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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第三章 小狐丸が見ていたもの。
12/40

自分であること

 穏やかな風が吹いた。

 さわさわさわ……と、庭の楓の葉が音を立てる。


 楓の木はすでに葉が開き揃い、小さな花を咲かせていた。

 淡い新緑のその葉の間から、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ。


 澄真(すみざね)は柱に寄りかかり、その静かな風に目を閉じた。

 寒さの苦手な澄真(すみざね)には、まだ少し寒い陽気ではあるが、幾分あたたかくなり始めたその日差しは、とても穏やかで優しくて、眠ってしまいそうになる。


 目を閉じたまま、澄真(すみざね)は呟く。

「あの時……ずいぶん高い所までお前は登っていて、正直焦った……」

「……」



 蒼人(あおと)はもう、何も言えない。

 高い所が苦手な自分が、木登りをするなど有り得なかった。


(澄真(すみざね)さまの記憶違いでなければ、……妖怪のしわざ……)

 ギリっと唇を噛む。


 どうして妖怪どもは、こうまでして澄真(すみざね)との記憶を奪おうとするのか……!

 いいように(もてあそ)ばれ、蒼人(あおと)の機嫌はすこぶる悪い。


 澄真(すみざね)は、そんな蒼人(あおと)の気持ちも知らず、そっと目を開け、言葉を続ける。

「……お前は、木の中ほどまで登っていて、事もあろうか細い枝葉に向かって進んでいた……」


「……枝葉」

 蒼人(あおと)は、眉をしかめ呟く。


(……絶対に有り得ない)

 そう思う。


 たとえ、木に登っていたとしても、枝葉に向かえば木はしなり、折れてしまう。そんな事は幼い子どもでも分かる、常識的なことだ。

 ましてや高い所が苦手な蒼人(あおと)である。

 木が折れる前に目がくらみ、落ちる確率の方が高い。


「何故、そんな事を……」

 思わず呟く。


 その問いに、澄真(すみざね)が答えた。

「……私もよくは分からないが、お前の目の前にいた、()()のせいだとは思うんだ……」

 言いながら、蒼人(あおと)を見る。


()()……?」


 驚くほどの真剣な表情に、蒼人(あおと)は目を見張った。


「な、()()とは何ですか……?」

 固唾を飲み、次の言葉を待つ。


 高い所が苦手な自分が、木登りをするくらいだ。

 余程の事情があったのに違いない。


 その()()が分かりさえすれば、失っている記憶も戻るのではないだろうか……。そんな淡い期待に、蒼人(あおと)はすがる。


 いや、そうであって欲しいと思った。


 ことごとく、妖怪に邪魔をされた澄真(すみざね)との幼い記憶。

 今度こそ、自分自身のものであって欲しい。


 けれど異様な速さで駆けたこと。

 それから、登るはずのない木に登ったことが、蒼人(あおと)の不安を煽る。



 蒼人(あおと)はじっと澄真(すみざね)を見つめ、次の言葉を待った。

 澄真(すみざね)の言葉で、自分の記憶が戻ってくれればよし。戻らなければ……。


 澄真(すみざね)蒼人(あおと)の質問に、ゆっくり頷くと、口を開く。


「そう。いたんだ……」





 ──タヌキが。




「…………。」


 蒼人(あおと)の目が細くなる。

 ……記憶は、戻りそうにない。



 はぁ、と大きく溜め息をついた。


(何を言うかと思えば……)



「……澄真(すみざね)さま。やっぱり、騙してますね」

 がっかりしたように、蒼人(あおと)は呟く。


(また、タヌキ……か)



 今度タヌキに出会ったら、八つ当たりしてしまいそうだ。

 蒼人(あおと)は頭を抱えた。


 その言葉に澄真(すみざね)は、キッと蒼人(あおと)を睨む。

 さきほどと同じ、冷気を含んだ冷たい目だ。


「……」

 しかしもう、蒼人(あおと)は怯まない。


 逆に目を細め、額に青筋を立て、軽く怒っている。

 そして、呆れたように言葉を返した。


澄真(すみざね)さま……。タヌキは木に登りません!」

 キッパリと伝える。


「いいや! お前、知らないんだろう! タヌキも木に登るんだぞ……っ! 私も、()()を見るまでは、登らないものと思っていたが、立派に登っていたからな!」

「……」


 ムキになって澄真(すみざね)は、叫ぶ。


「……あなたは、子どもですか」

 呆れて、蒼人(あおと)は呟いた。



 ムキになる澄真(すみざね)も、可愛いとも思いながら、……しかし蒼人(あおと)は深い溜め息をつく。


 記憶が戻らないばかりか、またタヌキ絡みなのだ。無理もない。



澄真(すみざね)さま。騙すなら、そこはタヌキではなく、《子猫》あたりにしておくべきです……」

 悔しげに唸る。

 とうぶん《タヌキ》と言う言葉は聞きなくない。


「だから、騙していないと言ってるだろ? お前、人の話をしっかり聞いとけ!」

「じゃあ、聞きますけど、何故、そのタヌキは木に登ってたんですか……っ!」

「……っ! そんなこと、私が知るわけないだろう? おおかた、お前が追いかけ回したから、怖くて逃げたんだろう!」


 そうだ! そうに違いない! と、澄真(すみざね)は息巻く。


「……」

 フルフルと蒼人(あおと)は震えた。


 深い溜め息をつく。


「はぁ……。澄真(すみざね)さま。そもそも、タヌキとは、足が速いのですか……?」

 眉を寄せ、澄真(すみざね)を見た。



 澄真(すみざね)は、少し考えている様子を見せはしたが、膨れたように口を開く。


「……。どちらかと言うと、……遅そうだな……」


「……」


 その言葉に、蒼人(あおと)は嫌そうな顔をする。

「でしょうね……。それでは、素早く木に登れるのでしょうか……?」



 再び考え込む澄真(すみざね)


「……」

 何を考える必要があるのか……。

 蒼人(あおと)は唸る。



 キツネならいざ知らず、タヌキは見た目的にも、すばしっこそうな生き物ではない。


 さきほど澄真(すみざね)は、蒼人(あおと)が信じられないほど速く走っていたと言った。

 ならば、すばしっこくないタヌキなど、あっという間に捕まえてしまうだろう。


 けれど、他の子どもたちを振り切り、十一間ほどもある榎を登っても捕まえていないとなると、そのタヌキは相当速く走って逃げたに違いない。


「……」

 蒼人(あおと)の言わんとする事に気づいたのか、澄真(すみざね)は黙り込む。



「……のは、本当だ」

 ポツリと言う。


「え?」

 半分怒りながら、蒼人(あおと)が聞き返す。


 その声にムッとしながら、澄真(すみざね)は言葉を返した。


「お前から()()()()()のかは知らないが、()()()()()()のは確かだ!!」

「……」


 ハッキリと言い切る澄真(すみざね)に、返す言葉は見つからない。


 蒼人(あおと)自身も嫌なのだ。

 何を好き好んで、好きな相手の言葉を疑わなくてはいけないのか……。


 何度ついたか分からない溜め息をついて、蒼人(あおと)は口を開く。


「……分かりました。タヌキについて語っても(らち)が開きません。話を続けてください……」

 蒼人(あおと)は、サラリと流す。


「おま……っ。……まぁいい」

 言って澄真(すみざね)は、先を続ける。


「とにかく、私がそこへ辿り着いた時、お前はその()()()を捕まえようとしていて、()()()の方も明らかに大人しくなっていた」

「……」


 澄真(すみざね)が、《タヌキ》を強調する。

 その言葉に蒼人(あおと)の肩が跳ねる。

(この人は、やはり子どもか……っ)


 心の中で悪態をつき、目を細める。


「……」

 それをチラリと見ながら、澄真(すみざね)はニヤリとする。


「……っ」

 それに気づいて、蒼人(あおと)は唸る。

「いいからっ! 続けてください……っ」


 その言葉に、澄真(すみざね)はフワリと優しく微笑んだ。

蒼人(あおと)……お前は、本当は、あのタヌキを助けようとしたのかもな……」

「!」


 優しく微笑んだ澄真(すみざね)が、幼い頃の小狐と重なり、蒼人(あおと)は目を見張る。




 ──あぁ……この灰青色の瞳は、ずっと変わらない。




 自分を惹き付けて止まないその視線に、蒼人(あおと)は目が離せなかった。

(私は……タヌキを助けようとしたのだろうか……? それとも……)


 当時のことを記憶している澄真(すみざね)が分からないのだ。事実はおそらく分からないままだろう。

(それが本当に()()だったのなら、思い出したい……)


 蒼人(おおと)は静かにそう思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらは、タヌキ! 木に登るのは本当みたいですが。 [気になる点] 確かに、なぜ、猫ではないのかっ?
[良い点] 12/12 ・なんなのだ、これは、  タヌキ タヌキ タヌキ タヌキ [気になる点] タヌキが木に登り〜の、ハラハラして〜 [一言] んまぁ二人が少し和んだから良かったのか? まだ続きそ…
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