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月の手毬 (月星雪✻②✻) 中巻  作者: YUQARI
第三章 小狐丸が見ていたもの。
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あやふやなモノ。

「それはそれとして、お前、本当に何も気づいてないのか……?」

 信じられない……といった表情で、澄真(すみざね)は呻く。


「な、何がですか……?」


 その言葉に澄真(すみざね)は頭を抱えた。

「おま……。いや、まぁいい。お前が私を超えるのは、当分無理だということがこれで証明された」

 言いながら、澄真(すみざね)はニヤニヤと嬉しそうだ。


「なっ! どう言う意味ですかっ、それは!」

 思わず蒼人(あおと)が叫ぶ。


 むきになる蒼人(あおと)を見て、澄真(すみざね)は優しく微笑むと口を開く。

「当分お前は、私の《弟》と言うことだよ。……あの池を見てみろ」


「?」

 訝しむように、蒼人(あおと)は池を見る。


「……」

 何の変哲もない、ただの池だ。


 鯉好きの曽祖父お手製の、凝った池。湧き水を利用していると蒼人(あおと)は以前聞いたことがある。


(あれは誰が言っていたのだったか……)

 手を口許にあて、蒼人(あおと)は考えるが、答えは分からない。


 蒼人(あおと)は考えあぐねて眉を寄せ、再び澄真(すみざね)を見た。


「……っ」

 嬉しそうな顔の澄真(すみざね)と目が合って、蒼人(あおと)は激しく動揺する。


 澄真(すみざね)は面白がって、考え込む蒼人(あおと)をずっと観察していたらしい。

 ニヤニヤと笑いながら、蒼人(あおと)を見ていた。


 慌てて目を逸らす。

(し、心臓に悪い……)

 激しく波打つ胸を抑える。


「さては分からなかったな……。興味がないと周りを見ないのは、お前の悪いところだ」

 澄真(すみざね)はくくくと喉を鳴らす。


 そんな態度に、蒼人(あおと)はむっとして澄真(すみざね)を睨む。

「私の事をさも知っているように言うのは、止めて下さい! そもそもあなたと私は、あまり接点などなかったではないですか。何故そんな事が分かるんですか!」


 澄真(すみざね)は、子どもの頃のことなどすっかり忘れているうえに、上司になったのは、つい最近のことだ。


 前任の指導員が昇級し、代わりに澄真(すみざね)が来たのである。


 そんな澄真(すみざね)に、蒼人(あおと)の事など、分かるハズはない。

 昔の嫌な記憶が蘇り、蒼人(あおと)はむっとする。


 そもそも澄真(すみざね)が上司となり、蒼人(あおと)が張り切らない訳はないのだ。

 良いところを出来るだけ見せようと、行動の一つ一つに気を配っていた。

 《周りを見ていない》などと、言われる筋合いはない。


(幼い頃の事は、すっかり忘れているくせに……っ)

 蒼人(あおと)は心の中で悪態をつき、ギリと歯ぎしりする。


 しかし澄真(すみざね)は、相変わらず可笑しそうに笑い、意外なことを口走った。


「分かるさ。お前の子どもの頃の様子を見ればな」


「……え?」

(子どもの頃に、会った……?)

 思わぬ澄真(すみざね)の言葉に、蒼人(あおと)は目を見張る。


 そんなはずはない。


 澄真(すみざね)は、子どもの頃の事を覚えていなかった。本人が言ったので、それは事実だ。


(それなのに会った? どこで……?)


 訝しむ蒼人(あおと)に、澄真(すみざね)は呆れて言葉を繋ぐ。


「本当に覚えていないのだな……。会っただろ? うちの屋敷で。お前が五歳、私が九つの時だよ」


 蒼人(あおと)は考える。

(私が五歳。澄真(すみざね)さまが九つ。……本家、で……)

 そこまで反芻して、ある事に思いついた。


「あ……!」

(袴着!)


 目を見張る。

(そうか、袴着か……!)


 人より大きかった蒼人(あおと)は、袴着を早めに受けた。


 体の大きい蒼人(あおと)が、袴なしでウロウロするのは、見た目にどうなのだ……と、本家が呼び出したのだった。

 その時蒼人(あおと)の年齢は五歳であったが、本来は九歳で祝うものである。


 本家で行われる成長の儀は、男女別で行われるが、澄真(すみざね)は本来男である。

 女の子だとばかり思っていた蒼人(あおと)は、すっかり失念していたが、その当時四歳年上の澄真(すみざね)は九つ。

 共に儀式を受けたはずなのだ。


「……」

 蒼人(あおと)は黙り込む。


 確かに袴着を受けに本家へ行った。

 本家の様子なども、うろ覚えではあるが覚えている。

 けれど、儀式を受けた場面がすっかり抜け落ちている。


「……?」

 眉を寄せ、しばし考える。

(袴着……どうやって受けた? 帰りはどう帰った……?)

 記憶がない。


(……子どもの記憶など、曖昧なものだ。しかし……)

 こうもきれいさっぱり袴着の儀式と、帰った時のことを覚えていない……ということは、有り得るのだろうか……?

 蒼人(あおと)は首を(ひね)る。



「ぶふふ……っ。ほらな、覚えてなかったろ……? お前はそれだけ、私に興味を持ってなかったんだよ」

 蒼人(あおと)の様子が可笑しくて堪らないと言ったように、澄真(すみざね)は腹をおさえ笑った。


 その言葉に、蒼人(あおと)はむっとする。

(《興味がない》……?)



 そんなはずはない。


 興味がないどころか、その興味を捨てきれずに想い悩んでいるのだ。

(何故覚えていないのか、こっちが聞きたい……っ)

 ギリっと歯ぎしりをする。


「……覚えていないのは、あなたの方でしょう……? この屋敷で過ごした事など、ほとんど覚えていなかったではないですか……っ」

 ほとんど吐き捨てるように、言葉を紡ぐ。


 その言葉に、澄真(すみざね)は笑うのを止め、少し睨むように目を細めた。


「……ぐっ」

 その冷たい視線に、蒼人(あおと)が怯む。


「……全く覚えていないわけじゃない」

 澄真(すみざね)は低く呟いた。


「ここに初めて来た日の事は、覚えている」

 目を伏せ呟く。


(……初めて会った日。父上に紹介された、あの日……?)


 あの日蒼人(あおと)は、澄真(すみざね)……小狐と、この池の前で再び会った。そして逃げ出したことを思い出す。


「お前は、私から逃げたじゃないか……」

 ボソリと呟く。

「……」


 その通りだった。


(なぜ、そこは知ってるんだ……)


 まさか部分的に覚えているとは、思ってもみなかった。

 驚いて言葉が出ない。



 確かに逃げたのは事実だ。

 けれどそれには、訳がある。

 訳はあるが、言う訳にはいかない。


「……っ」

 蒼人(あおと)はグッと言葉を飲んだ。



「私はこの()()だ。だから、目立つはずなんだよ。だけどお前は、本家で会った私のことを覚えてはいなかった。……覚えていなかったから、()()()逃げたんだろ? 見た目に(あやかし)とでも思ったか……?」

 問い詰めるように蒼人(あおと)を見る。


「……っ」

 蒼人(あおと)は唇を噛む。



 澄真(すみざね)(あやかし)だと思ったことは、一度もない。

 けれど、逃げた理由を伝えることは、自分の秘めた想いを伝えることになる。

 蒼人(あおと)は、どうしたらいいか分からなくなり、顔をしかめた。


 黙り込んだ蒼人(あおと)を見て、澄真(すみざね)はそれを肯定ととった。


 はぁと軽く溜め息をつき、自嘲気味に笑う。

 諦めにも似たその笑顔を見て、蒼人(あおと)の血の気が引いていく。


「い、いいえ! 澄真(すみざね)さま……っ、それは……それは違います……!」


 慌てて澄真(すみざね)の言葉を否定したが、答えるのが少し遅かったようだ。

 澄真(すみざね)は軽く頭を振る。


「……いいや。違わない。私はよく、あの様な目を向けられるからな」

 言いながら、悲しげな目を蒼人(あおと)に向けた。


(う……っ)

 その表情に、蒼人(あおと)の心が(えぐ)られた。

(違う。違うんだ……っ!)


 結果的に、澄真(すみざね)の存在を否定してしまった自分に、戸惑いを隠せない。


 抱き寄せたい衝動に駆られたが、そんな事をすれば全てが終わる。

「……っ」

 グッと耐えながら、どうすればいいか必死で考えた。


(そ、そうだ。袴着。……袴着で会ったとすれば、男の姿であったはず……!)



 本家のしきたりで、儀式は男女別で行われる。


 これは徹底したもので、行われる建物も離れている上に、時間すら微妙にズレていて、男女がかち合うことはまずない。

 なんのことはない。神官の都合だ。

 神官の移動時間を考えれば、ごく当然のことである。


 その神官の移動時間のおかげで、男女は絶対に合わないのだから、《出逢った》と言う澄真(すみざね)の言葉が正しいのであれば、澄真(すみざね)は《男》として参加しているはずだ。



(……まぁ、それは当然だろう)

 本家の嫡男……しかも次期当主が、女として参加する訳はない。


 しかし、蒼人(あおと)の屋敷で出逢った澄真(すみざね)は、紛れもなく女の子だった。


(その違いを突き付ければ……!)

 逃げ道を見つけ、蒼人(あおと)は顔を上げ、口を開いた。


「そ、そもそも、あの時は女性の姿だったではありませんか……っ! こ、子どもと言えども、女の子と話すのは……、そ、その……」


 蒼人(あおと)は途中で、言い淀む。


 この流れでいけば、暗に告白しているのと同じではないか……? そう気づき、ハッとする。

(私は、何を言っているのだ……っ!)

 真っ赤になって、下を向く。


 しかし蒼人(あおと)の言葉に、澄真(すみざね)は軽く目を見張り納得する。


「あ、……あぁ、そうであったな。……だが、()()絢子(あやこ)の案だぞ? 聞いていなかったのか?」


 《絢子(あやこ)》の名が出て、蒼人(あおと)は目を細める。

 ()としては優れているかもきれないが、()としてはかなり常識はずれだ。蒼人(あおと)は嫌な予感がする。


「……。まさかの叔母上の仕業ですか……知りませんよ、そんな事」

 蒼人(あおと)は呆れ返る。


 その言葉に、今度は澄真(すみざね)が言い淀む。

「……絢子(あやこ)のやつ、言ってなかったのか……っ」

 言いながら、今度は澄真(すみざね)が歯ぎしりする。


 なかばヤケになって、澄真(すみざね)は溜め息をついた。

「あの袴着の後、私は倒れたんだよ……」


「え……?」

 澄真(すみざね)の思わぬその言葉に、蒼人(あおと)は目を見張る。

(倒れ……た……?)


「……。お前……本当に覚えていないんだな」

 ボソリと呟き、話を続ける。


「あの時は、本当に危なくて生死をさ迷った……」

「!?」

(生死をさまよった……!?)


 そのような事は、一度も聞いたことがなかった。

 本家の情報としても入らなかったし、父からも叔母である絢子(あやこ)からも聞いてはいない。


(次期当主だぞ……っ)


 跡目争いで不仲になる家はあるが、本家の子どもは澄真(すみざね)一人。

 何としてでも救おうとするのが普通である。

 けれど当時、その情報が入らなかったとなると、本家での澄真(すみざね)の扱いもその程度となる。


 澄真(すみざね)の言葉に蒼人(あおと)は、目の前が暗くなるような不安を感じた。

(いったい、どんな生活をしていたんだ……)

 唸りながら蒼人(あおと)は、澄真(すみざね)を仰ぎ見た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「生死をさまよった」……。お、動くかな? [気になる点] そう言えば、子供を女装させるのは、魔除けなどの意味がありますね。
[良い点] 9/9 ・なんだこの、状況悪化w 芸術的 [気になる点] まーじーかー。もうなんだこの、ぐるぐるぐる [一言] 家の事情 子供の心 世界観 えむむむむ、なんというハーモニー
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