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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第四章 池の秘密
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池の仕組みと傷の手当て

 あはははは! と澄真(すみざね)の笑い声が響く。


 蒼人(あおと)は、ポタポタと髪から滴る水滴を手で掻き上げる。

(……とんだ仕打ちだ)

 ひとまず今日が、あたたかくて良かった。


 登りきった太陽は、例年よりも暑い。

 寒さで凍えることはない。


(しかしこの姿……)


 蒼人(あおと)は、はぁ……と溜め息をついて、澄真(すみざね)の待つ縁へと歩く。歩きながら、右手に巻かれた、袖括りの紐を解いていく。


 恐らく澄真(すみざね)は、濡れないように……と気を使って結んでくれたのに違いない。けれど、水そのものである式鬼神(しきがみ)に抱きつかれては、元も子もない。


「はぁ……」

 蒼人(あおと)は再び溜め息をつく。

 ばちゃ……と音をたてて、水を含んだ袖が広がった。


 ボタボタと着物から水が、滴り落ちる。……《滴る》という程度の水量ではない。

(むしろこれは《溢れる》が、正しいな……)

 袖を絞ると、ザバーっと水が溢れた。


 それを見て、澄真(すみざね)は嬉しそうだ。

 袖で口許を隠し、笑いを堪えている。


「ふふふ。その池には(しゅ)が込められていてな。あの式鬼神の住処(すみか)になっているようだよ」

 澄真(すみざね)が説明する。


「面白いことに、縛り付けているわけじゃないみたいなんだ……。居心地がいいように、呪で護っているようだ……」

 言いながら、蒼人(あおと)の傍へと歩いてくる。


「……縛り付けていない?」

 バタバタと袖を振るい、蒼人(あおと)は眉を寄せた。

 ……絞れるだけの水は、一応絞り取れたようだ。

「……」



 式鬼神……とは、いわゆる妖怪のたぐいである。


 本来なら式鬼として使役するため、花押を刻み行動を制限したり、地に縛り付ける。


 使役するため……とは言っているが、本来の目的は、()()()()()()()()()である。

 その縛りは、絶大だ。

 式鬼はそれなりの苦痛を、ともなうらしい……。


 その事を澄真(すみざね)は知っているので、けして自分の式鬼を持とうとはしない。蒼人(あおと)は、その事を知っている。


 そんな澄真(すみざね)が《素晴らしい》と言うのだから、本当に縛ってはいないのだろう。

「……」

 けれどそれは、信じがたい。


「それでは……危険なのでは……」

 蒼人(あおと)は唸る。


 普通の人は、力を持たない。

 力を持つ妖怪には、勝てないのだ。


 池の水を、あれだけ操れる式鬼神……。

 民家を押し流すことなど、造作もないに違いない。


 それがただ、屋敷内に、住処を提供しているだけなど……。


 蒼人(あおと)の心配げな顔を見て、澄真(すみざね)は、小さく笑う。

「……そうかも知れないな」


「ならば……!」

 蒼人(あおと)は声を荒らげる。


 大人しくしている今、ここで、祓ってしまうのが得策なのではないだろうか?

 蒼人(あおと)は眉を寄せた。


 けれど澄真(すみざね)は、頭を横に振る。


「そうかもしれないが、そうでないかもしれない。……この水式神は、お前の命を救ってくれたんだぞ? 幼い私の術だけで、お前の傷が癒せるとでも思ったか……?」

 澄真(すみざね)が冷たい目で、蒼人(あおと)を見る。


「そ、それは……っ」

 ぐっと息を呑む。


「お前だけじゃない。私も救われた」

 言って、悲しげに笑った。


「……っ、」

「あの時、水柱をあげてくれたから、私たちはすぐに発見して貰えた。記憶のないお前に自覚はないかもしれないが、私はあの後、生死を彷徨った。見つかるのが遅ければ、死んでいたかもしれない……」


 澄真(すみざね)は、静かに池を見る。


(《死んでいたかもしれない》……!?)

 蒼人(あおと)の血の気が引く。


 思わぬその言葉に、底知れぬ恐怖が蒼人(あおと)を包み込んだ。

(下手をしたら、澄真(すみざね)さまを失っていた……?)

 ゴクリと唾を呑み込む。




 ──ゴオォォオォォ……。




 突如、突風が吹き荒れた。

 春先にはよく吹く風だ。


 それは到底そよ風とは言いがたく、時に人を襲う……!


 庭の木々を風が激しく揺すった。

 ハラハラと木の葉が舞い、小枝が落ちる。

 池の水面にいくつもの波紋をつけた。


「う……っ」

 蒼人(あおと)澄真(すみざね)は、袖で顔を覆い、風を防ぐ。

 無闇に息を吸い込めば、咳き込むこと必須である。

 砂埃が舞い上がった。



 風がやみ、澄真(すみざね)は顔をあげる。


「この季節は風が強くなるからか、病も飛んでくる……。蒼人(あおと)、池の水で濡れたのだから、早く着替えて来い。風邪を引くぞ……?」

 困った様子で、澄真(すみざね)が言う。


(心配してくれているのか……?)


 そう思うと、蒼人(あおと)は嬉しくなるのだが、自分はそんなに弱くない。

 蒼人(あおと)は、笑って口を開いた。


「大丈夫ですよ。この程度では……、は……は、……っくしゅ……っ!」


「!」

 思わず出てしまったクシャミに、澄真(すみざね)が目を丸くする。


(……あ、クシャミが出てしまった……)

 さきほど舞った砂埃でも、吸い込んでしまったのだろう。鼻の奥がムズムズした。

 濡れた着物の袖で、鼻を押さえた。


 けれど格好はつかなかったな……と、蒼人(あおと)が真っ赤になって、恥じ入っているところへ、澄真(すみざね)が飛んで来た。


「え? ……澄真(すみざね)さま……!?」




 ──ふわっ……。




「だから言っただろ? 早く着替えて来い……」

 ひどく心配した様な目だった。


「!」

 今度は蒼人(あおと)が目を丸くする。


 実際蒼人(あおと)は、それほど病弱ではない。むしろ強い方だ。この程度では、風邪を引かない。


 けれど、いつも寝込む澄真(すみざね)にとって、それは信じ難い事だったのだろう。クシャミをした蒼人(あおと)を心配して、自分の着物で包むように抱きついて来たのである。


「す、澄真(すみざね)さま……っ」

「ほら、じっとしてろ!」

 言いながら袖で、蒼人(あおと)の濡れた髪を拭き始めた。


「お、お待ちください……! お召し物が濡れますっ。き、着替えて来ますから、離してください……っ!」

 少し勿体ない気もしたが、着物を濡らせば、今度は澄真(すみざね)の方が熱を出してしまう。


 丈夫な自分と違い、澄真(すみざね)では、この寒さには耐えれないだろう。

 蒼人(あおと)の言葉に、澄真(すみざね)は少し文句を言いながら、体を離した。


「最初から、そうしてればいいんだ。余計な強がりは言うな!」

「強がりではありませんっ。少しクシャミが出ただけではないですか。あなたと違って、私はそんなに病弱ではありませんよっ!!」

 思わずムッとなって言い返す。


 それに澄真(すみざね)もムッとしたのだろう、再び口を開いた。


「何を言うんだ! 今の季節は朝晩の気温差が激しいから、体調を崩しやすい。突風が吹くから、妙な病魔も舞い込んでくる。用心し過ぎるくらいで、ちょうどいいんだ! お前は楽観視し過ぎるんだよ」

 言いながら、髪を引っ張り自分へと寄せる。

 身長差があり、届かないようだ。


「痛い……! 何するんですかっ、痛いじゃないですか! ……分かりました。分かりましたからっ! 澄真(すみざね)さまも室内にお入りくださいっ。……あぁ、もう! こんなに濡らしてっ、……あなたは濡れていなかったんですから、そのまま屋敷に戻れば良かったのに……」

 恨めしそうに、濡れた澄真(すみざね)(ころも)を見た。


澄真(すみざね)さまも、着替えてくださいね! 私の着物を出すように伝えておきますから」

「その必要はない! このままでいい」

「なに言ってるんですかっ! そちらこそ、強がりはおやめ下さい! あなたが熱を出すと、周りの者が困るんですっ!」


 ギャーギャーと(きざはし)のところで騒いでいると、垂らしていた御簾(みす)が、ふわりと揺れた。


「!」

 二人はハッとして、そちらを見る。




「な……にを、騒いで、……るの……」




 柱に寄りかかり、銀髪の妖狐が顔を出す。


 包帯だらけの体からはまだ血が溢れ出しているのだろう。じわりと血が滲んでいた。傷が痛々しい。

 多少無理をしているのが見て取れた。


「……! 狐丸! 寝ていなくていいのか!?」


 澄真(すみざね)の表情が、パッと青ざめる。

 慌てて、狐丸の傍へと駆け寄った。


 狐丸は傷が痛むようで、柱に身を寄せながら、かろうじて立っているようだった。


 澄真(すみざね)が近づいたのを見てとると、その場にぺたりと座り込んだ。疲れたように、白い耳を伏せた。

「狐丸……っ!」

 澄真(すみざね)が悲痛な声をあげる。


「……っ、」


 今まで見たことのない澄真(すみざね)の表情に、蒼人(あおと)は眉をしかめた。


 ズキリと胸が傷んだ。

 二人が一緒にいる姿に、嫌悪感しかない。


 ギリと歯ぎしりをすると、蒼人(あおと)も慌てて、二人の傍へと駆け寄った。

 簡単に、二人きりにさせる気はない。


 澄真(すみざね)は心配げに、狐丸の頬を撫でている。

 狐丸は撫でられて嬉しいのか、ホッとしたのか、耳をパタパタとさせ、目を伏せた。

 そのおでこに、澄真(すみざね)は唇を寄せる。


 その姿に、蒼人(あおと)はギョッとなった。


「うわぁ……っ! 何してるんですかっ、あなたは!」

 蒼人(あおと)は叫んで、狐丸から多少乱暴に澄真(すみざね)を引き剥がした。

 目の前でイチャつかれてはかなわない。


「な、何って……熱を診るんだよ」

 言って蒼人(あおと)の手を払い除けると、再び口を寄せようとする。


「いやいやいや。熱は手で測るものです。口ではありません」

 蒼人(あおと)は、必死になって澄真(すみざね)の襟を引っ張った。

 引っ張られて、澄真(すみざね)はもがく。


「離せ、苦しいだろ!?」

 それに……と言いつつ、澄真(すみざね)蒼人(あおと)に向きなおる。


 向きなおりながら、自分の手を蒼人(あおと)の額におしつけた。

 ヒヤリと、氷のように冷たい手の感覚が、蒼人(あおと)を襲う。


「ひっ。何するんですか。冷たいじゃないですか……っ!」


 蒼人(あおと)は唸た。澄真(すみざね)の手は、初夏に近いという季節なのにもかかわらず、相変わらず氷のように冷たい。

 それに言葉に対して、澄真(すみざね)は異を唱えた。


「そうだろ? 冷たいだろ? 私は()()のおかげで、手では熱が測れない。唯一測れるのが()()だ!!」

 どうだ! 参ったかっ! と言わんばかりに自分の唇を指さす。


「いや……いやいやいや、……自慢できませんからね。……ん?」

「あ……!」

 蒼人(あおと)と狐丸が声をあげる。何かを見つけたようだ。


 澄真(すみざね)の指さしたその唇に、傷があったのだ。


 雷神と対峙した時に、食いしばりでもしたのだろう。結構な傷痕となっていた。

 その傷に蒼人(あおと)と狐丸が気づき、声を上げたのだった。


 澄真(すみざね)は、自分の唇に触れる。

「あ……」

 今初めて、怪我に気づいたらしかった。触れると少ししみるようで、顔をしかめた。



澄真(すみざね)……!」

 狐丸が澄真(すみざね)を呼ぶ。


「ん? ……んん!?」

 振り返るとそのまま首に手を回され、ペロリと唇を舐めとり、くちづけた。


「うわぁぁあ……! 何してるんだ! この妖狐は……っ」

 今度は、狐丸の襟首を掴む。


「やめろ蒼人(あおと)! 狐丸は怪我人だぞ!」

 言いながらも、澄真(すみざね)の頬は赤い。


「妖狐は()ではありません! 多少の事では死にませんよ!!」

 イラッとしながら、澄真(すみざね)を非難する。


 狐丸を澄真(すみざね)の近くに置いていては、何をしでかすか分からない。早く布団へ寝せてしまえ! とばかりに蒼人(あおと)は狐丸を抱き上げた。


 抱き上げた狐丸は、見た目よりもひどく軽く、蒼人(あおと)は目を見張る。

「軽……っ」


 抗うことなく、大人しく蒼人(あおと)に抱かれている狐丸を見て、今度は澄真(すみざね)が顔をしかめる。


「あ……。ごめんなさい。僕、治癒使えるから。……でも舐めないと治せなくて……」

 その言葉に、蒼人(あおと)澄真(すみざね)が目を細めた。




 ──「「だったら、自分の傷をまず治せ!!!!」」




 息はピッタリだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 狐丸ーーーーーーーー!!!!!  ひさしぶりだなイヤっほうショタショタだー [気になる点] 「妖狐は人ではありません! 多少の事では死にませんよ!!」  ここでもう草 [一言] あーめ…
2021/05/26 16:58 退会済み
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