりましたでしょう? あの時のあの目は、確実に祓うつもりであったことは、言うまでもありませぬ。あの目に情が分け入る隙間は、微塵もありませなんだ。……けれど、狐丸さまが飛び出して来なさったでしょう?』


「う。……うん」

 狐丸は、素直に頷く。


『護符を展開していたのにも関わらず、あの者は躊躇することなく、握り潰したではありませんか』

『「えぇ!?」』

 狐丸が返事をするよりも早く、姮娥(こうが)玉兎(ぎょくと)が反応を示す。

 目を丸くして、鉄鼠(てっそ)に詰め寄る。


「握り潰した!? 護符をですか……!? 嘘でございましょう!?」

『な、……なんてことを……』

 言いながら二人は狐丸を見る。

 その顔は真っ青で、理解し難い……と、顔にありありと出ていた。


「え? ……え、と? あの? ……え?……」

 訳が分からず、狐丸は後ずさる。


『……』

 玉兎(ぎょくと)が改めて、狐丸に向き直る。


『……狐丸さま』

「……は、はい……?」

 狐丸も改まって座り直す。


澄真(すみざね)さまとは、いったいどのようなご関係なのですか?』

「え……? あ、あの?」

 真剣に尋ねる玉兎(ぎょくと)に気圧され、狐丸は怯む。

「と、どうって……?」


 その様子に、玉兎(ぎょくと)は小さく溜め息を吐く。

『はぁ。……狐丸さま。護符は呪詛を唱え始めると、解除は不可能なのです』

 キッパリと言う。


「え? で、でも澄真(すみざね)は……!」

 目を見開き、玉兎(ぎょくと)を見る。

 玉兎(ぎょくと)は目を細め、悲しげな表情を見せ、フルフルと頭を振った。

 言葉を理解すると共に、狐丸の血の気が少しずつ引いていく……。


『解除は出来ません。それは絶対です。……澄真(すみざね)さまは呪詛を発動させないために、ご自身を傷つけなされたのは確かです……!』

「……!」

 狐丸が立ち上がる。


「あ、……そ、んな……。す、み……澄真(すみざね)……!」


 バッと飛び出して行こうとした狐丸を、鉄鼠(てっそ)がのしかかって止める。


「や……! 何するの! 離して!! 澄真(すみざね)が……澄真(すみざね)がぁ……!!」


 ジタバタと鉄鼠(てっそ)の巨体の下で暴れた。

『いやいや、なりませぬ。あの時、澄真(すみざね)さまは出かけられていた……。どこへ行ったか、ご存知か……?』

「え? あ。そうだ……」

 狐丸は大人しくなる。


「今日は、……今日は、仕事に行くって……仕事場。仕事場に行った」

 その言葉に、三人は顔をくもらせる。

 小さく溜め息が聞こえた。


澄真(すみざね)さまは陰陽師。陰陽師の仕事場は中務省(なかつかさしょう)……あそこは少し、厄介です」

 言って姮娥(こうが)は、憐れむように狐丸を見る。


 澄真(すみざね)に会えないと悟ると、狐丸は、ひどく動揺を示した。


「あ……。いや、嫌だ。やめて、離して……! 僕、澄真(すみざね)に会う。会って傷を治してあげなくちゃ……。僕、僕が……傷つけた……また、傷つけた……」

 泣き出しそうになりながら、狐丸が悲痛な声をあげる。


 《……傷を治す……?》

 鉄鼠(てっそ)は、心の中で小さく反芻する。


 傷を治せる妖怪がいるとは、聞いたことがない。

 《しかし、優れた薬を作る妖怪がいることも、また確か。狐丸さまはその事をおっしゃっているのか……?》

 鉄鼠(てっそ)は頭を抱える。


 少なくとも狐丸は白狐。


 規格外の妖狐ではあるが、発展途上の高位の妖狐ならば、それも頷ける。しかし、キツネにそのような薬を作る技術はなかったハズだと、頭を捻った。


 《いやしかし、どこかで薬をもらったのかも知れぬ。……今は、そんな事よりも、人間相手に慎重になる事をお教えせねば……!》


 鉄鼠(てっそ)はそう心に決めると、口を開く。


『畏れ多いことながら、狐丸さま……?』

 言って狐丸を見る。

 狐丸の顔は心配にまみれて、哀れなほどに歪んでいた。目も当てられない。


『……っ、』

 しかしここはグッと堪え、鉄鼠(てっそ)は続ける。


『狐丸さまは、前日大暴れされておりまする。……いえ、それが悪いと言うのではありませぬ。しかし、陰陽師である澄真(すみざね)さまには、それを報告する義務がございまする』


「……うん。澄真(すみざね)……そんな事、言ってた……」

 今朝のことを思い出しながら、狐丸はクゥンと、鼻を鳴らす。


 そんな狐丸を見ながら、鉄鼠(てっそ)は言葉を続ける。狐丸は、あまりにも世間知らずだ……。静かに、そんな事を思いながら。


『……。報告では、ありのままを伝えまする。当然……狐丸さま、あなたさまが関係していることは、報告されると思って下さりませ』

「……」

 狐丸は黙り込む。


『今朝のことも当然、見つかりまする。怪我を負っているハズなのですから……』

 ビクッと狐丸の肩が跳ねた。しかし、それは事実である。


 それを横目でみながら、鉄鼠(てっそ)は続ける。


『幸いにも、相手はこの鉄鼠(てっそ)。ただの小ネズミ一匹のこと、傷はそう酷くないハズ。しかし、報告するとなれば、ネズミと白狐がいた……と言うしかないのでございまする。……この意味、分かりまするか……?』

「……」

 狐丸は答えない。ギュッと唇を噛み締めた。



 要は、一度ならずも二度まで……しかも日を開けずして、『白狐』が問題を起こしたと、澄真(すみざね)は報告するのである。


 狐丸はまだ澄真(すみざね)式鬼(しき)ではない。

 こうも度々問題を起こす妖怪なら、祓ってしまえ! となるのが目に見えている。

 たとえ、いくら帝の嫡子である敦康(あつやす)が、『護れ』と命令したとしても、庇いきれるものではない。庇おうとしている澄真(すみざね)の足を、狐丸は自ら引っ張っていることになる。

 その事に狐丸は、今更ながら気づいたのだ。

 気づいて今度は、狐丸が色をなくす。


澄真(すみざね)……」

 小さく呟いて、泣きそうな程に顔を歪めた。


 鉄鼠(てっそ)は小さく息を吐く。


『気持ちは分かりまする。……しかし激情にかられて駆けて行くのは、いただけませぬ』


鉄鼠(てっそ)……、そんな風に言わなくても……』

 狐丸の顔を見て、玉兎(ぎょくと)の心が悲鳴を上げる。たまらず助け舟を出そうとした。

 しかし姮娥(こうが)が軽く首を振り、それを止める。


『……』

 そんな二人のやり取りを鉄鼠(てっそ)は目の端で捉え、狐丸に向き直った。

 辛いかもしれないが、ここは狐丸に理解してもらわなければならない。

 理解しなければ、また同じ思いを味わうのは、目に見えていた。

 そうなればまた、玉兎(ぎょくと)も深い悲しみに落ちるだろう……。


 鉄鼠(てっそ)は口を開く。

『また再び、《白狐が》……と澄真(すみざね)さまに、言わせるのございましょうや……?』


「う……、それは……」

 フルフルと震えながら、顔を伏せる。


 狐丸にも、理解出来た。

 理解出来はしたが、自分のせいで傷を負ったかも知れない澄真(すみざね)を、放って置くこともまた出来なかった。


 その様子に、鉄鼠(てっそ)は困った顔を見せたが、思い切ったように言葉を繋げた。

『……それでも、心配なのでありましょう?』

 大きく溜め息をつく。


「……うん。……僕は、行かなくちゃ。……どうしても、……せめて澄真(すみざね)が今、どうしているのかだけでも、見ておきたい……」

 狐丸は頷く。


 その言葉を聞いて鉄鼠(てっそ)は、思い切ったように、膝を叩く。

『ならば、この鉄鼠(てっそ)、お供致しまする!』

 そう言って立ち上がった。


『……鉄鼠(てっそ)!』

 鉄鼠(てっそ)の言葉に、玉兎(ぎょくと)が非難の声をあげる。


 人間の住む世界は、危険で溢れている。先日、今日……と、痛いほど味わったハズだ。

 そんな所へ行かせたくはなかった。

 鉄鼠(てっそ)を……ではない。()()()だ。


 けれど鉄鼠(てっそ)は笑う。


『大丈夫だ。狐丸さまが暴走しないように、儂がちゃんとお(いさ)めする……!』

 カカと笑った。


「……鉄鼠(てっそ)。それは、ひどいな……」

 狐丸は図星をさされ、悲しげに笑う。

『なんの! 行くのを()めて、放っておけば狐丸さまは、一人で飛んでゆかれる。……ならば、行くのを認めて、一緒に行った方が安全ではないか!』


『……鉄鼠(てっそ)。……だったら私も行きます!』

 玉兎(ぎょくと)が立ち上がる。フラフラとよろけた。


「な、何を言いますの! 今まで倒れていた者が……!」

 今度は姮娥(こうが)が唸る。


『いいえ、私は行きます! もう、後悔などしたくないのです……!』

 玉兎(ぎょくと)の決心は固い。


「……っ、ならば……!」

 姮娥(こうが)はフルフルと唇を震わせ、口を開く。


「ならば、(わたくし)も行きまする! こんな状態の玉兎(ぎょくと)を放ってはおけませんもの……!」


「え……? あ、あの。そんな……悪……」

『『「いいえ! ついて行きます……!」』』


 三人は同時に叫び、顔を見合わせた。

 ふふふふと、笑いが込み上げる。


『狐丸さまは、もう他人ではこざらん』

 鉄鼠(てっそ)は言う。


『そうです。最後まで見届けさせて下さい』

 玉兎(ぎょくと)が、狐丸に擦り寄る。


「妖怪は馴れ合わないもの……。気持ち悪いとお思いかも知れませんが、これが(わたくし)たちなのです……」

 困った顔で姮娥(こうが)が呟く。


「ううん。そんな事ない」

 狐丸は目を閉じ、頭を振る。


「僕は、嬉しい。三人に会えて、良かった……!」

 満面の笑みで、三人に飛びついた。


 妖怪としては異質な四人ではあったが、その不可思議な出会いの絆は、このまま終わることはないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 利害があるわけでもなし、RPGの「旅の仲間」風でもなし、4人の共感面白いですね。 [気になる点] 狐丸の方は直さなくていいのでしょうか? [一言] >狐丸が色をなくす  間違いではないので…
[良い点] 34/34 ・ああー、忘れてたー! そういう設定。  いいですねこの話。なにがいいかって、4人ともいいやつすぎるんですよ! [気になる点] まじで青い人の存在感がありすぎて、狐フェードア…
2021/07/04 08:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ