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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第三章 小狐丸が見ていたもの。
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怪我の原因

 新緑をたたえた楓の木を、澄真(すみざね)は見上げた。

(あの時の(えのき)は、こんな高さじゃなかった……)


 あの時、かなり走った後だったのにも関わらず、蒼人(あおと)はすぐに木に登り始めた。

 何か目的があるようで、脇目も振らず登るものだから、澄真(すみざね)は出遅れてしまったが、まさかタヌキの為だったとは……。


 体が大きいだけではなくて、筋力にも優れているのだろう。無駄な動きは何一つなく、スルスルと登っていったのだ。


 澄真(すみざね)は目をつぶって、あの時のことを思い出す。


「お前は脇目も振らずに、ただ前だけを見て登って行った……」

 ポツリと澄真(すみざね)は呟いて、そしてその呟きを、蒼人(あおと)は静かに聞いていた。




 ◆◇



 凍てつく景色が、若干穏やかになった元旦の朝。


 僕たちは寝殿の東の対屋(たいのや)で、袴着を行った。

 その後、そのまま広廂(ひろびさし)(対屋の南側にある吹き放った広い空間)で、子どもたちは遊び始めた。


 お祝いの食べ物やお菓子に、誰もが喜んだ。



 けれど今回早めの袴着に参加した、四つ下の千鬼(せんき)だけは、遊びの仲間には入ろうとせず、じっと外の庭を眺めていた。


千鬼(せんき)……?」

 僕は心配になって、様子を見る。



 異様な見た目の僕とは違い、千鬼(せんき)は見事な真っ黒な髪をしていた。


 体が大きいと言っても、実際は四つも下。

 僕たちより、ずいぶんと小さかった。


 来年、再来年あたりにでも袴着をすれば、ちょうどいいと思う。

 それは僕だけの意見じゃない。誰もがコソコソと囁きあっているのを聞いたから。


 けれど、祝い事では偶数は使わない。

 だから来年六歳になる千鬼(せんき)は、祝いには参加出来ない。


 次の年の七歳になれば、ちょうどいい背丈になると思うけれど、父は早めに千鬼(せんき)を呼んだ。


 それが意味すること。

 誰もがコソコソ囁く理由。




 ──当主は千鬼(せんき)を、跡取りとして養子に迎えるつもりだ。




 早めに本家に馴れさせ、いずれ手の内に収めようとでも思っているのだろう。


「……」

 正直、跡目など興味はない。

 欲しいものに、くれてやればいいと思う。


 けれど、聡明だと評判の千鬼(せんき)には、継ぐ家がある。


 《千鬼(せんき)》と名を貰ったからには、()()()()()()()の当主になるのだと、絢子(あやこ)が言っていた。


 千鬼(せんき)も、それを望んでいるのだと……。


 袴着の儀式の前に、千鬼(せんき)が話しかけて来た。


 目上の者や、自分よりも身分の高いものには、本来声を掛けないものだけれど、千鬼(せんき)は知らなかったのかも知れない。


 あの、くりくりと大きな黒い目をした千鬼(せんき)は、可愛らしく微笑んで僕を見てくれた。

 僕の灰青色の髪や目にも怯えなかった。




 ──綺麗な瞳ですね……。




 そう言って微笑んでくれた。

 そんな事なんて、一度も言われたことがない僕は驚いてしまって、その場から黙って逃げてしまった。


(そのまま話せばよかった……)

 その事が、今でも心に引っかかる。


(あの子が父上のお気に入り……)


 この屋敷に来るというのなら、僕は喜んで受け入れる。

 けれど千鬼(せんき)は、それを望むだろうか?


 大好きな父と母と離れて、ここへ来てくれるだろうか?

 千鬼(せんき)の名を貰い、喜んだあの子は、自分の家が継げなくなったと知った時、いったいどんな顔をするのだろうか……?


 確かにこちらは本家だ。

 千鬼(せんき)の家から比べれば、遥かに上の格式を持っている。


 けれど子どもに、そんな事は関係ない。

 住み慣れた我が家が、いいのに決まっている。


「はぁ」

 僕は溜め息をつく。


 たとえ千鬼(せんき)が嫌だと泣いたとしても、本家の命令は絶対だろう。

 親から離れ、幼い千鬼(せんき)はここに来る羽目になる。


「……っ」

 僕は何もしてやれない。

 何も出来ない。


 父上とそれほど親しいわけではない。

 諌言(かんげん)など、もってのほかだ。


 千鬼(せんき)の一族はどう思っているのだろう?

 千鬼(せんき)の父母は、僕の母と仲がいい。父上がどうしてもと望むなら、折れるだろうか?

 母上はどうするのだろうか……?


 そんな事を、僕は朝からずっと考えていた。


 たった一言掛けてもらった言葉のおかげで、僕は千鬼(せんき)から目が離せない。


 出来れば……出来ることなら、たとえ跡目を奪われようとも、この家に来て欲しいと、僕は思った。


 だから気づいた。

 袴着の時から……いや、その前から……? 千鬼(せんき)はキョロキョロと辺りを見回していた事に。

(……? 何かを探している……?)


 さすがは父上のお気に入り……と言ったところで、千鬼(せんき)の不審な挙動に気づいたのは、僕だけだ。


 子どもなら頭を動かして辺りを見回すところを、千鬼(せんき)は目線だけで素早く状況を見て取った。

 小さい体全体で、状況確認をしているようだった。


(たったの五歳で、あれだけの事が出来るのか……)

 ますます興味がわいた。


 そんな千鬼(せんき)が、袴着の後動いた!

 俊敏なその動きに、僕は目を疑う。

(素早い……っ)


 あっという間に庭へ降り立つと、裸足のまま駆けていく。

「こらっ! 千鬼(せんき)!!」

 父親だろうか? 叱責が飛んだ。


 気づいて僕は、欄干に手をかけ、ひとっ飛びで庭に飛び降りる。

「わ、若君……っ」


 侍従の焦った声が聞こえたが、かまうものかっ!

 僕も裸足のまま、千鬼(せんき)の後を追った。


 背後で、わっと声が上がる。

 面白がった子どもたちが、我先にと追いかけてくる気配がした。


 けれど、追いつくことは出来ないだろう。

 千鬼(せんき)はすこぶる足が速かった。

「くそ……っ」

 思わず唸った。


 長いこと屋敷に閉じ込められてはいたが、野山のような構造になっているこの庭を嫌というほど駆け回っていたのだ。足には自信があった。


 けれど千鬼(せんき)の速さは、()()に近い。

 いや……近いと言うよりほぼ同等。


(あれで四つ下、……とか……っ!)

 僕は歯を食いしばる。


 どう考えても身体能力的におかしい。

 何かの術を掛けているとしか、思えなかった。



 必死に追いついてみれば、千鬼(せんき)は庭に生えている一番大きな(えのき)に手をかけ、登ろうとしていた。


「かは……っ。はぁ、はぁ……う、うそ、だろ……っ」


(どんな体力、してるんだ……!)

 荒い息を繰り返しながら、僕は千鬼(せんき)を見る。


 木に登り慣れているのだろうか? 千鬼(せんき)はスルスルと木に登って行く。

「も……っ、追いつけな……」

 流れ出る額の汗を腕で拭い、僕は千鬼(せんき)を見上げる。


 千鬼(せんき)はあっという間に、榎の中ほど……ちょうど屋敷のてっぺんくらいの場所に登りつめた。

「ばっ……! あいつ、何やって……」


 見れば一本の太い枝にしがみつき、そろりそろりと枝葉の方へ向かって移動している。


 細い枝に千鬼(せんき)の手がかかる……!




 ──ぐらっ……。




 千鬼(せんき)の体が、酷く揺れる。


「! 千鬼(せんき)……!」

 思わず僕は叫んで、ハッとした。


 千鬼(せんき)の目指す先に、小さな子狸がいたのだ。

(助けるために、来たのか……?)


 細い枝に掴まっていたタヌキが、僕の声でビクンっと跳ねた。

「うわっ! バカ! 跳ねるな……っ」


 千鬼(せんき)の焦ったような声が響く。

 木の上で叫びながら、必死になって枝を掴んだ。



 何故千鬼(せんき)が、その子狸の事に気づいたのかは分からない。


 そもそも袴着が行われた屋敷よりも、ここはずいぶんと離れている。

 本来見えるはずのないものを、千鬼(せんき)は見つけ、ここまで駆けてきたというのだろうか?


 何故、そんな事が出来たのだろう?


 自慢ではないが、僕にも見鬼(けんき)の才がある。

 それは、千鬼(せんき)に劣ることはない。


 劣るどころか、優れているはずだ。


(千鬼(せんき)に視える()()であれば、僕にも視える)


 妖怪絡みなら、力は僕が上。

 けれどそうではない。

 袴着のあった屋敷で、ここでの様子は視ることが出来なかった。


 それならば、何故千鬼(せんき)はこの子狸の存在が分かったのだろう……?


 しかし、そんな事を思い悩んでいる暇などなかった。


 僕の声に驚いた子狸は、事もあろうか枝でビョーンと跳ね、千鬼(せんき)の顔にビタンッと張り付いた。


「うわっ! ぶっ……前、前が見え……え? う、うわぁぁあぁぁ……」

「! 千鬼(せんき)……!!」


 千鬼(せんき)は枝の上で、バランスを崩した……!

 落ちるっ!


 僕は咄嗟に体を動かした。

 受け止められるなんて、そんなおこがましいことは思っていない。


 けれど千鬼(せんき)の落ちようとするその下に、大きな岩があった。

 そのまま落ちれば、死は免れない。


 僕の目が綺麗だと言ってくれた。

 笑いかけてもくれた。

 一緒にいたいと思ったのに、無視してしまった。

 その上、脅かして木から落ち、挙句の果てに《死》……!?


 考えたくもない小さな未来に、僕は震えた。

 どうしても、救わなくてはいけない。


風式(ふうしき)っ! 力を……!」

 僕は叫んで、地を蹴る。

「!」


 フワッと体が軽くなり、千鬼(せんき)の落ちようとする岩へ登る。


「風式! もう一度……!!」


 更に念を込める。

「……ぐぅ」

 風式を操る力など、普段そんなに使わない。

 使わないから、どっと力を奪われるその感覚に、僕は軽い目眩を感じる。


(けれど、倒れるわけにはいかない……!)

 僕はグッと歯を食いしばる。


 落ちてくる千鬼(せんき)と子狸を、《風》で絡み取る……!

 風が千鬼(せんき)を完全に絡めとったのを確認し、僕は辺りを見回す。


 近くに池があった。

 池と言うよりも湖と言った方が早い。


 もう悩んでいる暇は、なかった。


 池には(うっす)らと氷が張っていて、いかにも冷たそうだ。

「……っ!」

 僕は覚悟を決めると、その池に飛び込んだ。


 落ちるその刹那。

 風式を操る僕の腕の中に、千鬼(せんき)が勢いよく飛び込んでくる。

(せん、き……っ!)


 必死になって、その小さな体を掻き抱き、衝撃に備えた。




 ───ガッ。




「!?」

 池に落ちる寸前、千鬼(せんき)の横腹が、岩に触れる!


「うぐっ……」

千鬼(せんき)……!」

 痛みに呻きながら、千鬼(せんき)は気を失ったらしい。僕へと伸ばしていた手が、ダラリと垂れさがる。


(……千鬼(せんき))




 ──ざぶーん……!!




(ひ……っ)

 水の衝撃に、僕は目をつぶった。


 せめて、祝いが夏であったら良かったのに……!

 そんな事を思いながら、僕は千鬼(せんき)と共に、池へ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 可愛い感じでいいですね! [気になる点] 「気にしてる」と書かれているので、読む方が気になっているだけかもしれないのです。  あまり主語(僕)に拘らず、澄真が自分の目で見て描写する感じで…
[良い点] 13/13 ・だらん。めっさ寒そう。 [気になる点] じつは一人称に慣れていらっしゃらない? 基本、すみさんの心の声実況をひたすら書きまくるんです(他小説を見た感じの推測ですが) [一言…
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