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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第五章 企て
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忍び込むその前に……。

 夜も更けて、空に銀色の星が瞬き出す頃、鉄鼠(てっそ)は仲間を数匹引き連れて、吉昌(よしあき)の屋敷を訪れた。


 ケロケロケロ……と田畑では、カエルが鳴いていた。

 小さな虫たちの音も聞こえる。


 既に田植えは終わっていて、カエルたちも、ここぞとばかりに(くつろ)いでいるのだろう。

 田んぼのあぜ道を歩きながら、鉄鼠(てっそ)はその鳴き声に癒された。


『……』

 不意に鉄鼠(てっそ)の脳裏に、気落ちした姮娥(こうが)玉兎(ぎょくと)の姿が浮かんだ。


 自分たちのせいで、白狐が死んだのではないかと、ひどく落ち込んでいる顔だ。


 カエルは姮娥(こうが)の眷属ではあるが、今、田畑で心地よく鳴いているカエルたちは、きっと姮娥(こうが)の気持ちを知らないのだろう。


 主が悲しんでいたとしても、その末端の配下まで、その想いが通じるとは限らない。それは鉄鼠(てっそ)にも言えることだ。


 こうも月の手毬と幻月(げんげつ)童女の安否を気遣ってはいるのだが、それは鉄鼠(てっそ)だけ。


 配下の者たちにとって、それはあくまで、()()()()()()()()()()なのである。優先するべきものではない。


 優先すべき者……それすなわち鉄鼠(てっそ)、なのである。



『さて……どうしたものかのぅ』


 鉄鼠(てっそ)は屋敷に着くと、地面にドカッと座り、屋敷を見上げた。

 屋敷はかなり広い。このどこかに月の手毬があるのだけは確かだった。

 しかし、何処にあるのかまでは、まだ把握出来ていない。


 手強さを感じ、鉄鼠(てっそ)は唸る。


 月の手毬の在処を絞りはしたものの、場所が悪い。

 まさか、陰陽師……しかもその(かしら)である吉昌(よしまさ)の屋敷の中にあるとなると、ことは厄介だ。


 いかに手際よく奪還するか……それが、今回の難題であった。



鉄鼠(てっそ)さま。……ここは諦めた方が……』

 近くに控えていた梅丸が、声をかける。ほかのネズミたちも同意見だ。

 後ろに控え、平伏していた。


 しかしその言葉に、鉄鼠(てっそ)はすぐさま牙をむいた!


『何を言うかっ! あれはただの毬ではないっ! あれは幻月(げんげつ)童女さまの大切な毬なのだぞ! 月の使者であらせられる童女さまが、大切にしておられる毬を、居場所を把握しておきながら、みすみす諦めよとお前は言うのかっ!?』


 鉄鼠(てっそ)は目ん玉が飛び出さんばかりの勢いで、梅丸を叱責する。

 口からは飛沫が飛び散り、鬼のような形相だ。


『も、申し訳ありませぬ……!!』

 梅丸はぶるぶるふるえながら、その場に平伏する。


 けれど梅丸にとって、月の手毬など取るに足らない物……なのである。


『し、しかしながら、この屋敷は(いささ)か、あぶのうございます……』

 しっぽを丸めながら、それでも梅丸は鉄鼠(てっそ)言上(ごんじょう)する。


『ううむ。……それは(わし)とて、分からぬわけではない……』

 腕を組み、鉄鼠(てっそ)は唸った。



 さすがは陰陽頭(おんみょうのかみ)と言ったところだ。

 屋敷に張り巡らせた護りの術は、そこらの護りとは訳が違う。


 門や塀に施された結界は、公家の家ならばどこでも見られるが、上空や地中までにも結界がおよんでいる……となると、相当な妖怪嫌いなのだろう。

 これでは小物の妖怪ですらも、悪さできまい……。


『うーん』

 鉄鼠(てっそ)は唸る。


 ここまでの鉄壁さであれば、もはや妖怪嫌い……などというレベルではない。相当憎んでいる……と言った方が正しいように思えた。


 無理をして忍び込んだとして、見つかれば、ただでは済まされないだろう。

 鉄鼠(てっそ)は、唸りながら眉を寄せる。



 実はこの鉄鼠(てっそ)、結界を解くのは得意中の得意である。


 人が結界術を編み出した頃から、自慢の前歯でカリカリカリカリ齧って、忍び込んでいたのだ。

 どんなに結界術を極めようとも、工夫しようとも、基本は同じ。

 あの頃のまま。


 ……と言うより、結界術にどんな手を加えようが、本質を変えることが出来ない。鉄鼠(てっそ)は、そこを(つつ)いているのである。


 鉄鼠(てっそ)が解除出来ない結界は、もうその時点で結界とは言えない。


 術が編み出された、あの頃のことを知るものであれば、崩せるかもしれないが、鉄鼠(てっそ)が知る限り、そんなものは存在しない。


 これでも、ネズミたちの棟梁である。


 自分の他にも、結界を崩せるものが存在するのだろうか……と気になって、以前調べたことがあった。けれどいなかった。

 そこここにいるネズミたちを駆使し、調べあげた情報の確かさだけは、鉄鼠(てっそ)には自信がある。


 妖怪に、隠密業があるならば、鉄鼠(てっそ)はぼろ儲けしたに違いない。

 が、あいにくとそのようなものはない。


 勝手気ままな妖怪が、他者を気にするなど、ほとんどない。

 需要は()()……と言っても過言ではない。


 他者を気にして調べ回っている鉄鼠(てっそ)は、妖怪の中でも変わり者だと言ってもいい。



 《しかし、これは如何ともし難い……》


 確かに、結界は崩せるだろう。

 配下の者たちに手伝わせれば、全て取り除ける自信もある。


 しかし、妙な気配がするのである。


 《……? なんだ? このにおいは……》

 訝しんで鉄鼠(てっそ)は、鼻をひくつかせる。


 《病人のにおい……? いや、病気を運ぶ、妖怪のにおいか……》


 おそらく吉昌(よしまさ)()()()()()()()()()式鬼(しき)だろう……と鉄鼠(てっそ)は、渡りをつける。


 この()()()()()が、厄介なのだ。


 あの月の手毬が保管されていた、(ほこら)でも微かに嗅いだ、このにおい。

 そのにおいを辿って、ここまで鉄鼠(てっそ)は来ることが出来た。だから、在り処を見つけることが出来たのは、一重にこのにおいのお陰でもある。


 《だが、()()吉昌(よしあき)の式鬼であれば、あっという間に知らせが行くだろう……》


 それは鉄鼠(てっそ)たちの、《死》をも意味する。

 見えようものなら、用心もできよう。しかし、姿が見えないのだ。


『……』

 鉄鼠(てっそ)は歯ぎしりする。


 かろうじて、においは分かる。分かるが、屋敷に住んでいるせいか、においが染み付き、動きが読み取りづらい。

 しかも、嗅ぎ分けられるのは鉄鼠(てっそ)のみときている。ほかの鼻のいいネズミたちを集め、嗅がせたのが、どのネズミも嗅ぎ分けられなかった。


 見えないのだから、用心出来ない。見つかったことすら気づけない。しかも、においに気づけるのが鉄鼠(てっそ)のみ……これでは、到底話にならない。


『これは困った……』

『て、鉄鼠(てっそ)さま……? やはりやめましょう。(わたくし)どもは、鉄鼠(てっそ)さまが心配なのです。……あなたにもしもの事があれば……』

 言いながら、梅丸が青い顔をして、ふるふると震える。


 その姿を驚いたように見て、鉄鼠(てっそ)が笑った。

『はは……! お前は小心者なのだな! 万が一がないように、こうして作戦をたてておるのだろう? 心配するな……』

 梅丸の頭をグリグリと撫でた。


 梅丸の心配が、本当はありがたかった。


 妖怪は、所詮妖怪である。

 相手を思いやることなど、ほとんどない。


 けれど梅丸たち鼠軍団は、半分妖怪半分ネズミであるが故、いつもこうして鉄鼠(てっそ)の事を気遣ってくれるのである。


 《だからこそ、こんなにも永く生きることが出来た……》


 口に出して言うことなどないが、鉄鼠(てっそ)は心の底から、この小さなネズミたちに感謝し、大好きだった。


 《だからこそ、しくじるわけにはいかん……》

 何としても無事に、月の手毬を奪還しなければ……!


 鉄鼠(てっそ)は屋敷を睨みつける。

 何とか方法はないものかと、夜が更けきるまで、悩みに悩んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 21/21 ・鼠さんですか。  カリカリいいね [気になる点] んんー、この鼠、どーなるのかな? [一言] 《》←何気にいいアイディア。どこかで真似してみましう
2021/05/26 17:10 退会済み
管理
[良い点] 結界を、齧るという発想面白いです! [気になる点] 鼠軍団! 一匹は弱いけど、集まるとめちゃめちゃ強いとか? 象すら倒すと言われる軍隊アリ連想しました。
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