雷神と白狐
そもそも、本来なら《弓鬼》など使わない。
確かに速さと命中率、それに長距離戦には向いている。
けれどその分、体力を消耗する。
万が一当たらなかった時には、狙った妖怪の反撃のチャンスとなり、それは術者の死をも意味する。
実用には向いていない。
けれど、蒼人の使ったのは《雷神》。
《雷神》は神鬼の中でも高位にあたる。
なので簡単には消えない。
狙った獲物が捕まるか、時が過ぎるのを待つかしかない。
しかしだからこそ、術者である蒼人も、これ以上の攻撃は無理だろう。
澄真の視界の端で、蒼人が片膝を付くのが見えた。
「っ!」
けれど、それどころではない!
蒼人の放った雷神が、狐丸に迫る!
「……っ」
ひゅっと澄真の喉が鳴る。
(もう……ダメ、か……っ!?)
澄真が諦めかけたその時、
──ぽんっ!
「!」
軽い音を立てて、狐丸が人形を取ったのである。
──シュンッ……!
雷神が狐丸をかすめ、向かいの木に当たる。
──カッ! バリバリバリィ……!
ボッと音が立ち、木が燃え上がる。
「狐丸……っ」
泣きそうになりながら、澄真は狐丸を抱きとめる。
が、かなり勢いがのっている。
簡単に、抱きとめられるわけがない。
──ズザザッ……!
「……っ!」
けれど澄真も、せっかく捕まえた狐丸を離すわけにはいかない。
必死になって、狐丸を胸に抱きしめながら、地を転がった。
「ぐぅっ……」
呻きながらも、狐丸を衝撃から守る。
──ザザザッ……。
砂ぼこりが舞う。
勢いが完全になくなってから、澄真は、腕の中の狐丸を覗き見た。
「狐丸……。狐丸! 狐丸っ!」
必死に呼びかけるが、反応がない。
気絶しているようだ。
「……っ」
無理もない。
本来弓鬼とは、弦を弾いて妖怪や悪鬼の行動を封じるものである。
妖力の多い狐丸では役に立たないだろうが、今は状況が違う。
手負いの狐丸には、抗い切れなかったのだろう。
鉄にも似た、血液の匂いが澄真の鼻をついた。
ねっとりとした血液が、手に絡みついてくる。
「狐丸……っ」
澄真は、その名を呼びながら、強く抱きしめた。
微かだが、鼓動を感じる。
気を失っているようだが、息はあるようだ。
ホッとして、その髪に頬を寄せた。
しかし、安心してはいられない。
相手は雷神なのである。
あのまま、消える訳がない。
次の攻撃に備えなければ、今度は狐丸だけでなく、澄真の命まで危うくなる。
「狐丸……っ」
澄真は、気を失った狐丸を着物の袖に包み隠す。
澄真の着ている着物は、陰陽師特有の衣である。
当然、妖怪や神鬼に対して、目くらましの術が施されている。
(これで、暫くは持つはずだ……)
雷神の目をごまかす為に、狐丸の髪の毛を数本もらおうとして、手を止めた。
「……っ」
べっとりと張り付いた血液で、髪の毛を引き抜くのが躊躇われたのだ。
(これで代用するほか、ないか……)
思いながら、流れ出る狐丸の血液をすくい取り、空に撒く。
「具現化せよっ!」
途端に、血液の飛沫は白狐と化す!
──ケーン……!
高い鳴き声を上げながら、数匹の具現化した細長い白狐たちは、四方に散る。
──ぐがあぁぁあぁぁ!!
鬼の厳つい顔を更に怒らせ、雷神が唸る。
「!」
腹の底に響きそうな唸り声に、澄真の肝が冷える。
(……っ、あんなのと、やり合うのか!?)
雷神は、澄真の袖に隠された狐丸には気づかず、具現化された白狐たちを追いかけ始めた。
雷の化身である雷神もさることながら、具現化された白狐たちも、驚くほど速い。
なかなか捕まらずに、雷神は焦れて、落雷を落とす!
──ピシャッ! ゴロゴロゴロゴロ……!
──ガラガラガラ!
──バリバリバリィ……!
(今の、うちに……)
澄真は、懐から護符を出す。
(あ……)
手についた狐丸の血液が、護符に染み込む。
(しまった……)
しかし、手をこまねいている場合ではない。
具現化された狐たちが、捕まり始めたのである。
「……っ、仕方がない」
「急急如律令!」
言いながら、召喚する相手を選ぶ。
向こうは雷神である。
それに見合った鬼神を出さなければ、せっかくの具現化された白狐たちの苦労が泡と消える。
澄真は、目を見開く。
「《風神》! 我らを守れ!」
──ぶわっ……!!
一陣の風が吹く。
現れたのは、異国の衣を纏った、たおやかな天女。
ふわりと風になびく、淡い色の衣をまとい、七色に輝く羽衣を手にしている。
右手には花の刺繍が施された、丸団扇を持ち、優雅に微笑んでいる。
「な……っ」
澄真は、目を見開く。
(失敗、か……!?)
呼び出したはずの風神は、雷神と対になる鬼神だ。
見た目も同じはずなのだが、今、目の前に現れた風神は、全く別物。
別物どころか、戦えるのかすら怪しい。
「……っ」
澄真は思わず、息を飲む。
今の今まで、失敗した事などない。
何が起こったのか、理解出来ずに、激しく動揺する。
その動揺を悟ったのか、見目麗しいその天女は、面白そうに艷やかに笑ったのだった。