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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第三章 小狐丸が見ていたもの。
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ない記憶

 ──生死をさ迷った……。




 澄真(すみざね)の言葉に、蒼人(あおと)は軽いショックを受ける。

「いったい、何故そんな事に……」

 軽く頭を抱える。


 澄真(すみざね)は眉を寄せると、蒼人(あおと)に言葉をかける。


「……。それは、()()()()で……」

 澄真(すみざね)は言い淀む。


「……」

 自分が関わっているのだと言われて、蒼人(あおと)は泣きそうになる。


(……何も覚えていない)


 次期当主を死の淵に追いやって、自分はその事を知らされもせず、あまつさえ覚えていないなど、厚かましいにもほどがある。


 たとえそれが、五歳になった子どもの仕業だとしても、許されることではない。

 しかも大人たちは、その事を隠そうとしたのである。

 何故そのような事をする必要があるのか……。


 蒼人(あおと)の頭の中では、そんな考えがぐるぐると渦巻いていた。

 真っ青な顔で黙り込む。



「……」

 黙り込んでしまった蒼人(あおと)を見て、澄真(すみざね)は溜め息をついた。

 言ってしまった言葉を、後悔しているようにも見える。


「袴着の時……」

 ポツリと呟く澄真(すみざね)に、蒼人(あおと)は目を向ける。

 それを見て、澄真(すみざね)は少し笑って、話を続ける。


「お前くらいだったよ。普通に接してくれたのは。あとはみな、腫れ物に触るような態度だった。今の私から見ても、あの頃の自分は浮いてたと思うから仕方ないが、あの時は誰も近づく者などいなくて、お前だけ……」

 澄真(すみざね)はそこまで言うと、フイッと蒼人(あおと)から顔を背け、池を見る。


「……お前だけ、私を見てくれていて、少し。……少しだけ嬉しかったんだ」

 ほとんど消え入りそうな呟きだったが、蒼人(あおと)の耳には届く。


「!?」

 思わず澄真(すみざね)を凝視する。


 灰青色の髪から覗く色白の耳が、ほんのり赤い。

(え? ……今……今な、なんて……!?)


 澄真(すみざね)の言葉が信じられず、目を見張る。

 もっとよく話を聞こうと、蒼人(あおと)は膝を進めた。


 蒼人(あおと)が近づいて来たのに気づき、澄真(すみざね)は唸る。


「……っ、こっちに来るな」

 眉をしかめ蒼人(あおと)を睨んだ。


「え? し……しかし」

 蒼人(あおと)は言い淀む。


 けれど、睨まれては仕方がない。

 背筋を伸ばし、話を聞くことにする。


 蒼人(あおと)には澄真(すみざね)が、《嬉しかった》と言ったように聞こえた。


 一瞬聞き間違えかとも思ったが、そうではないはずだ。確かに《嬉しかった》と、澄真(すみざね)は言った。


(少なくとも、嫌われてはいない……?)

 蒼人(あおと)はそう思うと不意に笑いだしたくなり、口を手で覆う。


 必死に耐えるが、ニヤけそうになるのを抑えられない。

 澄真(すみざね)にバレないように、静かに下を向く。


「……っ」

 澄真(すみざね)は顔をしかめしつつ、そんな蒼人(あおと)を一瞥し、再び口を開いた。


「だから、お前が珍しくて……気になったんだ。……あの袴着の後、子どもだけで遊べる場があって、……」

 言いながら、少し顔が曇る。

「私は……お前を探して追いかけた……」


「……。澄真(すみざね)さま……?」


 陰りを見せた澄真(すみざね)の表情に、蒼人(あおと)は眉を寄せた。

(なにか気になる事があったのだろうか……)

 思い返してみても、その時の記憶が蒼人(あおと)にはない。


 確かに、澄真(すみざね)の灰青色の髪や目は、普通の者にとっては異様に映る。

 けれどこと蒼人(あおと)に至っては、それは()()ではない。むしろ、惹かれる対象である。

 ()()()と言うのであれば、それは恥ずかしがってのことだ。

 本来、触れたくて(たま)らない。


 澄真(すみざね)の言った言葉を反芻しながら、蒼人(あおと)の顔は再びニヤける。


(気になる? ……追いかけた……!)

 澄真(すみざね)にバレないように、蒼人(あおと)は目を細める。


 まさかの言葉に、蒼人(あおと)は自分の耳を疑った。

(澄真(すみざね)さまが、私を追いかけるなど……!)


 嬉しくて、どうしようもない。

 小躍りしたくなるのを、必死に堪えた。


 今の蒼人(あおと)と、完全に立場が逆転している。


(私を、追いかけた、とかっ……)

 何故覚えていないんだ……。と、蒼人(あおと)は自分のバカさ加減に呆れて、ものも言えない。


 悔しがる蒼人(あおと)を見ながら、澄真(すみざね)は続ける。


「あの時お前は、何を思ったのか、物凄い勢いで屋敷から飛び出したんだ。何人かの子どもで、お前を追いかけたが、追いつかなくて……」

 眉を寄せ、澄真(すみざね)が嫌そうな顔をする。


(……物凄い勢いで、飛び出し……た?)

 蒼人(あおと)は訝しむ。


 いくら子どもだったからと言って、当時の蒼人(あおと)が、そんな事をするだろうか……?


 蒼人(あおと)は考え込む。



 当時蒼人(あおと)は、本家に来て何もかもが夢のように洗練されたその(たたず)まいに、圧倒されていた。

 けして粗相などしないように、よくよく気をつけていたのだ。


 あの時のことを思い出すと、未だに背筋が伸びる。


 それなのに《飛び出した》。……蒼人(あおと)にはそれが納得いかない。


「……」

 少しずつ、雲行きがおかしくなってきたのを感じ、蒼人(あおと)は渋い顔をする。


(もしや、また妖怪の……)

 そんな気さえしてくる。



 澄真(すみざね)は話を続ける。


 唇に指をあて、考え込むような仕草をした。

 おそらく、澄真(すみざね)も、当時の蒼人(あおと)の行動に不審感を抱いていたのだろう。


 渋い顔をしている。


「……なにかの、……術? を使ってたようで誰も追いつけず、私が追いかけたんだ。……大人達には、鬼ごっこでもしているように、見えたかも知れんがな」


 幼い頃から妖怪の相手をして遊んでいた、澄真(すみざね)の運動能力は高い。


 しかしそれをもってしても、四つ下の蒼人(あおと)に追いつくことが出来なかった。

 追いかけるのですら骨が折れたのだ。あれほど速く駆ける事など、普通の子どもに出来るわけはない。


 何かの術を掛けていたとしか思えなかった。



「……術……?」


 呟きながら嫌な予感が、蒼人(あおと)を包み込む。

(五歳の私に、そんなこと、出来ただろうか……?)


 蒼人(あおと)は疑問に思うが、澄真(すみざね)は頷く。

「……」


「追いついてみれば、お前はこの屋敷で一番高い(えのき)に登っていて……」

(榎……!?)

 蒼人(あおと)は目を見張る。


 榎は大きいものだと十一間(じゅういちげん)(約二十メートル)以上はある木だ。


 本家にある木が、どれ程の大きさなのかは覚えてはいないが、あの屋敷の規模だ。育ちやすい榎が低いわけがない。

 登ったとなると、それなりの高さにいたと思われた。


 蒼人(あおと)は唸る。

 流石にそれはないのではと感じた。


 蒼人(あおと)は、高いところが苦手である。


澄真(すみざね)さま。私はそのような記憶にございません。……まさか、また妖怪、では……?」

「……」

 その言葉に澄真(すみざね)は、不意に悲しげな顔を見せた。


「お前では、なかった……と?」

「……っ」

 悲しげなその顔に、蒼人(あおと)は怯む。


(()()が自分でなければ、澄真(すみざね)さまを惹きつけたのも、自分ではなくなる……)


 さきほど喜んでいたことは、全て妖怪の……。

 そう思いながら、蒼人(あおと)は頭を振る。


(そうは思いたくない。……思いたくない、が……)


 緊張し、(おごそ)かな気持ちで赴いた本家で、そのような醜態を晒していたとなると話は別だ。


 いや、それよりも……。


「……」

 ひとつの考えが浮かび、蒼人(あおと)は目を細くする。


(いや……これは、しかし……)

 けれど蒼人(あおと)は意を決して、ゆっくり澄真(すみざね)を見る。


「もしかして……澄真(すみざね)さま……? 実は私を騙そ……」


 騙そうとしているのでしょう……、と言おうとして慌てて口を閉じた。


「……」

 澄真(すみざね)が物凄い冷気を放って、睨んでいたのだ。


「……いいえ。なんでもありません。続けてください……っ」

 冷や汗をかきながら、蒼人(あおと)は呻く。


 ふんっと鼻で一笑に付し、澄真(すみざね)は呟く。

「……分かればいい」

「……」

 静かに語り始める。



 サラサラと風が吹いた。

 池の水面を揺らし、散った木の葉が小舟のようにクルクルと回った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは、これなので、ジックリ書くのもいいかと思いますよ。 [気になる点] 焦ったさもなかなかいい。 [一言] 「ひげを剃る。そして女子高生を拾う。」観てます? JKと暮らしていて、決して手…
[良い点] 11/11 ・かわいい。なんだこれ [気になる点] クルクルと。うむ [一言] だらだら感はさほどないですよ
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