表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第三章 小狐丸が見ていたもの。
14/40

覚悟

 ──ざぶーん……!




 凍りつくような冷たさが、後から感覚として僕に襲いかかる。

「ひぁ……っ!」


 思わず少量の水を飲んでしまった。

 凍るような冷たさが、喉を通る。


「ふぐっ……」

 苦……し……っ。


 冷たさはすぐに、突き刺すような痛みへと変化した。

「ぐ……っ!」


 けれどこれが最善の策だ。


 は……早く、早く上がらないと……。

 ガクガクするほどの激しい寒さが体を襲う。

 このままここにいたら、確実に二人ともお陀仏だ……!


 さきほど、千鬼(せんき)が岩にあたった衝撃も感じた。

 ケガ、……ケガしてるかも……っ。


 ガクガクとした震えが、寒さからなのか、恐ろしさからなのか判別がつかない。

 とにかく一刻も早く上がらなければ、二人とも凍えてしまうのは明白だ。




 ──ばちゃっ、ばちゃ……っ。




「お、重……っ」

 (ころも)が水を含んで、ものすごく重い。

「うっ……ぐう……っ」


 僕はありったけの力を振り絞って、必死の思いで池から這い上がる。

「はぁ、はぁ。あっ……!」


 千鬼(せんき)を引き上げ、目を見張った。

 腹から大量の血が出ていた。


 ──やっぱり……!


千鬼(せんき)千鬼(せんき)!!」

 ガチガチと歯を鳴らしながら、僕は千鬼(せんき)の名を呼んだ。

 けれど返事はない。

「……っ!」


 必死に呼び掛けながら、着物を脱がせる。

 怪我……怪我の様子を見なくちゃ……っ!


「ひ……っ!」

 僕は思わず目をそらした。

 手にべっとりと千鬼(せんき)の血がついている。

 クラクラと目眩がした。


 岩があたったのは、左の脇腹だった。

 着物があったから、傷自体はそう汚れてはいない。


 ……でも、ひどく抉れていた。


 真っ赤な血液と、やけにピンク色の傷口。

 それから……。


 白いモノが、覗いて見えた。


「……! う、うぐっ……」

 思わず吐き気をもよおす。


 目の前がチカチカ光り出し、真っ暗になる。


 さーっと音を立てて、体の中の血液が下に落ちるような感覚に、僕は目をつぶり、必死に耐えた。


 だ、ダメだ……。ここで倒れるわけにはいかない……っ!

 ガタガタと、肩を震わせながら自分に言い聞かせる。


「す、水式神(すいしきしん)……おねが……力を、貸して……っ」

 溢れそうになる涙を、必死に堪えながら呼び掛けた。

 歯が噛み合わない。ガチガチと顎がなった。


 千鬼(せんき)の出血を止めるべく、僕は願う。




 ──お願い。血を……血を止めて……っ。




 夢中で傷口を手で覆う。


 痛くないように気をつけたけれど、手が震えて千鬼(せんき)の血液が、指の間から溢れ出た。


 溢れ出る血が、止まらない……っ。

 出血の量も多かった。


「あ……。あぁ……っ! お、……お願い……っ! お願い! 水式……、水式神……っ!」




 ──血を止めろ……っ!




 池の水が、呼び掛けに反応し、水柱(みずばしら)を上げた……!




 ──ぶわ……っ!




「!」

 何が起こったのかと、僕は目を見張る。


 屋敷で一番大きな(えのき)よりも、もっと高い水柱。

 そんなもの、僕は生まれてこの方見たことがない。


 あぁ! 怒らせたっ、……僕が頼まなかったから。

 僕が()()()()()()……。

 水式神に対して、ぞんざいな言葉を使ったことを、僕は後悔する。


 でも、……でも! 必死だったから……っ!

 グッと目を閉じた。


 水式神を怒らせたのだと、涙が溢れた。




 けれど、そうではなかった──。




「あ、……あたたかい……?」


 降り注ぐ水柱の飛沫(しぶき)はあたたかくて、そうではない……と、水式神が言っているようだった。


 あたたかい飛沫に、寒さが和らいだ。

 ガクガクと震えていた手が、ほんの少しだけ、おさまっていく。


「……優……しい……雨」

 僕の目から、また涙が溢れた。



 自然界にいる精霊の呼び方は、絢子(あやこ)が教えてくれた。

 けれど、正式に教わったわけではない。


 だから、僕が使える呪術は限られている上に、ひどく弱い。


 千鬼(せんき)を助けるために、岩の上に上がる手助けをしてもらったり、何かを自分に引きつけたり……そんな事しか出来はしない。


 だから当然、千鬼(せんき)を助けるなんて、不可能なことだった。


 人のケガを塞いだり、血の流れを止めるなんてことは、出来るはずはなかったんだ。


 けれどそれなのに、僕の声に答えた()()があった。

 悔し紛れに叫んだ命令。


 高く上がるあたたかい水柱。

 降り注ぐ優しい雨の中で、僕は水式神の応の声を聞いた。




 ──承知致しました……。




 命令に応じる言葉が、脳内に響く。

 やけに丁寧な言葉づかいだった。


「!?」

 僕は、驚くと共に意識が遠のきそうになり、グッと耐える。

 まだ、まだ倒れるわけには……っ。


 今まで式神に呼び掛けたことは、多々ある。

 けれど答えてくれたのは、初めてのことだった。


 何が起こるのか、この目で見ておきたい……っ!


 千鬼(せんき)千鬼(せんき)を、……助けて……!

 僕は、目を閉じながら願った。


 どうか……っ、千鬼(せんき)千鬼(せんき)だけでも……。



 遠くで、侍従の声が聞こえた。

「……かぁ。……若は、おられますかぁ……!」


「!」

 僕は身を起こそうとしたけれど、もう動くことも叶わない。


「こ……ここ、だ……」

 消え行く意識の中で、必死に呼び掛けた。


 けれど、あぁ……良かった。

 僕は、ホッと溜め息をつく。


 おそらく水柱を見て、こちらに気づいたのだ。

 高さこそ低くなったが、まだ水柱は立っている。


 いずれ誰かが見つけてくれる。

 すぐに見つけて貰える……。


 そしたら、千鬼(せんき)は助かるだろう。


 傷口はずいぶん塞ぐことが出来た。

 あの水式神のおかげだ。


 ありが……と……。

 小さく水式神へ、感謝の念を伝える。




 ──(われ)が守護する者を助けてくれた。こちらこそ礼を言う……。




 話すはずのない式神の声が響く。

 ……しゅ、ご……?


 《守護する者》とはなんだろう?

 式神はただの《力》に過ぎない。


 それが護る()……?

 千鬼(せんき)の事だろうか……?


 そんな事を、ぼんやりと思いながら、僕は目を閉じた。

 もう……。

 何も出来そうになかった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「守護する者」。召喚? ネトゲでサモナー好きでした。楽しみ。 [一言] 私の好みと考えすぎな気がするので、あまり気にせず聞いてください。(ネットで調べましたが、同様の事を書いたサイトは見つ…
[良い点] 14/14 ・んなっ! 一級の一人称使い! よっ [気になる点] 謎が謎を呼ぶ。いったいどうなる? [一言] 優しさ。んもう母性。ナイス文章でした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ