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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第五章 企て
25/40

殺気

 澄真(すみざね)芦毛(あしげ)色の馬に乗って、ゆっくりと出てくる。

 門番が、いってらっしゃいませ……と頭を下げた。


 澄真(すみざね)は、それに軽く(こた)え、能面のような微笑みを返す。

 相変わらず、人が苦手のようだ。



「!!」

 しかし微笑んだその瞬間、澄真(すみざね)の顔色がサッと変わる。


 ビクッと身を強ばらせ、何かに驚いたように馬の手綱を強く引いた!




 ──ヒヒーン……ッ!!




 千景(ちかげ)がそれに素早く反応する!

 鋭く(いなな)き、前足を振り上げた。



 一気に場が殺気立つ──!



「!?」


 何事かと門番たちが目を見張り、持っていた槍を構える。




 ──ザッ!




 しかし構えはしたものの、門番たちは目指す敵がなんなのか分からない。

 目標を定められず、オロオロと戸惑った。


「……」

 そんな中澄真(すみざね)は確実に、例のネズミをその目で(とら)える。


 素早く護符を取り出し、構えた。


 ネズミを冷たく()めつけると、低い声で呪文を唱え始める。

 灰青の瞳が、鈍く光る。


急急(きゅうきゅう)……」



『!』


 まさか見つかると思っていなかった鉄鼠(てっそ)は、悲鳴すらあげられず、その場に凍りついた。


 相手はあの澄真(すみざね)なのである。

 見つからないはずは、なかったのだ。


『あ、バカ……!』

 狐丸は唸る。



 昨日の今日だ。


 澄真(すみざね)は、妖怪を不用意には祓わない……と、狐丸は勝手に思い込んでいた。


 思っていたからこそ、傍観を決め込んだのだ。

 けれど、今の澄真(すみざね)の目は、ひどく冷たい。




 ──ぞく……っ。




『……っ!』

 狐丸の背中に、冷たいものが走り抜けた。


 《……怖い》


 ふと、初めて会った時のことを思い出し、背筋が凍る。

 放っておけば、あのネズミは確実に消されるだろう。


 小さく悲鳴をあげて、狐丸は木から飛び降りる。

 考えるよりも、先に体が動いた。




 ──ザザ……っ!




 木の影から飛び出ると、狐丸は迷わず澄真(すみざね)の前に飛び出した。


『……っ、』

 飛び出して、直ぐに後悔する。


 《一緒にに祓われたら、どうしよう……》

 ギュッと目をつぶった。


 澄真(すみざね)の殺気は、尋常ではなかった。

 今、狐丸は妖怪の姿だ。


 《僕だって気づかずに、祓われるかも……!》


 怖くなって耳を伏せ、澄真(すみざね)を見上げた。


「な! 狐丸!?」


 けれど狐丸の心配をよそに、澄真(すみざね)は直ぐに狐丸を見つける。

 驚いて、澄真(すみざね)は手網を操った。

 ブルルルと千景が鼻を鳴らし、向きを変える。


「……っ!」

 それと同時に、澄真(すみざね)は慌てて発動中の護符を解いた。




 ──カッカッ、カッ……!




 足踏みをする千景の(ひずめ)の音が響く。


「どうどう……!」

 なだめるように、澄真(すみざね)が千景の首筋を叩いた。


 狐丸はホッとする。

『ごめん! 澄真(すみざね)!! ()()もらうから……!』


 狐丸はそう言って、素早くネズミを口に咥えると、思いっきり地を蹴った!

「あ、こら! 狐丸っ!?」

 背後で澄真(すみざね)の声が響く。




 ──ヒュン……ッ!




 耳の傍で風が鳴った。

 一気に上空まで駆け昇る!




 ──びゅわ……っ!




 強い衝撃が、辺りを襲う──!


「う……! 狐丸っ、」

 狐丸が駆け昇る余波に耐えながら、澄真(すみざね)が唸る。


 逆巻く風の軌道に抗いながら、澄真(すみざね)は狐丸を仰ぎみる。


「き……狐丸……! あいつ、なにやって……っ、くっ!」

 再び吹き荒れた余波を防ぐため、澄真(すみざね)は袖で顔を庇った。

 バタバタと大きく音を立て、純白の(ころも)がなびいた。





『ふぅ……』

 ため息をつく。


 《澄真(すみざね)……怖かった……》


 振り返ると、澄真(すみざね)はもう遥か彼方。

 今はもう、豆粒ほどに小さくなっている。


 《あんな、怖い澄真(すみざね)は久しぶりに見た……》

 長いこと、澄真(すみざね)と親しくしていて、狐丸はすっかり忘れていた。

 澄真(すみざね)は陰陽師である。


 陰陽師は、妖怪を祓う者だ。


 本来なら、狐丸にとって澄真(すみざね)は、敵対すべき人物なのである。


 気を許してはいけない……。

 けれど今の狐丸には、澄真(すみざね)妖怪を祓う者(悪いヤツ)には見えない。


 《……少なくとも、()()()そうだ》

 ぼんやりとそう思う。


 自分を祓おうとする澄真(すみざね)は、想像がつかなかった。


 豆粒から更に小さくなってしまった澄真(すみざね)を、狐丸はそっと見下ろす。


 《……ふふ》

 見えるはずはないのだが、狐丸には澄真(すみざね)の呆けた表情が見えるようだった。

 さきほどの殺気は、完全に消えている……。



 その姿が可笑しくて、狐丸はホッと目を細める。

 澄真(すみざね)はちゃんと、自分のことを見ていてくれた……。



 初めて対峙した時は、ひどい殺気を惜しげもなく自分に浴びせてくれた。

 捕縛紐で絡め取られ、危うく死にかけた。


 昨日などは、自分を見捨て、他の妖怪と共に走り去った。挙句の果てに結界を張り巡らせ、自分を傷つけた。

『……』


 だから、本当は……。


 《本当は、一緒に祓われるんじゃないかと思った……》


 狐丸は少し目を伏せる。


 ネズミが祓われそうになったとき、咄嗟に庇った狐丸ではあったが、本当はひどく怖かったのだ。

 獲物を狩る肉食獣のような、目をしていた者の前に飛び出すなど、無謀にもほどがある。

 一緒に狩られても、文句は言えなかっただろう。


『……』

 けれど違った。


 殺気をはらんだ……いや、()()()()()()であったあの目で、それでも狐丸を見極めた。


 《僕だと気づいて、慌ててた……》

 自分を見た時のあの、困ったような、驚いたような、複雑な澄真(すみざね)の顔を思い出し、狐丸は一人くすくすと笑った。


 モヤモヤしていた心が少し、晴れたような気がした。


 ご機嫌になって、口に咥えたネズミをポーンと、空中に放り投げる。




 ぢゅ────っ!




 と、ネズミは変な悲鳴をあげた。

 狐丸は、そのネズミを背中で受け止めると、うふふふふ……と笑う。


『ねぇ、君はなんて名前なの? 玉兎(ぎょくと)とは、どんな関係……?』

 しっぽを振りながら、宙を駆る。


 何だかひどく、気分がいい!

 ふんふん、と鼻歌でも歌いたい気分だった。


『!』

 玉兎(ぎょくと)の名前が出てきて、ネズミは驚く。

 目を丸くして、口を開いた。


『わ……(わし)鉄鼠(てっそ)と言う……。玉兎(ぎょくと)……玉兎(ぎょくと)は儂の友だ。お前は、……お前が狐丸か……?』

 おずおずとネズミは尋ねる。

 狐丸は空中に立ち止まる。


『ん? 僕のこと……知ってるの……?』


 その言葉に、鉄鼠(てっそ)は目を見開きポロポロと泣き始めた。

『え……?』

 狐丸は自分の背に、鉄鼠(てっそ)の溢れる涙を感じ、目を見張る。


『あ……。生きてた……生きてた……! 玉兎(ぎょくと)、生きてたぞ……!!』

 狐丸の首筋に、スリスリとその顔を擦り付けた。


『え? な、なに? なんなの……!?』

 戸惑う狐丸を置き去りにして、鉄鼠(てっそ)は泣けるだけ、泣きまくったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 25/25 >>>モヤモヤしていた心が少し、晴れたような気がした。  今日はこれです。これが響きましたのですです。 [気になる点] 狐丸だけ態度を変えるの、うふふ [一言] そしてよう…
2021/06/07 08:20 退会済み
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