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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第四章 池の秘密
19/40

式鬼神

「あの池は、湧き水を利用しているのだろう?」

 不意に澄真(すみざね)が呟いた。


「……! え、えぇ……」

 微笑む澄真(すみざね)に見とれていた蒼人(あおと)は、慌てて池に目をやる。


「祖父が自慢していました。湧き水を汲み上げ、あの岩から滝のように出しているのだと……」


 そこまで言うと、澄真(すみざね)は声をあげて、笑い始める。


「あはは……! だから、それはおかしいだろ……?」

 目の端に涙が浮かんでいる。


 蒼人(あおと)は目を細めた。


 笑われているのに、少しも嫌な感じがしない。

 むしろ抱きしめたいほどに、愛おしく思っている自分に、嫌気がさしてくる。


(……今触れたら、この人は……どう思うのだろう……?)

 もちろんそんな事は、できもしないのだが、澄真(すみざね)の気持ちが知りたくてどうしようもない時がある。


(こんなにも近いのに、触ることすら叶わない……)

 目を伏せ、ぎゅっと拳を握った。


「お……おかしい、ですか……?」

 必死に自分を抑える。


「ふふ。そりゃな。おかしいさ」

 言って、蒼人(あおと)の袖を小さく掴んだ。


(ひ……っ)

 掴むその姿が、あまりにも可愛くて、蒼人(あおと)は心の中で悲鳴をあげる。理性が飛びそうだった。


 蒼人(あおと)澄真(すみざね)も、もう子どもではない。

 女性に間違えることなど、ありえないのだが、蒼人(あおと)の中の澄真(すみざね)は、()()()から少しも変わらず、可愛らしい小狐のままだ。


(なんで男なんだ……)

 今までにも、何度そう思ったことだろう。


(女性なら、何も悩まずに抱きしめる事が出来るのに……。言葉を尽くして、必ず手に入れるのに……!)

 掴まれた袖を見た。


 体の大きな蒼人(あおと)には考えられないほど、白くなめらかな指をしている。


「こっち……」

 言って澄真(すみざね)蒼人(あおと)に微笑みかけ、ちょんと袖を引く。

 その繊細な動きは、どう考えてみても、女性の()()である。


 蒼人(あおと)の思考が一瞬、停止する。

(可愛いぃ……!)

 自分を必死になって抑え、我慢しようとすればするほど、澄真(すみざね)への想いは募った。


 蒼人(あおと)澄真(すみざね)に引かれるまま、フラフラとついて行く。

 ほとんど周りは、見えていない。


(この勢いで、『死ね』と言われたら、本当に死ねるかも知れない……)

 などと危ないことを考えながら、蒼人(あおと)はついて行く。


 こちらを向いていないことをいい事に、ここぞとばかり澄真(すみざね)を眺め回した。



 澄真(すみざね)(きざはし)を降り、裸足で庭へと出る。


 袴の裾から、チラリと見えた脚が驚くほど白い。

 ゴクリと唾を飲み込み、蒼人(あおと)は見入る。


 澄真(すみざね)は生まれつき色素が薄い。

 それは髪や目だけではない。その肌も透けるように白い。


 外を駆け回る仕事であるにもかかわらず、澄真(すみざね)は下手な女性よりも色白であった。


(……やはり、誰にも渡したくない……!)


 どうにか、手に入れる方法を見つけよう……。蒼人(あおと)は人知れず決心をする。


「湧き水は、湧き水だ。池の底から湧くものだ。……ほら、あそこ」

 言って澄真(すみざね)は、指をさす。


「!」

 顔を覗かれ、蒼人(あおと)は焦り、目を逸らした。


 この想いはひとまず、悟られたくない。

 悟られれば、警戒されるに違いない。

 警戒されたら終わりだ。まず、近づけなくなるだろう。


 それを考えると、血の気が引く思いがする。

 それだけは、何としても避けたかった。


「……あの、砂がポコポコしている所ですよね?」

 心を落ち着かせ、言葉を紡ぐ。

(話に、集中しなくては……)

 澄真(すみざね)と会話することは、あまりない。それは、上司部下の間柄になった今でも、変わらない。

 それゆえ、こうして会話出来る機会も、貴重なのである。


「そうだ。あそこから水が湧いている」

 澄真(すみざね)は、満足気に頷く。


「だけど、それだけだ。あれが岩を通って、滝のように溢れるわけがないだろう……?」

「……あ」

 言われて蒼人(あおと)は、ハッとする。


(そう言われてみれば、そうだ……)

 湧き出す水に、それ程の勢いはない。


 大雨で水が溢れたのならいざ知らず、これはただの湧き水だ。

 屋敷ほどに大きい岩山を登り、滝のように溢れるなど、本来はありえない。


「え……? え!? それなら何故、滝になっているのですか……!?」

「ぶっ、ぶふふふふふ……」

 澄真(すみざね)は、笑い転げる。



 そもそも蒼人(あおと)は、生まれた時から、この滝の存在を見てきた。


 祖父からも、《湧き水を利用している》と言われて、へぇーそうなのか……くらいにしか、考えていなかった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()……それは当たり前の事で、疑問に思うところではなかった。

 不自然だ……とは、一度も思わなかったのである。


 けれど、いったん不自然なところにが気がつくと、不思議と気になった。

(どうして滝になっている……!?)

 目を見張り、まじまじと池を見た。


「ふふ……。不思議だろ? この池の素晴らしさが、やっと分かったか……?」

 言いながら蒼人(あおと)の右手を掴む。


「!」

 掴むと、(ころも)についている、袖を(くく)る紐を引き絞った。


「あの、澄真(すみざね)さま……?」

 焦ったように、蒼人(あおと)が呟く。


 澄真(すみざね)はそれには答えず、クルクルと紐を蒼人(あおと)の腕に巻き付け結ぶ。そして自分は袖をたくしあげ、準備をすると、蒼人(あおと)の腕を取った。


「す、澄真(すみざね)さま……っ!?」

 触れられ焦る。


 澄真(すみざね)の手は相変わらず、氷のように冷たかった。


「ほら、少ししゃがめ。仕組みを教えてやるから」

「え……? えぇ……」

 言われた通りに、池の縁に膝をつく。

 蒼人(あおと)の心臓が、口から飛び出しそうなほどに跳ね上がった。


 そんな事とは露とも思わない澄真(すみざね)は、蒼人(あおと)が座ったのを見てとると、ゆっくり手を池につける。


 ヒヤリとした水の感覚が、指先に触れる。

「!」

 澄真(すみざね)の手と同じぐらい、冷たい池の水を感じ、蒼人(あおと)は身を強ばらせた。




 ──コポコポコポコポ……。





「!?」

 突如、池の水面が泡立った。

 蒼人(あおと)は目を見張る。




 ──ゴゴゴゴゴゴ……!




 軽い地響きを立てながら、水面が盛り上がる!

 澄真(すみざね)を守るために、慌てて自分の傍へと引き寄せた。




 ──ドゴオォォオォォ……!!





「!?」

 池は物凄い水柱をあげて、湧き上がった!

「な!?」


 蒼人(あおと)は驚いて、咄嗟に澄真(すみざね)を胸の中に庇った。澄真(すみざね)に水が掛からないように、袖で覆う。


「あ、蒼人(あおと)!! く、苦しい……っ!」

「あ。……」


 無意識に抱いてしまった事に気づき、一瞬慌てて離そうとしたが、考えを変える。


(……も、もう少しだけ)


 思いながら、ぎゅっと胸に掻き抱く。

 こんなチャンスは、もう二度とないに違いない。


 そっとその髪に、顔をうずめてみる。

(澄真(すみざね)さま……っ)


 澄真(すみざね)は、思っていた以上に線が細かった。


 これでも武芸の家元である。

 鍛えているはずなのではあるが、あまりの細さに蒼人(あおと)の保護欲が掻き立てられた。


 どのような香を使っているのか、甘くスッキリとした香りが蒼人(あおと)の鼻腔をくすぐる。

(小狐……小狐……!)


 どうにも離れ難くなって、再びきつく抱きしめようとしたところで、澄真(すみざね)の拳が腹に飛んできた!




 ──どが……っ!




「ごふ……っ」

 見事にみぞおちに入り蒼人(あおと)は、つんのめる。


「かは……っ!」


(……手加減、なし……とか……っ)

 目の端に涙をため、澄真(すみざね)を睨んだ。

 やっぱり女じゃない。


 そんな蒼人(あおと)を横目で一瞥(いちべつ)し、澄真(すみざね)は口を開く。


「苦しいと、言ってるだろ……。あれは()()()()ではない。この家を()()()()だ!」

(護る……モノ……?)

 水柱を見上げる。


「あ……」

 水柱は徐々にその形を変え、人形(ひとがた)を取った。


 以前蒼人(あおと)が見た、あの女神(おんながみ)だった。


 祖父が使役していた式鬼神(しきがみ)……。

 蒼人(あおと)は殴られた腹をさすりながら、その女神に見入った。


「この屋敷もお前も、あの式鬼神に護られている。……気づいたのは、私がここへ来た時だったがな」

「……」


 あの袴着の時、水柱をあげてみんなに知らせてくれたのは、この水の式鬼神だった。

 千鬼(せんき)が流した血液……体液を止めようと、水の精霊を呼んだのが、それが幸を奏した。


(この屋敷から、慌てて助けに来てくれたに違いない……)

 澄真(すみざね)は、そう思っている。


 どういう経緯(いきさつ)かは分からないが、式鬼神は祖父だけでなく、その孫である蒼人(あおと)まで護っているようだ。


 かなり情が深いように思えた。



『……』

 水の式鬼神は、ゆっくり二人を見下ろす。


『!』

 不意に蒼人(あおと)に気づいたようだ。


 パッと華が咲き誇るように笑い、両手を広げた。




 ──千鬼(せんき)、さま……!




 ざぶーん……。



 式鬼神は一声、蒼人(あおと)の幼名である《千鬼》を口にし、飛びかかってくる。


「……! なっ……」


 逃げる間もなく、蒼人(あおと)は抱きしめられる。

「う……あっ、」


 ゴポゴポ……と水の音が聞こえた。

 水式神の中……水中に、閉じ込められる。


(!? 水の……中……!?)

 慌てて息を止めた。


(……殺されるっ!?)

 そう身構えた瞬間、水式神は消えた。


 消える瞬間、蒼人(あおと)の頬を優しく、その手で包み込んだ。

 幼い頃に助けてくれた、あの大きな手だった。


(あ……)

 蒼人(あおと)は目を開ける。

「……」


 もう、水式神はいない。

 ……抱きしめた途端、消えてしまった。

(やはり、あの時の……?)

 呆然と、辺りを見回した。


 不意に寒さが体を襲い、ゾクッとする。


「うわ……っ、」

 自分の姿を見て、蒼人(あおと)は唸る。

 驚くほど、ずぶ濡れであった。


 髪の毛から、ポタポタと雫が垂れた。

 着物も、ずっしりと重い。

(最悪だ……)


 澄真(すみざね)は……!? と焦って探す。

 一緒に濡れてしまえば、体の弱い澄真(すみざね)は、熱を出し出しまうに違いなかった。


 けれど、……澄真(すみざね)は、見事に逃げおおせていた。

「……」


 いつの間にか(えん)まで逃げた澄真(すみざね)は、笑いを(こら)えながら、蒼人(あおと)を見ている。


「……っ、澄真(すみざね)さま……!」


 蒼人(あおと)は濡れた髪を掻きあげながら、悲痛な声をあげはしたが、澄真(すみざね)が濡れなかったことに、内心ホッとしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 19/19 ・かわいい…おまかわ [気になる点] >>>「あ、蒼人!! く、苦しい……っ!」  ここ好き [一言] ぶん殴るの、なるほどね、これかこれか、こういうパワーが必要なのか
2021/05/20 08:22 退会済み
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